第123話 「何でキー抜いてんだクソァ!」
※今回も水津視点で、前回ラストからの続きです。
未読の方は、まず122話からお読みください。
『ピンポピンポーン』
インターホンが連打される音に、心臓が大きく跳ねた。
誰だ、何だ――イヤな緊張が広がって、呼吸が苦しくなる。
リビングから玄関まで小走りで移動し、そっとドアスコープを覗く。
「んだよ、アワかよ……」
門扉の先にいるのは、俺の舎弟で一年の粟屋。
その後ろのデカいマスクした茶色パーマにも、まぁ見覚えがあるな。
応対に出ようとするが、寸前でノリオのテンパり加減を思い出す。
仲間が二人で来てても、コイツらが囮って可能性もなくはない。
警戒は解かずに、チェーンを掛けたままドアを半端に開いた。
「おぅスイ……だぃうヤブェほとんなっふぇんぞ」
「オメェの発音もだいぶアレだぞ、ベッチン……どうなってんだ」
マスク越しの仁部の声は、えらく聞き取りづらい。
というか、顔の輪郭もだいぶオカシい気がする。
誰かが隠れてそうな気配はないが、コイツは本当に仁部なのか?
怪しんで睨んでいると、粟屋が金髪頭を掻きながら言う。
「仁部さん、ヤブガミの野郎の家に乗り込んで、そこでこう……」
「ああ、ノリオさんと同じ日にか……意味わかんねぇな、アイツ」
強めの痛みが残っている、下アゴを擦りながら応じる。
薮上の膝が思い切り入って、まだ噛み合わせがイカレ気味だ。
何本かグラついてるのもあるんで、いっぺん歯医者に行っとくべきか。
粟屋もバットで頭を殴られてたが、もう腫れは引いたのか――
「てかてか、んなことよりヤバイっすよ! マジヤバすよ、水津さんっ!」
「人んちの前でデケェ声出すな、アワ。何がどうヤバいってんだよ」
チェーンを外し、外に出ながら注意すると、粟屋は声を潜めて告げる。
「ピンのヤツ、ボロボロんなって病院送りなんす」
「ふぉっ!? ――そりゃ、誰かに襲われたって、のか?」
「聞いた話だと、グシャグシャのチャリと一緒に焼肉屋ん先の通りの崖、ってか段差? あるじゃないすか。あの下に落ちてたとか」
普通に考えて、自転車で事故るような場所じゃねえ。
あの筋肉ダルマなピン――一井ですらボロ負けすんのかよ。
ヤツと一対一の素手喧嘩で勝負になるのは、仲間内だと大輔さんとノリオの他に数人だろう。
俺らを狙ってる連中は、やっぱ数を揃えて襲ってくるのか。
「ボロボロってのは、どんなんだよ」
「えぇと、腎臓だったか肝臓だったかが破裂して、そんで顔がこう……全部スリ下ろされてる、みたいな」
粟屋は右手で顔を上から下へ、ズルッと擦ってみせる。
一井の得意技に、相手の髪を掴んでブロック塀に押し付け、馬鹿力で思いっきり擦って顔面を削る、ってのがあった。
それを何倍にもしてやり返された、ってことなんだろうか。
とにかく、一井の見舞いに行くというか事情を聴きに行くというか、そういう流れになったようで、俺を呼びに来たのだと仁部は言う。
「おぇら、狙われてぅみてっだかぁ、その対策会議だぁう」
「もう何言ってんだかわかんねぇよ、ベッチン」
「らってぉ、こえだかぁな」
軽く抗議すると、マスクを下にズラして素顔を見せてきた。
鼻はガーゼで覆われ、口の中では前歯が全損しているようだ。
唇は数か所で裂けて縫い跡が生々しく、内出血が周辺に広がる。
右の頬骨も折れたのかヒビが入ったか、変な感じに膨れていた。
だいぶ手加減ない状態で、薮上に顔面をぶっ壊されたらしい。
「うぅわ、ヒッデぇな」
「あー、いぅれな……薮上の野郎ぁ、うっ殺ふ」
十人くらいで闇討ちでもしないと、また負けそうな気がするが。
そんな言葉は口にせずに、瘡蓋が痒くなってきた頭を撫でた。
何個もやられた根性焼きの痕も、いつになったら消えるのやら。
それを隠すキャップをかぶり、仁部の運転するグロリアの後部座席に乗り込む。
真っ直ぐ走れば病院に着く通りに出たところで、シガリロに火を点け報告する。
「さっき、ノリオさんと電話で話したんだが……あの人が言うには、完全にウチらが的んなってるらしい。落ち着くまで、どっか逃げるってよ」
「……大輔さんか、ヒャッケンさんに、対応頼めないんすか」
助手席の粟屋が振り向き、縋るような目で訊いてくる。
「どっちも連絡つかん。カネもねぇから、逃げるもクソもねぇわ」
「あ、溜まり場の金庫なら、いくらか残ってないすかね」
大輔さんが基地と呼んでた、俺らの拠点だった一軒家。
あそこの金庫には、突発イベント用に何十万かが常に入ってた。
開ける番号を知ってるのはたぶん、大輔さんと高遠と俺だけ。
もし他の二人が触ってないなら、中身は丸々残ってるハズ。
「チェックしとくか……ベッチン、病院の前にベース寄ってくれ」
「ふぉう」
不気味な返事を寄越し、仁部は車線を移動してウィンカーを出す。
高校生の無免許運転なのに、熟練ドライバー感のあるスムーズさだ。
十分足らずの距離を移動し、ベースが近づいたんで減速した途端。
ガゴッ! と派手な音がして、結構な衝撃がケツと背中に響いた。
振り返れば、あり得ない車間距離に古めの白いカローラが。
どうやら、後続車のブレーキが遅れて突っ込んできたらしい。
「んらぁ、オィイ!」
「ああんっ!? ボケがよぉ!」
車を降りた仁部と粟屋は、チンピラ感を全開にカローラへと近付く。
慰謝料でも巻き上げれば、逃亡資金の足しにもなるか。
そんなことを考えつつ外を眺めていると、ドアが開いて三人組が現れる。
夏なのに全員が黒いニット帽を――いや、目出し帽を装着。
二人が手にした何かを振り下ろし、仁部と粟屋がほぼ同時に倒れた。
「ほまっ!?」
変な声が出て、咥えていたシガリロが足元に転がり落ちた。
こいつらか、こいつらが、俺たちを狙ってる連中なのか。
急いで運転席へと移動し、エンジンを再始動しようとするが――
「はぁああああんっ!? 何でキー抜いてんだクソァ!」
いや、キレても仕方ねぇ、早く逃げないと絶対ヤバい。
とにかく捕まったら終わりだと、そんな気配がバリバリだ。
開け放されたドアから車外に転げ出ると、どえらい衝撃が頭に――
※※※※※
「おっ、やっと起きたか。おはようさん」
黒い目出し帽の男が、手をヒラヒラさせて明るい調子で言う。
俺は床に転がされ、男は少し離れてしゃがんでいる姿勢。
手足が長いが、ヒョロいのではなくバスケ選手みたいな体格なんだろう。
視界に入る景色には見覚えがある――俺ん家のリビングだ。
男の後ろにあるソファには、母親と妹が並んで座らされてた。
二人とも手足を拘束され、目と口がテープで塞がれている。
「なっ――何だこれ! だだだっ、誰だぁお前っ!」
「騒ぐのはよくないな。わかるでしょ、そんくらい」
「うぁ、ほぁ――他っ、他のふたっ、二人はっ!?」
「仁部クンと粟屋クンなら、すぐに会えますって。すぐにね」
男は標準語だけど、発音がどことなく関西風に思えた。
それはともかく、この状況はマジで何なんだ。
俺も後ろ手に縛られていて、頭はガンガンと痛む。
あれから、どのくらい時間が経ってる?
俺たちは、名前の他に何を知られてる?
とんでもなくマズいってのはわかるが、それ以外は何もわからん。
「まぁ、アレです。やりすぎたんですよね、キミらは」
「うぁ……ああ、そう、かもな。だから、だから今後は――」
「あはははは――そういうの、いいです。反省したフリとか必要ないし、今後のことも考える必要ないから」
乾いた笑いで俺の言葉を遮り、男は静かに告げる。
両の目だけしか見えないが、その三白眼には感情らしきものが見えない。
立ち上がった男は、傍らのクーラーボックスを開けた。
そして中から掴み出したモノを、俺に向かって放り投げる。
ボテッ、と目の前に落ちたビニール袋には、芋虫めいた何かが――
「うひぁおぅ!? おいこれっ! これって――」
「羽瀬クンです。色んな人を怒らせてますね、彼は」
玉と一緒に斬り落とされた、黒ずんで皮が余り気味の粗末なアレ。
アチコチ開いてる赤黒い小さな穴は、拷問の名残だろうか。
羽瀬の畜生な行動の数々を思い出せば、こんな報復も十分あり得る。
俺はどうなるんだ――誰からの復讐で、何をされるってんだ。
具体的な想像はできず、ひたすら湧き上がる恐怖に体が震え始めた。
「まぁ、そうビビらんで。ちょっとは同情してんです、ちょっとは」
「おぉおおおぉ、俺はっ! おおおっ俺は違くてっ、違うんだ!」
「何が違うのかな。とにかくね、キミらの処分は『見せしめ』でもあるし、『メッセージ』でもある」
男の言っている意味が、サッパリわからない。
そもそも、理解させようという気もなさそうだが。
俺が何を言ってもシカトし、男は三脚に小型のビデオをセットする。
そしてどこからか小瓶を取り出し、キャップを開けて目を細めた。
「そんならまず、妹さんから始めましょうか」
「えっ? おいっ! い、妹はっ、かかか関係っ、ないだろっ!」
「これはこれは。トラブル相手の母親を裸にして、歩道橋から蹴り落とした人の言葉とも思えませんね、水津クン」
「あっ、あれは……だからちがっ、違うんだ……」
自分でも何が違うのかわからないが、とにかく否定する。
男の視線に初めて感情が乗った――気がした。
たぶん『軽蔑』とか『侮蔑』とか、そういうのだ。
「なら、お母さんから始めます? それともキミから?」
だから、始めるって何をだよ。
それを訊いても、きっと答えはないだろう。
男の冷えた目で見据えられて、俺が選んだのは――
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もっと凄惨な展開が見たい! という紳士淑女はコチラの悪趣味ホラーをどうぞ。
『友達の友達』
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