第121話 「キレイなハッピーエンドってのは難しいね」
※今回は鵄夜子(荊斗の姉)視点になります
七人を乗せた車は、芦名くんの運転で東北道を順調に進んでいた。
全員が疲れ果てているし、綾子を救出してきた荊斗には、いくつか痣や傷が確認できる。
だからサッサと帰りたいのに、守鶴が「朝から何も食べてなくて限界!」とうるさいので、行程の中間地点にあるSAで休憩を入れることに。
「めっちゃガラガラじゃん。平日の夕方だから?」
「川口まで一時間くらいだし、あんま使わないんじゃない」
「んー、人が一杯いてバレるのも困るし、丁度いいかな」
そんなことを言う守鶴だけど、トレードマークのツインテールでもなく、服装もキラキラ衣装じゃなくてルーズに着崩した古着メインなんで、まるでアイドルに見えない。
隣のアヤちゃんも、地味な服で化粧を落として伊達メガネをかけているので、二人とも中央線沿線に住んでる女子大生みたいな印象だ。
とはいえ無駄に顔はいいので、不意のナンパには警戒が必要かもしれない。
「じゃあ、一時間後には出発な。ニオイのキツいメシはNG、用が終わったら車に戻る、おみやげで木刀やヌンチャクを買うのは禁止」
「バカ学校の修学旅行かー?」
荊斗からの注意事項に、奥戸くんがツッコミを入れている。
中々いいコンビな気がするが、いつから友達なんだろうか。
「無いとは思うが、襲撃の危険がゼロじゃないから、単独行動はナシで」
荊斗とアリスはどこかに電話するらしく、芦名くんは車で待機。
女子三人はフードコートに向かい、奥戸くんが護衛役でついてくる。
おみやげ販売コーナーを抜けると、学食に似た雰囲気の一角が現れた。
ビールが飲みたい気分だけど、流石に券売機には見当たらない。
周囲に客がいない席が空いていたので、そこを選んでトレーを置く。
「サービスエリアのラーメン、海の家のヤツと大体同じ味だなぁ。何かそういう外食産業に特有の秘伝とかあんの?」
「同じメーカーのスープ、使ってんでしょ」
アヤちゃんの返事に、守鶴は「その発想は無かった」みたいな反応で固まった。
ヤケクソ気味に胡椒を振ってるから、味はもう壊れてる気もするけど。
まぁ、何も手を加えてない状態でも、味は二の次って感じだな……
出来立てで温かい、という他に褒めるポイントがない天ぷらうどんを啜りつつ、アイドル二人の阿呆な会話を聞き流す。
少し周囲を気にしてみるが、コチラを観察している気配はないようだ。
ていうか、近くに奥戸くんが陣取ってるから、何があっても大丈夫っぽいな。
アヤちゃんは眠そうな顔で、具の少ないカレーをもさもさ咀嚼していた。
チャーシューの薄さに苦情を述べていた守鶴は、ハッと閃いた様子で話を変える。
「もしかして、食堂のカレーが大体同じ味なのも……」
「どっかのTV番組で、専門店じゃないとこで使ってるカレー粉は、主に二社の製品って言ってたよ」
「バーモントとジャワとククレ?」
「三種類だし、一社だし、最後のレトルトだし」
他の二つも粉じゃなくてルゥだなぁ、とは思うが面倒なのでツッコまない。
そういえば、こないだ荊斗が随分と手際よくカレーを作って、しかも結構美味しかったんだけど、あれはどこで習ったんだろう。
食事を終えてそんなことを考えていると、守鶴が声のトーンを落として切り出す。
「それでさぁ、これからどうすんの……いや、どうなんの」
「たぶん、全部ガラッと変わるんだろうけど……わかんないよ」
不安げな守鶴の問いに、同じようなテンションでアヤちゃんが返す。
あれだけメチャクチャなことがあったし、今まで通りってのは無理だろう。
事務所《OTR》の対応が気になるけど、マネージャーが担当アイドルを殺しかける、なんていう前代未聞の不祥事をどう処理するつもりなのか、まるで想像がつかない。
なので、さっき聞いた意見をそのまま二人にパスする。
「事件の存在自体が揉み消されるんじゃないか、ってアリスと弟は予測してたけど」
「あー、やるだろねウチは……てか栃南さんなら」
「でも、全部なかったことにしてくれ、とか言われても……ねぇ?」
アヤちゃんが、コッテリと怒りの滲んだ苦笑を浮かべる。
守鶴も釣られるように、アイドルにあるまじき渋い表情を見せる。
二人とも、事務所に対する信頼や義理の類は、根こそぎ吹き飛んでいるようだ。
賠償金でも貰って事務所を移籍するか、口止め料代わりに好条件を要求して残り続けるか。
マスコミに暴露しても得はないし、芸能人を続けるならその二択だろう。
「工場に置いてきちゃったけど……死んでないかな、マルさん」
「正直、死んじゃっても別にいいかなって、思わなくもない」
冷たく答えたアヤちゃんに、守鶴は意外そうに顔を曇らせる。
ストーカー被害の詳細を知らなければ、アヤちゃんから米丸に対する怒りの深さは理解し難いのかも。
それに守鶴の麻実って名前は、米丸のアイドル時代の芸名が由来らしいし、彼女に対する二人の距離感には結構な差がありそうだ。
そんなことを考えつつ、途切れた会話を繋いでおく。
「あのカメラマン……下浦だっけ。アイツが助けを呼ぶ連絡してたし、今頃はチーマー連中と一緒に病院でしょ」
「あいつらもね……死んでもいいっていうか、死ねばいいのにっていうか」
「どしたの綾子、さっきからめっちゃ毒吐くじゃん」
「あのねぇ、麻実……鵄夜子たちが来なかったり、もうちょっと遅かったりしたら、さぁ! わたし普通に殺されてたんだよっ!? わかってんの!?」
アヤちゃんが半ば叫ぶように吐き出し、他の客からの注目が集まる。
そこで奥戸くんがガタッと音を鳴らして立ち上がり、自分へと移動した視線に対してチンピラ丸出しの態度で睨み返し、強制的に目を逸らさせた。
守鶴がまたカジュアルに地雷を踏みそうなので、あたしの方から釘を刺す。
「あんま自覚ないみたいだけど、アンタもだいぶヤバかったよ? あのままだったら、アヤちゃんと一緒に殺されててもオカシくない」
「えっ、あー、まぁ……そう言われてみると、うん……ゴメンね、タマ」
「……いいけど」
全然よくなさそうな雰囲気の、仏頂面で応じていた。
知り合ったばかりだが、この守鶴って子は無神経というか鈍感というか天然というか、とにかくアヤちゃんとの相性が悪そうだ。
普段は適当に流せていたとしても、今はそんな余裕もないだろう。
若干しょぼくれた様子の守鶴が、氷水を口にしてから訊く。
「実はまだよくわかんないんだけど、さ。マルさんがおかしくなったのは、『テールラリウム』がもうダメだから、ってことでいいの?」
「要約すれば、そうなるんだろうけど……もっと複雑な理由がありそうだね」
「訊いたら、教えてくれんのかな」
「どうだろ……本人も理解してないとか、説明されても意味不明とか、そういうオチも普通にあり得るんじゃない?」
これは、アヤちゃんの意見に賛成だ。
現場には居合わせてないけど、話を聞いただけで大体想像はつく。
きっと米丸は、自分でも何が何だかわかんなくなってたんだろう。
絶望や苦悩が我慢できるラインを超えてしまうと、人は新しいルールを作って整合性を取ろうとして、自分の生み出した迷路に迷い込む。
心を病んだ知り合いは、申し合わせたように皆がそんな感じだった。
「タマが辞めたんで新体制のテールをやってく、って予定を聞かされてたんだけど……それもどうなるんだろ」
「二軍みたいなグループ作って、人気投票でメンバーを入れ替えるやつね」
「ぶっちゃけ、付き合いきれないなぁってのはあるよね」
「そう思ったから抜けたんだよ、テールから。そんなの、事務所がプロモーションを放棄して、ファンを煽って騒ぎを起こしてCDを買わせるってことだし、そんな焼き畑商法に飽きられたら、わたしらも一緒に『終わったアイドル』扱いだよ……まぁ、その企画もポシャりそうだけど」
今までこういう話を避けていたらしく、アヤちゃんの言葉を聞きながら守鶴は人相が悪くなっている。
問題点を知って見過ごそうとしていたのか、何が問題かわかっていなかったのか、どちらなのかは判別不能だ。
個人的にも、アイドルってのを馬鹿にしていると思うし、何よりファンを財布としか見ていない態度が丸出しでドッチラケ感が強い。
「ソロでやってくのも、なぁ……はぁ……煙草、吸ってくる」
ダルそうな足取りで外に出る守鶴を見送った奥戸くんが、こちらを振り返って「止めるか?」と言いたげな表情をしている。
ついていって、のジャスチャーを返すと、小走りに席を離れていった。
「守鶴さんも、かなり混乱してるっぽいなぁ」
「たぶんね。みんみん、ダンスだけじゃなくて歌も上手いから、ダンスミュージック系で売り出せると思うんだけど……」
「にしても、今の事務所に人生を預けて大丈夫なの、ってのは考えちゃうだろうね……アヤちゃんはどうするつもり? OTRは辞めるのかな」
訊くまでもないだろうけど訊いてみると、ドロッとした目をコチラに向けながら、気の抜けた薄ら笑いを浮かべた。
「まぁ、無理だよね、うん……たとえ給料十倍でも、もう心がついてかない」
「全部がマネージャーの暴走だったにしても、それにまるで気付けなかったのはねぇ……そこを飲み込んで一緒に仕事するのは、確かに無理だね」
「移籍先もだけど、住むトコも早めに探さないとなぁ」
「とりあえずは、引き続きウチに避難しとけばいいよ」
あたしの言葉に、アヤちゃんが嘘臭い笑顔から安堵の表情に転じる。
まだ色々とトラブルはありそうだけど、まぁ何とかなるだろう。
トラブルといえば、伯母の――四条家とのゴタゴタもどうしようか。
両親の葬式の直後から延々と相手してきたが、いい加減もう限界だ。
荊斗を巻き込みたくなくて、ずっとあたしだけで対応してたけど、今のアイツなら巻き込んでも平気というか、トラブルを隠してたのを怒りそうだな。
「何ていうか……キレイなハッピーエンドってのは難しいね」
残された問題の多さから、愚痴とも感想ともつかない言葉が漏れた。
アヤちゃんはあたしを見ながら、どう返事すべきかを迷っている。
この子のバッドエンドを回避できたのは、とりあえず喜んでおこう。
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書いてる本人も時々どうかと思う、悪趣味ホラーもついでにどうぞ。
『友達の友達』
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