第115話 「だいぶカリスマ不足のマンソンだな」
ケラケラ笑っている米丸から、拘束された綾子に視線を移す。
傍らのサンキチは、照明に謎刃物を翳して研ぎ具合をチェックしていた。
少し離れた場所からは、下浦がビデオカメラを手に二人の姿を撮影。
守鶴は何か言っているようだが、タオルで猿轡されていて聞き取り不能だ。
バケットハットの男は、薄笑いを浮かべて銃口をコチラに向けている。
荏柄は黙って座ったまま、煙を吸ったり吐いたりするだけで動かない。
「それじゃあね、これから佐久真珠萌――くまたま、解体していきますんで。記念すべき光景をね、シッカリ目に焼き付けておくように」
やろうとすることに不似合いな、テンション低い声でサンキチが宣言する。
以前にも何度となく見た、愉悦に浸りきった薄気味悪い笑顔で。
これはハッタリでも牽制でもなく、本気でやるというサインと判断した。
奥戸と芦名もそれを察してか、いつでも飛び出せる位置に移動。
俺としても早急にサンキチを無力化したいが、ショットガンが邪魔だ。
「このままだと、アンタも誘拐殺人の共犯になるが……いいのか?」
「構やしねぇよ。俺らはココにいなかった、ってなるだけだ」
動揺を狙ってハットに質問を投げるが、完全に開き直ってやがる。
揉み消せる根拠があるのか、それとも単にどうにかなるとナメているのか。
それならば、と米丸の方に向き直って怒鳴り気味に詰問してみた。
「どういうつもりだっ、米丸! 今の時点でもうアンタは終わりだし、テールラリウムも終わりかねない! これ以上何かするなら、事務所も業界も巻き込んだ一大事になる!」
「アハッ、最高じゃないですかぁ! どうせもぅねぇ、テールは壊れちゃって……全部がおしまいなんですよ。だったらさぁ、残骸でも何でも、残ったのを派手に燃やし尽くして伝説になるしかないでしょ? 熱狂的なファンが起こしたアイドルの猟奇殺人、その一部始終を至近距離で目撃するメンバー、解剖の様子を克明に映した殺人ビデオ……絶対、これでもう、誰もテールを忘れない」
恍惚の表情を浮かべながら、芝居がかった物言いで応じてくる米丸。
目的はわかったが、その内容は最悪だ――色々と理屈を述べているが、結局のところは古来よくある「自己顕示欲を充足させるための殺人」でしかない。
大切に育ててきたグループが崩壊する絶望はわからんでもないが、破滅の美学だか何だかに付き合わされるのは、綾子にも俺たちにも迷惑なだけだ。
「伝説の一部として残りたいんだろ、元『ミミミ・シロップ』のマミは」
「アハハハッ、よく調べたねぇ……あぁ、あのアルジェント情報かぁ。彼はあんま役に立たなかったけど、三吉クンは今や主演男優だよ。くまたまを和製シャロン・テートにしてくれる、ヘルタースケルターの担い手だね」
「だいぶカリスマ不足のマンソンだな」
マンソンを知っているのが意外だったのか、米丸は一瞬真顔になった。
だが、何もなかったようにクーラーボックスから新しいビールを出して栓を開ける。
チャールズ・マンソンが再注目されるのは今年のはずだが、あいつの曲が入ってるガンズのカバーアルバムが発売されたのは何月だっけか。
「それそろ、始めていいかな。頼まれたからにはね、ちゃんとやらないと。だから殺しますよ、うん……約束したからね。こういうのは、お座成りじゃいけない」
「何言ってんだ、テメェは。米丸に頼まれたから殺すのか?」
「違う違う、違いますね。説明するまでもない、厳然たる事実ですけど……君たちはバカそうなんで説明しますよ、はい。頼んできたのはくまたま、繰り返し繰り返し、何度も何度も、メッセージを送ってきましたよね。助けてほしい、解放してほしい、完全にしてほしいって。僕にだけ伝わるように、歌詞にアナグラムで組み込んだり、コラムに暗号を隠したり……あんなに必死に頼まれたら、流石に断れません」
想定とはちょっと違う方向性で、サンキチがヤバさを全開にしてきた。
ストーカーを演じる前からこんなだったのか、それとも綾子を追い回す生活をしている内に変なスイッチが入ったのか、詳細は不明だが完全に妄想世界に永住する構えだ。
サンキチの中では、綾子からの依頼で今この状況になってる認識らしい。
アルジェントの阿呆んだら、どこからこんな危険物を拾ってきたんだ。
「寝言もそのへんにしとけ、オッサン」
「わかってないですね……僕が手紙で伝えた通りのジェスチャーを三回。くまたまが去年発表した短編小説『クリーム色のカラスの羽根』に登場する、僕がモデルのキャラのジャケットと同じ色のスカート。サビの手前の振り付けで腕を動かすタイミングが早かったのは、歌詞の「ココでずっとキミを待ってる」を強調するため……つまり全部が、僕に早く迎えに来てほしい、ってメッセージだから。脱退前の最後のTV出演で、そういうのは伝わってるんです、ちゃんとね」
ダメだ、何を言ってるのかはギリわかるが、脳が理解を拒絶する。
現実と妄想の境界が曖昧になったヤツには、過去で――というか未来でも結構な頻度で遭遇しているので、珍しくもないし対処にも慣れたものだ。
しかし、こういう基本まともなのに一部分だけ認知が歪んでいるタイプは、コチラの想像を軽々と超えて珍プレーをやらかすので油断ならない。
どうにかサンキチを止める手段はないか探っていると、また厭らしい笑い声を響かせた米丸が、ねっとりした視線を向けながら言う。
「もうさぁ、諦めちゃいな。彼は止まらないし、彼女は助からないの。薮上クンたちは、くまたまのラストステージを飾るセットの一部。だから、邪魔しようなんて考えないで、楽しんじゃってよ。こんなの、もう二度と見られないよ? 使い捨てられるはずのアイドルが、命を捨てるだけで永遠を手に入れる奇跡、その目撃者に――」
「ああぁああああぁ、うるっせぇえええええええええええっ!」
「にゃぶっ――ぉぼぅっほぉおおおぉっ!?」
情感たっぷりに独演会を続けていた米丸が、背後から首を掴まれ宙に浮く。
不快げに吼えながら動いたのは、無言で何かをキメ続けていた荏柄。
コイツらは米丸に雇われてたんじゃなかったのか――と困惑するが、最低限の判断力すら消し飛ばすドギツいのを摂取しているのかもしれない。
そう納得した直後、荏柄は掴んでいる米丸を大きく振りかぶる。
「やっ!? な、なぁ、なんっ?」
「どぅうぅ、ふるぁあっ!」
疑問符のついた声を漏らしつつ、小さく手足をバタつかせる米丸。
それを無視した荏柄は、奇怪な掛け声を発して手にしたものを投げた。
「ぴぁっ――」
もしかして、自分に何が起きたのか把握できていないのでは。
そう思わせる短い悲鳴を残し、山なりに飛んだ米丸が視界から消えた。
人体が床に衝突する音は、予想より長く間を置いてから響く。
どうやら一階フロアではなく、半地下フロアまで届いてしまったようだ。
安否が気にならなくもないが、綾子の安全と比べたらどうでもいい。
「おいおいおいおい、ぅおいっ! マジかっ? マジかよっ!?」
当然ながらビビり散らし、階下を確認しようとする下浦。
「いいから、君は君の仕事をしてください」
それを制止するサンキチの言葉は変わらぬ平坦さで、動揺の気配はない。
守鶴は異常事態の連続に耐えられなくなったか、全身を激しく揺する。
椅子をガタつかせ、どうにか逃げようとしているが、恐らくは望み薄。
流石に引き攣った表情に転じたハットも、ショットガンは構えたままだ。
そして米丸を強制退場させた荏柄は、パイプを銜えて大きく吸い込み、しばらく溜めてから濃厚な煙を吐き出した。
「ふぅうううううぅううう……いいぜ。いい感じに、整ってる」
大麻をベースに色々と混ぜ物をしてあるハーブか何か、だろうか。
青臭さの中に混ざったケミカルな甘みが、鼻腔に纏わりついてくる。
話に聞いたようなヤバさとも思えないが、どういうことだろうか。
問題のクスリの効きを調整するため、コイツを吸ってるセンもあるな。
ともあれ、無警戒に吸い込むとコチラまでキマってしまいそうだ。
煙を手で払いながら、さりげなく遠回りに、荏柄との距離を詰めていく。
「スポンサーを投げ捨てちまったが、ココからどうすんだ?」
「どうもこうも、オメーらブッ殺して、ビデオ撮って、そんでエンドじゃん」
言いながら首を小刻みに左右に振り、ドレッドをわさわさ揺らす。
体格は俺よりもゴツいが、奥戸や芦名と比べればだいぶ見劣りする。
少なくとも、片手で五十キロ以上の人間を投げられるとは思えないので、さっきのアレはドーピングの賜物だろう。
怪力化されるのも面倒だが、苦痛にも鈍感になっていると更に厄介だ。
何やっても止まらないなら、それこそショットガンでもぶっ放すしかない。
「やけにスカしてやがるな……どこのどいつがケツ持ってる?」
「あぁ? 勝手に寄ってくんだって。コッチが頼んだワケでもねぇ」
やはり何かしらがブランクヘッズの背後に、いるにはいるらしい。
だが、そこまで繋がりは強くないというか、互いに利用してるって程度か。
裏ボス出現を警戒する必要がなければ、気持ち的にはだいぶ楽になる。
それはそれとして、コイツの相手をするにもハットの存在が邪魔だが――
「うぉしっ、景気よく鳴らせっ! パーティなんだろっ!?」
「あいあい、了解っ!」
荏柄のコールに応じて、ハットが素早くレスポンス。
天井に向けてショットガンを発射し、轟音が再び鼓膜に突き刺さった。
その残響が消えぬ間に、奥戸はハットに、芦名はサンキチに向かって突進。
水平二連ショットガンの装弾数は二発、補充もしてないから弾切れだ。
俺から合図するまでもなく、それを理解して動いてくれるのは助かる。
仲間のありがたさを噛み締めつつ、俺は四歩ほど先に佇む荏柄を見据えた。




