第113話 「まぁ二億三億とか誰でも欲しがるわ」
警報が鳴っていたのは、三十秒にも満たない短い時間。
だが、異常事態の発生は伝わってしまっただろう。
誰かが様子を見に来るのを待って、更に敵を削るか。
まだ混乱しているのに賭けて、突撃を強行するべきか。
「どーするよー、ヤブー」
「どうせ、バレるのが遅いか早いかだ。乗り込もう」
「あいよー……っと、その前に一手間だー」
言いながら奥戸は、自分の投げたソファを高々と持ち上げる。
そして、仰向けで失神したミーくんの右膝に、ソファの角を落とした。
だいぶエグい追撃だが、戦闘不能にさせる手段としては手っ取り早い。
残りは俺が処置しておこうと、ナイフを回収しつつツッコミの所へ。
刺したり斬ったりは加減が難しい――と辺りを見れば、お誂え向きの一品が。
「こいつらが持ち込んだなら、自業自得だな」
壁に立て掛けてある、1メートル弱の鉄パイプを手に取った。
太さは2センチくらいで、片方の端に黒テープが巻いてある。
中にコンクリでも詰めてあるのか、細身なのにズッシリ重たい。
こんな凶器を持ち出すとは、本当にロクでもない連中だ。
俺からの教育的指導を、文字通り体験学習してもらおう。
「がぬっ――ぉひっ――」
鉄パイプを二度振り下ろし、両の鎖骨を叩き折る。
痛みで意識を回復したようなので、股間にもう一回膝を落としておく。
さて、もう一人の腹ペコも――と思ったら、奥戸が拘束して担いでいた。
いくら小柄でも、六十キロくらいはありそうなんだが。
「連れてくのか、それ」
「人質になるかもしれんしなー」
「綾子と交換するには二十人ぐらい要るだろ」
そんな話をしつつ、外の気配を窺ってから応接室らしき部屋を出る。
誰かが向かってくるような様子はなく、不気味なほどに静かだ。
奥に通じるドアの前で耳を澄ますが、足音や話し声は聞こえない。
引き戸を開けた先には長い廊下が続き、大部屋が一つと小部屋がいくつか。
窓から内部が見える大部屋は、以前は事務室だったらしい。
古びたオフィス家具が残置され、床には書類が散らばっていた。
「他は更衣室に……会議室って感じか」
「んー、何か来るぞー」
小部屋の方をチェックしていると、奥戸が小声で伝えてくる。
足音は一つ――侵入者の迎撃というより、とりあえずの様子見か。
報告されても特に問題はないが、兵隊の数は減らしておこう。
そう判断した俺は、突き当たりにある両開きのスイングドアへと走る。
いかにも工場っぽい銀色のドアは、窓が破られあちこち歪んでいた。
そのドアが、反対側から蹴破られるような勢いで唐突に開く。
「おぉん!? 何だテメェ!」
無警戒に姿を現した、黒Tシャツで日焼けした固太り。
手には俺の持ってるのと姉妹品らしい、鉄パイプが握られていた。
相手までの距離は三メートルほど、足は止めず速度を上げる。
「シッ!」
「ぐぃえっ――」
身構える余裕を与えず、回転を加えながら鈍器を繰り出す。
防御も回避もしなかった黒シャツの太い首に、体重を乗せた突きが入る。
推定九十キロ強の体が宙を舞い、高い音を立てて鉄管が転がった。
「かばっ、げっ、げぁ――ぶぃっ!」
呼吸困難に陥ってジタバタする、黒シャツの頭を蹴って黙らせる。
そして、ドロップアイテムを奥戸に差し出しながら訊く。
「使うか?」
「おー、何かの役には立つかー」
両手が塞がるのを避けるためか、奥戸は担いでる奴のベルトに鉄パイプを挟む。
後ろ手に縛られた腹ペコは、意識が戻っているようだが大人しくしていた。
賢明な判断ではあるが、本当に賢いならこんな修羅場に最初から来ない。
銀のドアの先は、工場設備をグルッと囲むように通路が設えられている。
通路と階段で繋がる半地下の高さのフロアに、何だかわからない機械が並ぶ。
上に向かう階段もあり、それは中二階のようなスペースに通じていた。
「おいおい……ガキんちょ二人で、廃墟探検かぁ?」
その中二階から、白いバケットハットをかぶった男が見下ろしてくる。
コチラをガキ呼ばわりしてくるが、たぶん二十歳前の小僧だ。
雑魚キャラ丸出しな雰囲気だし、コイツはたぶん荏柄じゃないな。
上り階段の方に進みつつ半地下を確認すると、人影がいくつか見えた。
「いや、文化人類学のフィールドワークなんだわ」
ハットの男に答えると、中身がだいぶ残ったビールの缶を投げ捨てた。
「あぁ!? ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」
「調子コキ散らかした挙句、誘拐犯に成り果てたドブカス集団の研究な」
「誘拐とは、人聞きの悪い……ただのパーティですよ、薮上クン」
アハハハハッ、という脳天気な笑い声の後で、顔を出したのは米丸美茉。
そうだろうとは思っていたが、これで主犯はコイツで確定だ。
「くまたまも、みんみんも来てるからね。派手にやるよ、今夜は!」
酔っているのか、キメているのか、焦点の合ってない目で宣言する米丸。
くまたまは綾子の芸名である佐久真珠萌の、みんみんはテールラリウムのメンバー守鶴麻実の綽名だったな。
ここにいるらしい守鶴は、米丸の協力者なのか巻き込まれた被害者なのか。
そんなことを考えていると、視界の端で新たに動くものが。
「オクッ、左上っ!」
積んであるパレットの陰に転がり込んで、警告を発する。
「ごぃっ! ……べっ!」
ドッ、ボッ――と鈍い音が連続し、カン、コン――と金属音も二回鳴った。
外狩のスリングショット、予想はしていたが高所から来ると厄介極まる。
直撃したようだが奥戸は大丈夫か、と確認するが倒れても蹲ってもいない。
応接室から持ってきた腹ペコを盾にして、遠距離射撃を防いだようだ。
「あーあー、可哀想になー」
「おぉおおおぉおぉおおぉおおぉ……」
金属弾を二発食らった腹ペコは、泣いたり叫んだりせずに変な声で呻る。
痛みが限界を超えて、騒ぐどころじゃなくなっているのかもしれん。
三発目がパレットの一部を砕き、四発目が奥戸の足下で弾けた。
弾切れを待とうにも、相手が何発持ってきているのかわからない。
荏柄とブランクヘッズの面々、それにサンキチってのも動き出すだろう。
このまま、ここに釘付けにされているのはどうにも拙い。
「ガキを刺すより、アイドルに挿してぇんだけど」
「お前の番も来るから待っとけ。たぶん十番目かそこら」
下卑た笑いと、カスみたいな相談が聞こえてきた。
ブランクヘッズの下っ端たちが、背後から接近中のようだ。
逃げても進んでも、外狩の狙撃が待ち構えているのは確実。
下のフロアに飛び降りるのは、高さ的に骨折を覚悟する必要が。
さてどうするか――脳を酷使していると、奥戸が腹ペコを投げ捨てた。
それと同時にベルトに挟んた鉄パイプを抜き、グッと大きく振りかぶる。
「おー、らよーっ」
微妙に気が抜ける掛け声の後、斜めに回転する軌道で鉄棒が飛んでいく。
コンクリの詰まった重量を無視する、猛スピードで空を切りながら。
数秒後に「ガィンッ!」と大きな金属音が響き、嘲笑が返ってくる。
「ハンッ、どこを狙って――」
「顔面だー」
「――やぎゃっ!」
中二階の柵から身を乗り出し、煽ろうとしていた外狩が昏倒。
ブラスナックルを飛び道具にするとか、『ダウンタウン熱血行進曲 それゆけ大運動会』以外で見るのは初めてだ。
これで戦闘不能になったかはともかく、しばらくは動けないだろう。
「ナイスピッチ、オク!」
「こう見えて、昔は落合の年俸に憧れてたからなー」
「まぁ二億三億とか誰でも欲しがるわ」
そもそもピッチャーじゃない、というのもある。
ともあれ、牽制球が飛んでこない内に、その他大勢を片付けておこう。
「メイン会場は、たぶん二階だな」
「まずは前座連中を死なない程度に皆殺しかー?」
「日本語として壊れてるが、大体そんな感じだ」
「オレは右のヒゲから行くわー」
「じゃあ、俺は左の黄色メガネを」
チンタラ歩いてくる三人組を見ながら、奥戸と簡単に打ち合わせる。
俺らがこの場にいるのは、仲間がかなりの人数倒されているから。
そしてついさっき、外狩がブッ倒れたのも見ているはずだ。
なのにこいつらが余裕カマしてるのは、一体どういうワケなのか。
湧き上がる不安と焦りを加速させるように、どこからか音の割れたユーロビートが流れ出した。




