第112話 「モビルスーツっぽく言うな」
諸々の後始末と下準備を終え、馬鹿共から押収したアメ車に乗り込んだ。
フォードのトリノかサンダーバードがベースなんだろうが、センス皆無の改造によって謎めいたシロモノになっていた。
ハンドルは芦名に任せ、助手席に俺、後部座席に奥戸という配置で、ガソリンの無駄遣いを開始する。
「チーマー連中の車は他に二台だと。残りは多くて十人ってとこか」
「いや、バス二台で来てる可能性も捨てきれんぞ」
「野球部がつえー高校なのかー?」
芦名らが雑魚共から訊き出した情報では、工場に向かった車は全部で五台。
四台にブランクヘッズが分乗し、もう一台に米丸や綾子が乗っているらしい。
そっちに外狩やサンキチ、それに下浦なんかもいるとして、総勢で十五人を超えることはないだろう。
数で押し潰される心配はなさそうだが、敵の陣容が不明瞭なのは不安が残る。
「アリスが言うには、荏柄がヤバいクスリを使ってるらしいが……渋谷あたりで出回ってる新型ドラッグの噂、聞いてないか」
「貞包さんトコで扱ってたのは、基本は大麻でたまに覚醒剤があるくらい、だったから新しいのはあんまり」
「ヘロインもあったぞ、一キロくらい。便所に流してやったが」
「そういうのは、洪知会から預かったブツじゃねえかな。しかし一キロが下水行きか……そりゃあ、もう終わりとか言うよな、あの人も」
前の雇い主の末路に想いを馳せたのか、芦名がスッと遠い目になる。
工場が近付いてきたところで、奥戸が得物をチェックしながら言う。
「ヤバいって、どんなモンだー? 飲むと巨大化とかじゃねーよなー」
「そいつはヤバさの方向性が違うだろ。アリスも詳しくは知らんようだが、常識外れのブチキレた行動をとる、とか何とか」
「LSDとか|マジックマッシュルーム《キノコ》か? しかし、幻覚系をキメて喧嘩なんてまず無理だぞ」
「となると、リミッターが馬鹿になるタイプ、なんだろうが……」
理性を飛ばし、攻撃性を高め、力加減をイカレさせる合成麻薬は、俺が知るだけで数種類。
実際に使ってるヤツとも、何度か遭遇したことがあったハズ。
しかしアレはどれも両刃の剣というか、デメリットの方が大きすぎる。
中毒性が強く、内臓へのダメージがデカく、全力攻撃の反動で怪我も多い。
使い捨ての兵隊に投与するなら、一応の効果は見込めるかもしれん。
しかし、それなりの組織のトップがハイリスクなものを使う意味は何だ。
「自制心と恐怖心は喧嘩の邪魔だからなー。そこらを消せるってんなら、魔法の薬みたいなモンだろー」
ブラスナックルを試着しながらの奥戸の言葉で、色々と腑に落ちた。
さっき聞いた「殺す気で殴れるヤツが強い」説とも通じる話だ。
今の時代でも、この手の薬に副作用があるのは知られている。
だが、どれほど深刻かについては、そんなに浸透していないだろう。
となれば、強さを求めて濫用するヤツがいても不思議はない。
そういえば、芦名にもリミッターを吹っ飛ばす特技があった気が――
「聞いてた通り、工場の前に車は三台だ。バスはない」
「どうするよ、ヤブー。深く考えずに強襲か、でなけりゃ正攻法で突撃か……堂々と正面突破って手もあるなー」
「全部一緒じゃねえか。内部構造や人員配置がわからんから、小細工の余地がないな。全員で正面から乗り込むか、一人が別動隊で攪乱するか……そのくらいか」
曖昧に頷いた芦名は、ブレーキを踏みながら言う。
「もしかすると、ブランクヘッズの連中に俺を知ってるのがいるかも。それだと、かなり警戒される危険が」
「それなら、別行動で奇襲してもらった方がいいか……ああ、工場に続いてる道は一本だけっぽいから、こいつで塞いどこう」
工場の敷地から道路への出入口の手前に、車を横向きに駐車する芦名。
移動させるには鍵もしくは物損事故が必要になる、絶妙な位置取りだ。
「見張りはナシか……中から監視されてる可能性もあるが」
「チーマーとかヤンキーは、あんま細かいこと考えねーと思うぞー」
「そいつは一理ある……それでケイ、優先するのは綾子の救出、米丸の確保、荏柄の無力化って順番でいいんだな」
奥戸の雑な意見に同意を返した芦名は、突撃後の行動について再確認してくる。
「ああ。他のは死なない程度にブッ飛ばしていい。あと、外狩は飛び道具を使ってくるだろうから、高所や物陰は要注意で」
「おー、注意しとけアッシナー」
「モビルスーツっぽく言うな。ていうかお前も気をつけろよ、オク」
「わかってるってー。オレは常にからくれない運転だぜー」
「何人か轢き殺してる感じだし、運転していい歳じゃねえし」
奥戸の戯言を往なしていると、芦名は苦笑しながら工場の裏手に回る。
その背中を見送ってから、俺たちは工場の正面入口へと近付いていく。
メインの出入口は大きな鉄製の扉で、その横に従業員の通用口が。
ドアは施錠されてない――ゆっくり開けて、奥戸と二人で様子を窺う。
廃工場なのに電気が通っているようで、所々に蛍光灯が点いていた。
そう遠くない場所から、笑いの混じった複数人の話し声が聞こえる。
ジェスチャーで「ついてこい」と伝えて中に入り、足音を立てずに進む。
奥戸も静かなので、やるじゃないかと背後を見れば動きがヒゲダンスだ。
何してんだお前は、と反射的にツッコミたくなるのを耐え、人の気配がする部屋の手前で足を停めた。
場所や雰囲気的に、かつては応接室として使われていたのだろう。
半端に開いたドアから、アホそうな連中の会話と煙草の臭いが流れてくる。
『あー、始まんのは夜になってから、だっけ? 腹ァ減ったんだけど』
『だぁらよー、サービスエリアでメシ食っとけつったろーが』
『いやいや、どうせなら名物とか食いたいじゃんよ』
『旅行じゃねんだよ、ったく。仕事中はビッとしろって……なぁ、ミーくん』
『まぁ、ガリさん経由のネタだし、半分は遊びじゃねぇの』
聞こえてくる声は三つ。
二人は向かい合って座り、一人は少し離れて立っている。
腹ペコとツッコミとミーくんで、たぶん全員が若い男。
一番真面目そうなツッコミ役は、酒と煙草で焼けてるのか声がガラガラだ。
コチラに気付きながら演技をしているような、そんな気配はない。
スルーしておく意味もなさそうだし、まずはこいつらを潰すか。
振り返って「突撃だ」と無言で伝えると、奥戸は両手でカエルを作る。
ちゃんとわかってるのか不安が残るが、たぶん大丈夫だと判断。
俺が動いたら続いて動いてくれる、程度には信用していい……はず。
忍び足で強張った筋肉を屈伸で解して、ドアを全力で蹴り開けた。
「んぉっ!? んだテメェらっ――」
異変に気付いて、ツッコミが怒鳴りながらソファから腰を上げる。
トラブルに即対応する瞬発力は評価できるが、それでも遅い。
室内に駆け込んだ俺は相手に身構える余裕を与えず、低いテーブルに跳び乗ってから更に跳んで顔面を蹴り飛ばす。
そして、ソファごと引っくり返ったツッコミのノドを狙って膝を落とし、トドメとして股間にも膝を入れておく。
身を起こし状況を確認すると、奥戸は腹ペコの背後から取り付いていた。
小柄な相手の体を持ち上げ、足を浮かせたスタンディングのスリーパー。
奥戸の腕を外そうと藻掻いているが、もう数秒もせずに落ちるだろう。
残りはミーくんってヤツか――と姿を探せば、混乱から回復したばかりらしい、プリントが騒々しい柄シャツを着た男が。
そいつはコチラではなく、壁に向かって慌てた様子で移動している。
「クッ――」
嫌な予感がして止めようとするが、間に合わない。
男の指が、壁に設えられた警報装置のボタンを押す。
直後、けたたましいベルの音が工場内に充満した。
電源が生きているせいで、いらん機能までが現役なようだ。
「邪魔だっ!」
まずボタンから遠ざけようと、脇腹にミドルキック。
勢い任せに放ったせいか、入り方がだいぶ浅かった。
少しよろけたものの、まだミーくんの戦意は奪えてない。
一歩引いて間合いを作り、次の攻撃に移ろうとすれば、そこで相手も動く。
武器らしきものを取り出し、警報に負けじと吼えてくる。
「調子のんなァ、ォオィ!」
尻ポケットから登場したバタフライナイフに、またかよと言いたくなる。
チャカチャカ音を鳴らし手の中でそいつを躍らせ、威嚇してくるミーくん。
その最中、腹ペコを締め落とした奥戸が、気絶した相手を放り捨てた。
仲間二人が倒されて二対一になってるのに、ミーくんは随分と余裕の表情だ。
刃物を出せばイニシアティブを取れる、ヌルい世界で生きてやがるな。
「のぅばっ!?」
右手首を蹴ってナイフを叩き落とすか、刺しに来た右腕を取って折るか。
そんな二択を考えていたら、奥戸が無言でソファをブン投げた。
デカい飛来物に押し潰され、壁に頭をぶつけて意識を飛ばすミーくん。
それに憐れみの視線を向けつつ、俺は警報装置を停止させた。




