第111話 「謙虚にそして丁寧に全員ぶちのめす」
砂利を踏み潰す音を聞きながら、スケーター風との距離を詰めていく。
大量のピアス、ゴテゴテしたアクセ、痛んだ金髪、ダボダボの服。
嗜虐の喜びが滲んだ不快極な笑顔、そして右手に握っている銀と黒の特殊警棒。
スケ男は緊張の全く感じられない、軽い足取りでコチラに向かってくる。
「なぁ、ザワさんよぉ。デカブツ二人って、ヤッてもボーナス出ねえの?」
「聞いてないが……ボコった後で言えば、多少イロつけてくれんだろ」
どうやらスケ男は、俺を蹴散らして芦名と奥戸にも楽勝する気らしい。
体格や身のこなしからして、そこまでの実力者とは思えない。
というか、どこから見てもザコ丸出しなのに、この余裕は何だ――
理由を考えている内に、不吉な予感が湧き上がってくる。
警棒はカモフラージュで、使ってくるのが拳銃だとしたら。
「最近、マジ殴りしてねぇからよぉ! せめて五、六発は――」
手首にスナップを効かせて、警棒を素振りするスケ男。
フザケてんのかって程に隙だらけだが、コチラの先制を誘ってるのか。
何にせよ、完全に戦闘態勢に入られる前に仕掛けた方がいいだろう。
そう判断した俺は、空疎な脅し文句を並べ始めた相手に急迫。
「うぇっ!?」
視線が外れたタイミングで地面を蹴り、数歩で間合いを潰す。
コチラの動作を捉えきれなかったか、ビクッとしてよろけるスケ男。
これも演技か――との疑念が過るも、この状況で止まるのはマズい。
右の縦拳を腹に叩き込むと、反射的に相手の頭が下がった。
そこに左の膝を合わせ、下がった頭を跳ね上げる連撃が、綺麗な決まり方をする。
「ごぁ――っくぃ」
警棒を取り落とし、仰向けに倒れようとするスケ男。
これもフリで、ダウンしたと思わせて仕掛けてくる可能性もある。
そんなトラップを警戒して、追加で顔面を二回、全力で踏み蹴っておいた。
素早くボディチェックをしてみるが、武器の類は出てこない。
つまりは奥の手など用意せず、正面から勝てる気でいたようだ。
俺だけならわかるが、他二名を相手にどう立ち回るつもりだったのか。
「ああ、アッくん!?」
「アツシさんっ? マジかよっ!」
スケ男――アツシが秒殺されると、お仲間に動揺が広がった。
よくわからないが、こいつらの中では上位として扱われているのか。
それを観察しながら、アツシのドロップした特殊警棒を回収する。
このまま車に戻って、工場の逆方向に逃げてくれるとラクなんだが――
「オタオタすんな! 六対三なら、余裕だろうがっ! 荏柄さん待たせてんだから、サッサと片付けんぞオルァ!」
ザワさんと呼ばれた茶坊主の号令で、下っ端どもは士気崩壊を踏み止まる。
そしてコチラに押し寄せる――つもりだったんだろうが、そうはならない。
「五対三だ、ボケがっ!」
「いーや四対三、だなー」
芦名の左フックで一人は吹き飛び、奥戸の前蹴りでもう一人が昏倒。
俺とアツシの戦闘にチーマー連中の意識が向いている間に、いつでも仕掛けられる位置へと移動していたようだ。
出端を挫かれて混乱する状況から、速やかに乱闘へと移行する。
あの二人は放って置いても大丈夫だろうから、俺が頭を潰すとしよう。
「テメェなぁ! 一人やったぐれぇで、調子コイてんな、オォンッ!?」
「わかってる……謙虚にそして丁寧に全員ぶちのめす」
「だぁらっ、やれるもんならっ――」
茶坊主の中身のない威嚇を無視し、警棒を提げて小走りに接近。
アツシよりは動けるにしても、たぶんコイツも大したことない。
筋トレの頑張りは認めてやらんでもないが、立ち方からして素人だ。
「せっ――ふっ、ぅらっ!」
右、左、右とボクシングの真似事っぽいコンビネーション。
キレの悪い三連発を全て回避し、体重を乗せている左足を払う。
バランス感覚がイマイチらしい茶坊主は、体勢を崩してコケかける。
構えも解けているので、ガラ空きになった顎に警棒を叩き込む。
内から外へ斬るような一閃を放てば、衝撃が手首に返ってきた。
「ぁんっ――」
小型犬の鳴き声めいた音を残し、白目を剥いた茶坊主は意識を飛ばす。
意識が戻ってもまともに動けないように、膝を落として肋骨を数本ヘシ折った。
芦名と奥戸はどうだ――と見てみれば、倒れているのが四人に増えている。
最後に残った一人はナイフを捨てて両手を上げ、降伏の意思を表明。
だが、それを無視した芦名は無言で殴り倒し、砂利の上に転がったところで奥戸が頭を蹴り抜いて、行動不能へと追い込む。
「ああ、それでいい」
期待通りの対応だったので、聞こえはしないだろうが称賛しておく。
ここで無傷の敵を残す意味はなく、ザコから得られる情報も少ない。
外道感の溢れる容赦なさに思えても、この場合は正しい判断だ。
警棒を縮めてポケットに突っ込み、二人の方へと向かう。
「あー……お疲れさん」
「何だったんだ、コイツら?」
「自信満々なカス虫だったなー」
雑なハイタッチを交わしつつ労うと、芦名と奥戸から似た感想が出る。
俺も不思議だったが、茶坊主をダウンさせた辺りで、何となく見当がついた。
「あくまで予想だが……たぶんコイツら、普段まともな喧嘩をしてない。チームの看板があるし、仲間ともつるんでるから、一方的に殴れる環境が基本になってんだ」
「なるほど。デカいチームや暴走族との抗争でもなきゃ、まぁ安泰だな」
「無抵抗な相手をボコるとか、数で囲んでビビらせて袋叩きとか、そんなんばっかでも勝ちは勝ちだ。そうやって無傷で暴れ回ってたら、自分らが無敵とでも思えてくるだろうよ」
そう推論を述べると、奥戸は倒れた連中を見回しながら言う。
「あとはアレだー、同レベルなら殺す気で殴れる方がつえー」
「それもポイントだな。こんなん持ち出すの、ちょっとイカレてんだろ」
言いながら、前歯を全損させて引っくり返ったパーマ頭の手から、ごついブラスナックルを引き抜く。
「使うか?」
「わかんねーけど、持っとくかー」
イカレてるらしい奥戸に凶器を投げ渡し、二人に対して告げる。
「戦線復帰されると面倒だから、全員拘束してパジェロに突っ込んどいてくれ。あんまダメージ受けてないのは、ヒザでも壊しといて」
「おう、了解だ」
ジャージのポケットから、結束バンドをゴソッと取り出す芦名。
細かい指示はしなくても、とりあえず問題なさそうだ。
その場から離れようとすると、奥戸に声をかけられる。
「どこ行くんだ、ヤブー」
「ちょっと、姉さんに言い訳をな」
奥戸は首を傾げるが、苦笑だけ残して説明は省略。
鵄夜子も鈍い方ではないので、俺の変化には気付いているだろう。
だが、不良相手の二連戦を無傷で終わらせたのは、我ながら激変が過ぎるな。
どう誤魔化すか悩みつつラルゴの近くに戻ると、助手席のドアが開いた。
ゆっくりと車から降りた姉さんは、眉根を寄せながら質問してくる。
「ねぇ荊斗……今のは何だったの」
「あー、自分でもあんな動けると思わなかったんで、ちょっとビックリした」
「えっと、どういうこと?」
「中学時代の友達でトーマス、いたろ。ウチにも何度か来たことある」
「ん、あの……顔めっちゃ和風なのに、トーマスって呼ばれてた子?」
「そうそう、そのトーマスがガキの頃から格闘技やってて、遊び半分に色々習ってたんだよ、技とか動き方とか。それを試してみたら、意外とやれたってえか何てえか」
大急ぎでデッチ上げた設定を語ると、鵄夜子の表情から渋味が薄れる。
それでも、まだ全面的に信用してるって状態からは程遠そうだが。
ちなみにトーマスの由来は機関車でもキャプテンでもなく、本名の大塔真澄だ。
とにかく、その方向性で説明を重ねて丸め込んでおいた。
そして運転席の方に回り、アルジェントに今後の方針を伝えておく。
「綾子も、米丸も、ブランクヘッドの連中も、たぶん工場にいる。これから俺ら三人でカチ込んで終わらせてくるから、お前と姉さんはココで待機。もし一時間……いや、一時間半待って戻らなければ、逃げて警察に通報な」
「わかった、けど……待機中にイレギュラーが起きたら?」
「迷わず即座にバックレていい。車やお前は壊れても構わんが、姉さんは死ぬ気で守れ。その場合の合流場所は……高速で東京方面に向かった最初のPAにしとこうか」
自分の扱いに若干の不満を滲ませつつ、アルジェントは頷いた。
そして、俺に真剣な目を向けながら言ってくる。
「外狩もだいぶヤバいけど、荏柄は段違いって話があって……クスリでトんでると、何するかわかんないキレっぷりだとか」
「心配すんな、ドーピングに頼るのは噛ませキャラと決まってる」
「少年漫画と現実の区別は付けとこうよ……」




