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★第35話★ 交渉 上


「ラルゴ辺境伯から出された3つの条件は全て達成した。今朝の新聞を見ただろうか?」


 3つの条件とは、大神殿からの私への召喚状に対して、クラヴィ様が記されたものだ。


『1.邪悪な神殿関係者の罪過を、新聞などで正確に“公表”し王都民に知らしめること。


2.“悪辣(あくらつ)令嬢”などといった、妻の名誉をはなはだしく毀損(きそん)した作り話を、根も葉もない悪質なデマだと、王都社交界を含め駆逐すること。


3.1及び2.以外も含め、ラルゴ辺境伯夫人である妻の名誉を回復し、完全なる心身の安全を保証すること』


 以上だ。クラヴィ様の想いに改めて気付かされ、心強くなる。

 クラヴィ様は国王陛下がお相手でも堂々と、“氷河”をいただくペザンテ山脈のように誇り高く振る舞う。


「はい、読みました。妻への虐待の内容と加害者達の氏名のリスト、“悪辣(あくらつ)令嬢”は全くの出まかせであること。

口にした場合は、ラルゴ辺境伯夫人への名誉毀損となり、王家が厳罰に処す、とありました」


「心身の安全は、改めて私が保障しよう。あれを」


 クラヴィ様が側近に渡された書状を確認し、私にも見せてくださる。


 そこには国王陛下の直筆で、『王国内でステラ・ラルゴ辺境伯夫人の心身の安全を保障する。万一害した者は聖俗に問わず、王家が処罰する』とあった。


 神殿関係者も私には無闇に手を出せなくなっていた。

 少し安心するが、交渉はこれからだ。



「国王陛下、内容は確かに拝見しました」


「では、夫人は“護国の祈り”を引き受けてくださるのかな」


「ずいぶん早急でいらっしゃる。まずは妻の話を聞いていただけますでしょうか」


 国王陛下とクラヴィ様の押し引きの間に、大神官様が提案してくる。


「その前に、辺境伯夫人の力を確認させてほしい」


「それもまたずいぶんな物言いだ」


 クラヴィ様からわずかに冷気が洩れ出す。

 ここまで呼びつけておいて、確かに無礼だ。

 ただ私を想ってのことだろうが、今は事を荒立てないほうがいい。

 ラルゴを護りたいという心を見てもらえばいいだけだ。


「クラヴィ様、お気持ちはありがとうございます。

どうかお鎮まりくださいませ」


「……わかった」


「恐れ入りますが、窓を開け放ってくださいますか。そのほうがわかりやすいかと存じます」


 収納ケースから角笛を取り出すと、私は(おもむろ)に立ち上がり、窓辺により角笛を構える。

 ラルゴには遥かに及ばないが、王城はまだ緑が多く、晩秋の風に乗って自然の恵みが感じられる眺めだった。

 私は『ラルゴの歌』を奏で始める。



 遠く、遠く、今は離れていても、この空は、そして私は、いつでもラルゴとつながっている——


 豊かなラルゴ、ひいてはこの王国を護りたまえ——



 祈りを込めて吹き鳴らすと、角笛と私から金色の光があふれ、会議室に満ち、窓からの風に運ばれ、空へ地面へ(きら)めきながら散っていく。


 鳥達が私の奏でる音楽に耳を傾けるように、静かに窓辺に(つど)っていた。


 最後の一音を懐かしむように終え余韻に耳を傾けていると、クラヴィ様以外は、呆気に取られたように私を見つめる。

 特に大神官様は感極まったような表情をされていた。


 次の瞬間、大神官様が立ち上がると、私に近づいてくる。

 私に触れようとなさった瞬間、『ドアーフの宝』から金色の光が出て、私を守る。

 クラヴィ様も立ち上がり俊敏に動き、私と大神官様の間に入ってくださった。


「断りもなく我が妻に触れようとされるとは、いかなおつもりか?!」


 今回ははっきりと周囲が寒気に包まれる。

 私は急ぎ、《常春(とこはる)》をかける。

 国王陛下を害する、などと言われ拘束でもされたら大変だ。


 大神官様はそれもなかったかのように言い募る。

 クラヴィ様と同じ、緑と赤の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)なのに、宿る熱の思いは全く違い、背筋が泡立つ。



「申し訳ない。すばらしい力だ。私の見込み通り、あなたはもう大聖女だ」


「私はラルゴ辺境伯夫人でございます。大聖女ではございません。

たとえその力があったとしても、そうお呼びになることは固くお断りいたします」


 私が毅然とはねつけると、会議室が一斉にざわめく。

 クラヴィ様は背中で私を守ってくださり、私と堅く手を握り合う。


 そこに国王陛下が声をかける。理性的な声音だった。


「辺境伯夫人。それはどう言う意味か、説明していただけるか?」


 私はクラヴィ様の手を離し、最上級の敬意を込めたお辞儀(カーテシー)をし、ゆっくりと和やかに答える。


「国王陛下。私は神殿の“大聖女”にはなりません。

その昔、初代ラルゴ辺境伯夫人も私のようなさまざまな力を有していた、と記録に残っています。

そしてラルゴから、“護国の祈り”を捧げていたとも。

それを証言し、助けてもらえるものにも出会いました」


「では、大神殿には入らず、ラルゴで“護国の祈り”を捧げると仰るのか?」


「はい。王都へ向かう間も、毎朝毎夕、祈りを捧げておりました。

大神官様、ここ3週間ほどは、お祈りが楽になってはいませんでしたか?」


「そ、それは……」


 私の指摘通りだったようで言い淀むところを、再度毅然として大神殿行きを断る。


「楽になられていらしたのは、私が“あるもの”の力を借りて祈っていたからです。

ラルゴでも可能ですので、大神殿には参りません」


「大神殿の聖域でもないのに、“護国の祈り”ができるなど信じられぬ!」


 大神官様のお声が大きく響いたが、クラヴィ様が側にいてくださるためか、全く怖くはなかった。


 大神官様は大神官様、私は私だ。

 ありのままの、各々のやり方で祈ればいいだけだ。


「では大神官様にお聞きします。

大神殿が建てられる前、聖域はどのような場所でしたか?」


「…………そ、それは」


「聖域は緑の森に守られた清らかな泉が湧く場所であったと伝わっています。

ここ王都も決して国の中央という訳ではないのです。

祈りが王国内に届けば、どこからでも祈っても差し障りがございますか?」


「辺境伯夫人。今のことは誠か?」


 国王陛下のお声は変わらずに落ち着いていらっしゃる。

 油断はできないが、大神官様がいろいろとこだわっている今、理知的な考えで物事を捉えてくださり、本当にありがたい。


「はい。修行中に大神殿にある蔵書室で読みました。古典語注釈付きの古代語でしたが間違いございません。

王都の位置が国の中央でないことは、国王陛下がよくご存じでございましょう」


「先ほどから言っている、助けを借りている“あるもの”とはなんなのだ?」


「どうぞ、心静かにお聞きください。よろしゅうございますか」


「あい、わかった」


 失礼にも取られかねない問いかけにも、国王陛下の双眸(そうぼう)には変わらぬ知性と理性が宿っていらした。私も静かに深呼吸して答える。


「土の妖精、ドワーフでございます。

初代ラルゴ辺境伯夫人がドワーフと(えにし)を結び、この『ドアーフの宝』を献上されて以降、代々交流があり、私の願いも叶えてくれました」


「辺境伯夫人の願いとは?」


 ドアーフという言葉を聞き会議室がざわめくが、国王陛下は揺るがずに落ち着かれ、淡々と質問を重ねる。


「私の祈りがラルゴから、この王国全てに届くよう、ドワーフに“ある仕掛け”を作ってもらいました。

ドアーフが申すには、国中の地下深くに張り巡らされた“護国の祈り”の通り道により、隅々にまで行き渡るとのことでございます」


「ほう、国中の地下深くにか、この王城にもか?」


「いえ、ラルゴ辺境伯の城と邸宅を除き、王族・貴族の方々を始めとした人間の家の直下は避けたそうです」


「そうか、ふむ……。どこで祈っても一緒なら、ラルゴで祈ってもらっても私は構わぬが……」


 国王陛下は私の説明を聞き、右の口角を上げる。

 興味をそそられ、わくわくしている気配がわずかに感じられた。


「国王陛下?!私は認めませんぞ?!“護国の祈り”は清らかな神殿にあってこそでございます!」


 大神官様の言葉に、クラヴィ様が冷徹に応じる。

 それこそ“氷河”の降臨だ。


「神殿が清らかだと?そこに仕える者どもが、我が最愛に何をしてきた?

今朝、国民に知れ渡ったと言うに、まだそのような御託(ごたく)を抜かすのか?」


「…………しかし本当に国中に行き届いているか、わからぬではないか?!」


 大神官様の問いかけは想定されており、私は決めていた方針を伝える。百聞は一見に及ばないのだ。


「では今宵(こよい)、我がラルゴ辺境伯王都邸にご招待いたします。ドワーフの(おさ)メルツェルがごあいさつ申し上げます。

その前に国王陛下は大神殿の聖域をご確認してきていただけますか?

私は参ったことはございませんが、大神官様が祈られる場所はいつも決まっていると(うかが)っております。

公平な判断を下していただくためにも、そこを見てきていただきたいのです」


「なるほど。大神官殿、私は辺境伯夫人の申していることに理があると思う。

この身を《浄化》し、拝見させていただいても構わぬであろう?」


「………………………………かしこまりました」


 ずいぶん長い沈黙の後、大神官様は承知された。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 夜、ラルゴ辺境伯王都邸——


 ここでも最も地下深くにあるのは、酒類貯蔵庫だ。

 尊きお方達がいらっしゃる場所ではないが、確かめられたいと仰せなのだ。

 今日は最初から、ドアーフのカンテラで案内していた。


「ずいぶん暗いな」

「国王陛下。ドアーフは土の妖精。光が苦手なのです」

「ふむ、そうであったな」

「足元にはお気をつけください」


 広い貯蔵庫の行き止まりの近くに、ドアーフの(おさ)メルツェルが待っていた。


「お待たせしたわね、メルツェル」


「ほんまやで、まあ、しょうがおへん。人間のえらい御方たち。わてがメルツェルどす。よろしゅうお(たの)み申します」


 メルツェルの騎士礼を取ったあいさつに、国王陛下も大神官様もお付きの方々も驚いていらっしゃった。


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