★第22話★ “白い結婚”生活 中
私の言葉にグラツィオ様が緑の瞳を見開く。
「そうなの?」
「えぇ、前に私の名前の由来をお話ししたことがありましたでしょう?」
「うん、あ。はい、お義姉様。お星様が本当は昼間でも光ってるみたいに、どんなときでも努力する人になってほしいって……」
「えぇ、正直に言えば辛いこともたくさんありました。
でもそれ以上に、学べる喜びと多くの深い知識を得ることができました。
それらは私を支え、ここラルゴに来たあとも役立っています。
この王国の最高学府ですもの。教授陣と図書館はとてもすばらしいのですよ。
クラヴィ様とも話しているのです。
ここラルゴにもそういった図書館があったら、学園があったら、と。
グラツィオ様も学んでいらして、そういう計画を助けていただけませんか?」
私はクラヴィ様に話を合わせてくださるよう、眼差しでお願いする。
一般的には、ラルゴは辺境の野蛮の地、と思われているが事実とは異なる。
半ば独立状態なため交流が少なく、『魔物の大襲来があった』『飛竜が来た』といったことだけで、勝手に思い込んでいる貴族が多かった。
「はい!僕もやりたいです!音楽も!あったらいいと思う!」
「そうですね。グラツィオ様。
実はここラルゴにしかないものも多いのです。その一つが薬草です」
「え?そうなの?」
「はい、神官アニマ様の薬草園のお手入れをしていて気づきました。そういうことを学者や医者に研究してもらい、新たな薬効や栽培を促してもいいでしょう?」
「とってもいいね!だって人助けになるんだもん!」
「音楽なら楽器作りはどうでしょう?
良質な木材はあります。腕のいい職人を呼んでくれば、少しずつ根付いていくと思うのです。
良い楽器を得るためなら、良い演奏家も足を運びます。
長い時間が必要でしょうが、そういったことも考えてみていただけますか?」
「お義姉様、わかりました!ラルゴがすてきなところになるように、わかってもらえるように、僕、がんばります!」
「ありがとうございます、グラツィオ様。
さあ、おいしいラルゴの恵みをいただきましょうね」
「はい!」
笑顔になったグラツィオ様を、クラヴィ様と二人、頷きあい微笑ましく見守る。
クラヴィ様が『グラツィオが後継者だ』という言葉通りで、すばらしい資質を持っていると思う。
ぱくぱくおいしそうに食べ良く笑うグラツィオ様に、弟モルデンが重ねる。
『そうだ。モルデンにも手紙を書かなければ。結婚したことをどう書こうか』などと思うと、つい口角が上がっていた。
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いつもの塔での《結界》保持作業は、角笛を心地よく吹き鳴らせる楽しみな時間でもある。
魔力を注ぎ込むと、クラヴィ様が声をかけてきた。
「ステラ。リュートを、また教えて欲しいんだ」
「はい。よろしゅうございますが、三頭犬の件で忙しくなったというお仕事は、もう大丈夫なのですか?」
その件もあって延期したはずなのに、と思っていると、クラヴィ様は目を横に少し逸らして答える。
ジョッコ様が後ろを向かれて肩が震えている。どうなさったのかしら。
「んんッ、ああ。思ったより早く片付いたんだ」
「それはようございました。楽しみにしていますね」
「……それで、どの曲にしようか考えているんだが……」
クラヴィ様は以前渡した楽譜をお持ちになっていた。本当に真面目な方だ。
いろいろ相談した結果、『騎士の十戒』について謳われている曲にする。
「その、寵愛を見せるなら、グラツィオに聞かせた曲や、父が母に歌っていた曲がいいんだろうが……」
「『気高き至福の瞳よ 』、『今まで私は硬い氷の鎧を身に纏い』でございますね。
無理はなさらなくとも大丈夫です。好きな音楽を奏でてくださいませ。
『騎士の十戒』の中にも貴婦人への忠誠についての歌詞もございますもの」
「そう、だな。うん、そうだ」
ジョッコ様が小さくため息を吐かれる。
お疲れなのかしら。神殿から薬草茶を持ってきて差し入れしておきましょう。
「はい、大丈夫でございます。楽しみでございますね」
塔を降りると、私は聖女服に着替え神殿へ向かう。
菜園兼薬草園で手入れをしながら歌い、《治癒》が必要な患者さんを診て治療する。
最近は辺境伯家の紋章入りの馬車で移動することが多かったので、私が結婚したことに気づいている信者さんはほぼいない。
アニマ様と相談し、少しずつ広がるに任せるのがいいだろう、ということにしていた。
披露宴をする予定もあるのだ。領都民にはそれで知らせることになるだろう。
夕刻の礼拝をすませ、“仕え女”マーチャさんの料理のコツを教えてもらい、辺境伯邸へ戻り着替えたところで、クラヴィ様に呼ばれた。
おそらくは、と思っていくと人払いがされている。やはり執事長について教えてくれた。
「気になるだろうから、説明しておく。
執事長、いや元執事長は地下牢にいる。
詳細を調査しおそらくは強制労働処分になるだろう。不当に得た分は労働で返してもらう」
ラルゴ辺境伯領での強制労働は、農地か、防壁の修繕もしくは新築作業、山での木材切り出しなどだ。足かせをつけ、見張りも厳重なため、脱走はほぼ不可能だ。
「そうですか……」
「ああ。我ながら甘いと思うが、最初の数年は支えてくれていたのだ。俺に人望がないのでこうなったのだろう……」
「そんなことはありません。執事長のような人は誰が主人であっても私服を肥やしたでしょう」
「俺のあだ名を知っているだろう?
“氷河“だそうだ。当たり前だ。そのように振る舞ってきた。
感情的になれば、すぐに『若すぎるから我々に任せておけ』と言われる。
バカにされないよう、必死で知識を身につけ、上に立つためにことさら威圧的にし、付け入れられないために情状酌量なども切り捨てた。
冷酷と言われても当然と思い、情勢が安定してもそのままにしていた……」
「クラヴィ様……」
「それ以外、どうしたらいいかわからなくて、気づけば必要なのに、優しくしたい相手にも、無表情以外、うまく表情が出せなくなっていた……」
ああ、きっとグラツィオ様のことなのだろう。
表情が変わらなくとも、不器用でもわかりにくくても優しさは通じているのに——
「クラヴィ様。
冷酷ではなく、私は冷静か冷徹かと存じます。
最初のごあいさつのときもそう思いました。
統治者には必要な部分でしょう。
魔物の大襲来後のような、混乱の最中なら特にそうです」
「…………」
「執事長を見ての通り、馴れ合いは時として不正の温床となります。実際に政務に当たっていた年代の多くの方々が殉職されたのです。
引き締めていなければ、既得権益を作られてしまいその後の統治に支障をきたしていたことでしょう」
「ステラ…………」
「クラヴィ様もご存知でしょうが、古典的な政治論でも、『君主は愛されるよりも恐れられよ』とも言われています。
それに“氷河”も必要ですわ。
ペザンテ山脈の頂の氷河がすべて溶けてしまったらどうなるとお思いですか?
大量の水が押し寄せ、大きな被害を生む災害となってしまいます。
気になるのでしたら、ほどよく“氷河”でいてくださいませ」
「……ほどよく“氷河”か。ははは……」
「ほら、笑うこともおできになります。気を許されていらっしゃるランザ様やジョッコ様の前では、さほど《氷河》ではないかと。
聞いてごらんあそばせ」
「…………ありがとう、ステラ」




