★第20話★ “工作”
騎士団側は笑顔で大きく頷き、行政府側も多くが渋々も含め納得する中、引っ込みがつかなくなったのかレスト伯爵が立ち上がり、私に詰め寄ってきた。
親子は似ると言うけれど、こんなところまで似なくてもいいのに。
「どうせ『ドワーフの宝』もクラヴィ様をたぶらかして手に入れたのだろう。今すぐ外せ!」
伯爵が私に触れそうになったとき『ドアーフの宝』から白金に輝く光が現れ、レスト伯爵を突き倒し光の縄となり縛り上げていく。
「やめろ!苦しい!痛い!」
「いかがいたしましょう、クラヴィ様。私は何もしていません」
「俺も初めて見た。レスト伯爵。
ステラに謝罪しろ。心からだ。おそらく『ドワーフの宝』が自分の選んだ花嫁を侮辱され、怒りを露わにしているのだろう。
今まで『ドワーフの宝』を身につけた花嫁を侮辱した痴れ者などいなかったからな」
「い、嫌だ…。どうして、こんな、“悪辣な、おん、うぐッ!」
光の縄がさらにキツく締め上げ、喉に巻きつこうとする。私が魔法で《弛緩》しようとしても、跳ねつけてしまう。
「ね、お願い。許してあげて。
伯爵も私ではなく『ドアーフの宝』へ詫びてください。私へ詫びるのはお嫌でしょう?
代々の主家の宝物に詫びるのです。だったらできるでしょう」
「も、もうしわけ、ありま、せん、『ドアーフ、のたか、ら』よ……」
息も絶え絶えに謝罪すると、光の縄はゆっくりと解け、指輪に吸い込まれていった。
ただレスト伯爵の首にはぐるりと光の輪が残っている。それに気づいた周囲からざわめきが起こる。
「皆の者、静まるがいい。
おそらく、だが、ステラに詫びていないので、『ドワーフの宝』の怒りが完全には収まっていないのだ。
これ以上ステラの名誉を損なうような発言をすれば、締め付けるつもりなのだろう。
伯爵、試しに言ってみるがいい。先ほどまではあれほど言っていたのだ」
「…………」
レスト伯爵の額から冷や汗が垂れ、顔が恐怖で歪む。気の毒なくらいだ。
「言えぬのか?あとはお前の改心次第だろう。席に戻るがいい。
ああ、お前の娘は、ステラへの名誉毀損を地下牢でも言い続けている。
ステラを攻撃し続けた嫉妬深い高位貴族令嬢の捜査もあるので、しばらく地下牢にいてもらう。
お前の屋敷も家宅捜査の対象だ。悪事をしていなければ、堂々としているがよい。
さあ、レスト伯爵の次は?」
次席から再開されたが、全員私とクラヴィ様との婚姻に賛意を示し会議は終えた。
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そのころ大神殿の奥深くでは、大神官が神殿長を前にステラについて質問していた。
「本日、そなたを呼んだのは他でもない。
先日、聖女ステラの《萌芽》を感じたのじゃ。今はどうしている?
角笛を吹きこなせず、難儀しているということだったが、少しは上手くなったのだろう?」
大神官の言葉に神殿長は焦るが、第二王子の婚約者で“首席聖女”のピアの意向で、辺境の地に飛ばしたなど、口が裂けても言えない。
「せ、聖女ステラは現在、修行に出ています。
仰せの通り、角笛が吹けないことを気に病んでおりましたので、やむを得ず……」
「なに?!聞いておらぬぞ?!いつからじゃ?!
聖女ステラのことは必ず報告するよう、命じたのを忘れたか?!」
「大神官様に申し上げます。“聖具”を4年も奏でられなかった者など初めてなのです。
どうか優秀な“首席聖女”を代わりに試してみてはいかがでしょうか。
またステラは評判も悪く、“悪辣令嬢”などとも呼ば……」
大神官は魔法で鏡を作り出すと、神殿長の顔を映す。すると身体が震え声が出ない。
「そなた。話せなくなったな。
これは《正邪の鏡》だ。邪なことは言えなくなる。
いいだろう。その“首席聖女”とやらを呼んでまいれ。試してやろうではないか」
この後、喜び勇んで現れた“首席聖女”ピアは、《正邪の鏡》に始まる大神官の“試し”に苦しみ続け耐えきれず、神殿長は推薦を取り消す。
「どうじゃ。役立たずとわかったであろう。これが“首席聖女”とは情けない。この国を守護するのだぞ。
儂もあと何年持つかわからぬ。儂の後継者も探し出せておらぬのに……。
おぬし、よもや身分で差別などしてはおらぬだろうな」
神殿長の肩がビクッと大きく跳ねた。
「おぬしはいったい何を考えておるのだ?!
大神女が急逝したあと、あれほど、国中から身分も性別も問わず、能力のある者を、と言うてきかせたではないか!
もうよい!!衛兵、衛兵はおらぬか!!
神殿長を捉えよ!!その“首席聖女”とやらもだ!!
副神殿長を直ちに呼ぶように!!」
大神官の時ならぬ咆哮は奥深い聖域の壁を震わせ、ここを護る衛兵の駆けつける足音が響いてきた。
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クラヴィ様と私は《結界》の保持作業をし、私は神殿に行き《治癒》で治療したあと、また辺境伯邸へ戻りクラヴィ様と夕食を共にする。
いよいよ、“初めての夜”を過ごすのだ。
男性と一緒の部屋に眠るのは、お母様もご一緒に三人で眠ったお父様としかなく、心身共に緊張していた。
そんな私をカレン様は入浴とマッサージでほぐし、夫婦の寝室へ送り出してくれた。
クラヴィ様は先にいらして、ソファーに座っていた。女性が先に待つものだ、と“知識”では知っていた私は焦る。
「遅れて申し訳ありません!」
「ああ、女性のほうが支度に時間がかかる。気にするな。
おや、良い香りがするな」
「はい、カレン様のお気遣いで香油のマッサージをしてくださいました」
「そうか。ワインでも飲みながら、少し話そう。
今日は大変だったろう」
互いに離れていた間にあったことを話し合う。
クラヴィ様の執務は興味深く、私が意見を言うと耳を傾けてくださる。
私だけの時では『無表情』は『かなり無表情』が、『わりと無表情』くらいになってきていた。
少し気持ちがほぐれてきたところで、初夜について説明される。
「……もちろん手は出さない。
ただ証は必要だ。俺が氷で指を少しだけ切るので、ステラが《治癒》してほしい。いいだろうか」
「は、はい……」
「あと少しは乱れていないと疑われるとランザに強く言われてな。大変申し訳ないがこれから一緒に眠ってほしい。
あなたの、ステラの立場を守るためでもあるのだ。あなたの純潔は守る。本当だ」
「は、はい。クラヴィ様を、信じておりますもの」
私が緊張しつつも微笑みかけると、クラヴィ様の首筋が少しずつ赤くなっていく。
ワインを過ごされたのかしら、と思っていたら立ち上がり私の手を取り、ベッドへエスコートしてくださる。
この流れだけでも顔が真っ赤になりそうで、必死に落ち着こうとする。
「それでは“工作”をして眠るとしよう」
「は、はい」
そうだ、今は“工作”に集中しよう。
ベッドの上でこの辺りか、と思える場所に“工作”し、タオルを上に敷き二人で横になる。
「おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
私は眠ろうとするがやはり緊張して目は覚めたままだ。
寝返りを打つかどうかも悩んでしまう。
寝相は悪くないはずなのだが、心配になってきた。
『はしたないと思ってほしくない、呆れられたくない』とつい考えてしまう。
クラヴィ様も同じく眠っていないようだった。
「……クラヴィ様、眠れませんか?」
「ああ、そうだな」
「では、寝物語でもしましょうか。互いのことを知っていたほうがよろしゅうございましょう」
「それもそうだな……」
クラヴィ様がこちらを向いて頬杖をつき私を覗き込む。
ほの暗い中でほんのり見えていても美しい方だ。
夜の帷りのせいか、昼間よりずっと柔らかな雰囲気がする。
「クラヴィ様が小さなころのことでも教えてくださいますか?
カレン様とランザ様、ジョッコ様とのお話でも、よろしければ……」
「そうだな。ジョッコとは……」
楽しい寝物語につい時間を過ごしてしまったが、ほぐれた心身に忍び寄った睡魔に、いつのまにか委ねていた。
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クラヴィは頬杖をついたまま、ステラの寝顔をじっと見つめる。
あどけなく寝息を立てる顔立ちは端正で、金髪は艶やかで美しい。今はまぶたの奥の紫の瞳は、宵の明星が輝く空のようだ。
ただ見かけの容姿よりも、心が優しく美しい。ペザンテ山脈に湧く清らかな泉のようだ。
「俺を信じてくれるのは嬉しいが、こんな無防備とは心配だ……。うん、ジョッコに警備を厳重にさせよう。
本当に……。今まで会った女達とあなたは違うのだな……」
クラヴィが呟いた言葉は、ステラの耳には届かず、夜の間に消えていった。




