★第19話★ 会議にて
「……聖女であらせられたステラ様がご覧になっても、わからないと存じますが……」
執事長のていねいを見せかけた、侮った声に私は凛として答える。
「私は優しいので、思い違いを2つ訂正して差し上げましょう。
まず1つ。『聖女であらせられた』と過去形だったけれど、私は今でも聖女です。聖女は既婚者でも続けられますの。ご存知なかったかしら。
2つめは、帳簿についてはご心配なく。
大神殿の修行中、神殿運営のための授業で習い、実地でも補助でお手伝いをしていましたの。ですから帳簿は“理解”できます。
ああ、収支報告書を追加します。クラヴィ様の手を煩わせてはいけないわ。
忠義者のあなたもそう思うでしょう?どうかしら?」
「……は、はい。かしこまりました」
「ありがとう。部屋に運んでおいてね。質疑応答に呼んだ時は速やかに来てください。
家政婦長の答えはどうかしら?」
これ以上は逆らっても無駄と思ったのか、執事長は早々に白旗を上げた。
家政婦長は無駄なあがきを見せたが、『辺境伯家夫人の正当な権利』という正論と、『クラヴィ様が「解雇も辞さない」と口にされている』がだめ押しとなり、渋々手渡す。
「それと嫌がらせには、私、慣れているの。
大神殿でも王立学園でも座学の学業は優秀で、いろんな方々から妬まれていたから、とても大変だったのよ。
犯人もすぐに突き止められますから、無駄なことはしないように。
あの名誉毀損である“悪辣令嬢”という噂も口にしたときは、地下牢行きだそうです。
クラヴィ様からの伝言です。
使用人達にきちんと命じておいてね。
地下牢がクラヴィ様の怒りで極寒でも、私は牢番以外は《常春》や《治癒》を禁じられているの。ごめんなさいね。
優秀なあなた方の査定が変わらないよう、祈っていますわ。
これからよろしくお願いしますね」
私は最後に辺境伯夫人らしく凛然と微笑んだ。
〜〜*〜〜
「おお、聖女服も清楚で美しいが、ドレスだとなお一段と美しい。
用意していたランザに褒美を与えなければならないな」
「ありがとうございます、クラヴィ様」
「午後は私が選べる。楽しみだ。ではいただこうか」
昼食を“仲良く”食べた私とクラヴィ様は、城下のドレスショップから運ばれた私の衣装を、クラヴィ様ご自身でお選びになる、という“ご寵愛ぶり”を示す。
元々はカレン様の選抜で、どれを選ぶかも合言葉で決めてある。
きっかり30分で、“残念そうに”部屋を出ていった。
私はその後も心臓をバクバクさせながら、カレン様と一緒に、辺境伯夫人らしく買い物をした。
1日にこんなにお買い物をしたのは、量も金額も初めてだが、『これで城下が潤う』と言われれば致し方ない。
それでも最低限にしてほしい、とカレン様にお願いした。ラルゴでは魔物へ備えておかなければならないのだ。
またカレン様には代理委任状を渡し、お父様が私のために信託銀行に預けてあった財産を、ラルゴの銀行に移す手続きをしてもらうよう依頼する。
これで義母マルカと義姉ラレーヌから財産を奪われることはなくなった。
この手続きと結婚したことを、お父様に一応伝えるため、手紙を記し速達で出しておいた。
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いよいよ招集した家臣団の会議に参加する。
左右に騎士団幹部と行政府幹部が分かれずらりと並ぶ。
大神殿でもよく見られた光景だ。
会議録の筆記に駆り出されていたころを思い出すと、不思議と落ち着けた。
クラヴィ様が冷徹な声で私を紹介する。
「皆に紹介しよう。
私の妻となったステラ・ラルゴだ。
出自は王都の名門、コルピア侯爵家、母方ではマエスト公爵の血を引き、大神殿で修行した聖女でもある」
「皆様、ごきげんよう。ステラ・ラルゴですわ。
これからよろしくお願いしますね」
優雅な所作でお辞儀をする。
私は上品な口調だが、なめられない凛とした声音で話す。
騎士団の幹部からは拍手が起こる。予定通りだ。
「ステラ、家臣団の皆だ。名簿は渡したから覚えているか?」
「はい、クラヴィ様。
ラルゴ騎士副団長ジョッコ・スケルツァ様……」
暗記は得意だ。頭に叩き込んだ役職と氏名をスラスラと述べていく。
行政府側の家臣で驚いた顔をしている方々もいたが、レスト伯爵は顔を歪ませていた。
「……。皆様、よろしくお願いします」
ここでも左薬指の『ドワーフの宝』を見せつけるように、サイドの金髪をかきあげると、『おおっ』と声が上がる。
クラヴィ様やカレン様の仰るとおり、効果はてきめんだった。
クラヴィ様がエスコートし、席に座る。
その一連の所作も大神殿や王立学園で叩き込まれている。
「結婚は以前から『俺が相手も時期も決める』と言っていたとおり、このすばらしい聖女で令嬢であるステラと定め、昨日婚姻した。披露宴は別途考えている。
何か質問はあるか。この場で言わず、後からぐちゃぐちゃ言う者は許さん!」
クラヴィ様の冷徹な声が響く。私はとりなすように言葉を添える。
「クラヴィ様。お言葉は嬉しゅうございますが、もう少しだけお優しく仰らないと、言い出しにくくございましょう?」
「おお、そうか。ステラを護るつもりで、つい力が入ってしまったな。すまなかった」
クラヴィ様が私のサイドに残した毛束を取り、唇を落とすと、室内にどよめきが起こる。
この両サイドの髪はそのために残すのです、とカレン様から囁きで説明された。
その度に心臓に悪いが、無表情が染み付き、自然と微笑むのが難しいクラヴィ様への救済措置らしい。受け入れるしかない。
「ステラもこう言っている。発言したい者は挙手をしろ」
騎士団側からはジョッコ様を始めとして、次々と祝辞が述べられた。
行政府側も、カレン様の夫であるシーヴォ侯爵様からはっきりとお祝いの言葉をいただき、ランザ様他、数人もそれに続く。
レスト伯爵の番になると、挙手ではなく立ち上がり口を歪ませる。
「私は反対です。何よりなぜ我が娘を投獄されねばならないのでしょうか?
王都では“悪辣令嬢”と名高い方を、名誉あるラルゴ辺境伯夫人に迎えるとは、クラヴィ様もご判断を誤ったとしか思えません。
毎日、二人っきりでお過ごしだったと評判です。
容貌は多少よろしいので色仕掛けにでもあったの……」
調子良く述べていたレスト伯爵の服に霜が降り始め、言葉が途切れる。
「クラヴィ様、お怒りをお鎮めくださりませ。
レスト伯爵、大丈夫ですか?」
私は《常春》を発動させ、霜を溶かす。菜園や薬草園で植物のために用いた魔法だ。
「すまない、ステラ。貴重な魔法をあんな家臣のために使わせてしまった。
皆が見ていたとおり、ステラは多属性の魔法も操れる稀有な存在だ。このラルゴを守るため、魔物の討伐にも母上のようにこれまで以上に参加してくれると言う。
また“悪辣令嬢”という噂は、王都の大神殿や王立学園で、座学ではどうしても勝てなかった嫉妬深い高位令嬢が、ステラの名誉を毀損するため流した非常に悪質な噂だ。
俺にも書状で言ってきたので調べさせたところ、ステラは王立学園の座学では常に最優秀だった。
実技である魔法はここラルゴで“聖具”を弾きこなせ、見事に花開いた。
毎日二人で行っているのは、《結界》の保持作業だ。
ステラが加わり、《結界》は非常に強固になった。気づいている者は挙手せよ」
魔力が高い方々が次々に手を挙げる。レスト伯爵は悔しそうに両手で拳を作り震えていた。
「騎士団の者は三頭犬の討伐で知っているだろうが、《結界》を感じ取れない者もいるだろう。
ステラ、見せてやってもらえるか」
「はい、クラヴィ様。窓を開いてもよろしゅうございますか」
「ああ、そうだな。頼む」
収納ケースから角笛を出すと、私は立ち上がり姿勢を正す。用意していたコルセットは不要だったのでしていない。
つまり服と髪型が変わっただけで、いつもの私だ。ラルゴを守るために、と心安らかに思い、角笛を口に当て吹き鳴らす。
木管楽器の柔らかな音色と金管楽器の力強い響きが合わさったような角笛の音が、ラルゴの歌を奏で、金色の光が湧き出て、窓から出ていく。
不思議なことに、『ドアーフの宝』も光輝き始めた。
これにはクラヴィ様も目を見張られる。
私は心を鎮め、旋律に集中し吹き終える。金色の光は徐々に収まっていった。
「これでわかっただろう。ステラは膨大な魔力の持ち主だ。
何より『ドワーフの宝』はステラを選んだ。これ以上の証明が必要か?」




