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★第14話★ 三頭犬(ケルベロス)


三頭犬(ケルベロス)が出たぞ!三頭犬(ケルベロス)だ!助けてくれ!」


 そう言って壁門に駆けてきた商人は息を切らして倒れこんだ。


〜〜*〜〜


三頭犬(ケルベロス)だと?」

「はい、街道で襲われたそうです」

「わかった。出るぞ」

「はっ!」


 城内が慌ただしくなる。

 私が神殿で聞き駆けつけた時には、騎士団は整列していた。


「クラヴィ様!どうかお連れください!負傷者を《治癒》します!」


 騎士服姿の私を見つめると、副団長ジョッコ様を呼び、互いに(うなず)いている。


「聖女殿の申し出を受け入れる!ジョッコと相乗りしてくれ!少し遅れても構わん!」


「はいっ!」


 私がジョッコ様に助けられ相乗りした時には、騎士は続々と出立していき、馬に乗ったクラヴィ様が近寄ってくる。


「協力には感謝するが、私の命令には絶対に従うように!」

「はいっ!」


「ステラ殿、舌を噛まないよう、お気をつけください!」

「はいっ!」


 私の返事を聞くか聞かないかといった間合いで二人は駆け始める。

 当然、相乗りした副団長ジョッコ様が遅れる。


『帰ってきたら乗馬を絶対に習おう』


 そう心に決めたあとは振り落とされないよう必死だった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 現場は街道の脇だった。

 もう夕刻に近く、商人は飛ばせばラルゴの壁門は閉まる時刻にぎりぎり間に合うと思ったのだろう。

 


 三頭犬(ケルベロス)は知識よりも大きく感じた。

 足が震えそうになり『しっかりしろ!』と自分を叱咤(しった)する。


 馬を襲い食べたのだろう。

 血のついた口を見せつけるように、三頭犬(ケルベロス)の3つの頭が雄叫びを上げ威嚇する。


『グァアアオオッ!グァアアオオッ!グァアアオオッ!』


 尻尾の蛇も伸び上がり、口を開け長く赤黒い舌を不気味に出し入れする。


『シャァァアアアッ!』


 ビリビリと空気が震える。目を(そら)さないように耐え、恐怖を押さえつける。


 クラヴィ様が氷魔法で動きを封じようとするも、足元の固定だけで、首から上までは届かなかった。

 足を地上に固着する氷にヒビが入る。常に掛け続ける状況の中、騎士達に命令する。



「弓隊、前へッ!」

『はっ!』


「構えッ!始めッ!」

『はっ!』


「ひるんだ隙に攻撃するぞッ!抜剣せよッ!」

『はっ!』


「かかれ➖っ!」

『はっ!』


 弓を射掛け、距離を取った攻撃の合間に切り掛かるが、巨体の割には動きが早く、騎士達も三つの頭を攻めあぐねている。


「第1小隊、第2小隊!一つの頭に3名ずつに別れて、波状攻撃せよッ!

第3小隊!第4小隊!背後を突けッ!」


『はッ!』


 クラヴィ様は騎士達に命令し、次々と切り掛からせる。

 だが、そう簡単には刃が届かず、焦って近づくと負傷者が出る。


 背後からの攻撃も、尻尾の蛇に邪魔され、ままならない。単独でも尻尾の蛇のほうが、3つの頭よりも俊敏だ。


 粘り強い攻撃を続けるうちに負傷者が増えていく。

 馬を降りた私は負傷者に《治癒》をかけていた。


 副団長ジョッコ様は私の側を離れない。護衛を命じられたのだろう。

 自分で自分を守れないことが悔しくてならない。

 だが私が負傷すると《自己治癒》の間に《治癒》ができなくなる。


 私は副隊長ジョッコ様に上申する。試したいことがあったのだ。


「しかし、それは聖女殿に危険が及びかねない!」


「試してみる価値はありますッ!クラヴィ様に伝えてくださいッ!」


 三頭犬(ケルベロス)の咆哮が続く中、怒鳴りあいのように言葉を交わす。

 私が引かないと見たのか、指揮をとるクラヴィ様に呼びかける。


「閣下!聖女殿が魔法を使わせてほしいと上申していますッ!」


「あなたは《治癒》しかできないだろうが!」


「できますッ!土魔法はアニマ様に教わり、他の魔法も試してみましたが発動しました!」


「?!」


 クラヴィ様は一瞬目を見開く。操れる属性は1つがほとんどだ。


 ただ私は学園で、単位取得のために座学の理論はほとんどを理解、把握していた。


 角笛を吹け、他者への《治癒》ができるようになってから、『ひょっとしたら』と、菜園で土魔法を使ってみると、《土壁》などが発動した。


 アニマ様も驚いていたが、『他の人には絶対に知られないように』と命じられた。

 それこそ魔物扱いされるか、大聖女候補者とみなされ、大神殿に連れ戻されかねない。


 しかし、もうそんなことは言ってられない。



「《静穏》をかけ、《催眠》で眠らせます!

痛みで苦しみのたうち回っていた患者様で成功しています!

その隙に首を切り落としてください!」


 そんな伝説通りのことができるのか、自分でも半信半疑だったが、試してみる価値はある。


 皆、命懸けなのだ。


 それにこれ以上、《治癒》が続けば、他属性も発動できる状態を(たも)てるのか不安もあった。


 クラヴィ様を強い意志で見つめ続ける。本気と悟ったのか、命令を下す。


「一旦、兵を引き上げよ!陣に戻れっ!」


 他の戦術に切り替えると思ったのか、騎士は速やかに集まってくる。


「聖女殿、前へ!」

「はっ!」


 私はふわりと移動する。試しに風魔法の《浮遊》を使ったが大丈夫なようだった。

 騎士の間に声にならない驚きが広がっていく。


 三頭犬(ケルベロス)との間合いを読みながら、ギリギリの距離で近づくと、《静穏》を発動させる。


 威嚇していた三頭犬(ケルベロス)の頭が動きを止める。まるで“お座り”をしているかのようだ。

 私から金の光がわずかに洩れいでてくるが、刺激はしていないようだった。


 次は《催眠》だ。


 『安らかな眠りを』と祈りながら、《催眠》をかけ続ける。

 すると三頭犬(ケルベロス)の一つの首が舟を漕ぎ、うとうとし始めた。

 金の光りが薄っすらと三頭犬(ケルベロス)を包んでいく。


 背後から攻撃の気配を感じ、私は後ろ手を上げ、もう少し待つように伝える。

 今、刺激で起こしたくはなかった。


 『あと少し、あと少し』と徐々に強めていくと、額に汗が浮かんでくる。もう少しの我慢だ。

 ついに三つの頭は寝息を立て始める。


 私は《催眠》をかけ続けながら、前へ出るよう手で合図する。


 クラヴィ様は剣の手練(てだれ)を選び、静かに近寄らせ、騎士の方々は目で意志を交わし合い、呼吸を合わせる。


『!!!!!!』


 ほぼ同時に振るわれた剣は、三頭犬(ケルベロス)3つの首と、尻尾の蛇を見事切り落とした。


 ドスンッと地面に落ちる音と振動が伝わる。魔物特有の血の臭いが広がっていく。


 湧き起こる歓声の中、吹き出した血を浴びてしまった騎士の方々を私は《浄化》していく。


「ふう……」


 安堵のあまり気が抜け座り込みそうになるが、三頭犬(ケルベロス)の始末が残っている。


「ステラ殿!大丈夫か?!」


 クラヴィ様が駆け寄ってくる。私が笑顔を向けると無事かどうか確認される。


「あなたという人は、無茶なことを!」


「でもうまくいったでしょう?」


 疲れを抑え笑顔で答える。

 意地で持ったのはここまでで、それでも座り込みたくなくて、膝に手を当て姿勢を保とうとした。


「失礼」


 不意に身体がふわりと宙に浮く。クラヴィ様に横抱きにかかえられていた。


「おろして、おろしてください!歩けます!」


 足をばたつかせ降りようとするが、がっちり支えられ、無理に降りる力も残っていない。


 後続していた後方支援の馬車の荷台にそっと下ろされる。


「ここで休んでいてください。悪いが干し肉と干し野菜、ワインくらいしかないが」


「ありがとうございます。でも、今は、眠くて……」


 覚えているのはここまでで、私は意識を手放した。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 目覚めた時、視界は満天の星空だった。かなりの時間、眠ってしまったようだ。


 ガタゴトと揺れている。

 身体を起こそうとすると、クラヴィ様の声がかかる。


「気分が悪くはないか?痛む箇所などは?」


「ありません、大丈夫です」


 安堵のため息が聞こえる。

 心配をかけてしまったようだった。

 それでもやらなければならない、と思ったのだ。


 ラルゴを守るために、できることは何でもしたかった。


「皆には緘口令(かんこうれい)を敷いた。洩れることはないだろう」


「ありがとうございます。王都には絶対に戻りたくないんです」


 この心遣いが、今の私には何より嬉しかった。


「…………私こそ感謝してもしきれない。

おかげで犠牲者を出さずにすんだ。前回は私がまだ未熟で、かなりを失った。

部下が喰われている間に、首を切り落としたようなものだった……」


 残酷すぎる現実がそこにはあった。今より若かったクラヴィ様には、それしか方法がなかったのだろう。


「…………」


 私はゆっくり起き上がると、あぐらをかいて座っていたクラヴィ様の手に、自分の手をそっと重ねる。


「明日、殉職された方々のところに連れて行ってください。祈りを捧げたく存じます」


「そうか…………。ありがとう……」


 クラヴィ様の手から、そっと手を離す。



 ふと空を眺めれば降るような星々——


 幾万の(きら)めきが天を横切る星の河となり、どんな時も変わらずに、宝石よりも美しい。

 (けが)れさえも浄めてくれそうだ。


 私が見上げているとクラヴィ様も見上げる。



「……たとえ、この身を血で染めようと、この地を守ってみせる。ここは美しさで満ちている。

この自然と人々と……、今は音楽さえあれば、俺は、何もいらない」


「私も……いりません……」



 果てのない夜空を、大河のように渡る星々の下、孤独と孤独が寄り添っていた。


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