第259羽♡ 非公式生徒会 3
――7月31日、午後8時20分。
20XX年度第32回非公式生徒会WEBミーティング。
画面の中央に、8つのアイコンが並んでいた。
それぞれの名前の横に、緑の接続ランプが灯っている。
誰も声を発さず、ただ無音のまま、時間だけが過ぎていく。
その沈黙を破ったのは、副会長の落ち着いた声だった。
「メンバーは揃ったようだね。では議長、始めてもらってもいいかな?」
副会長の一声で、ミーティングは定刻通りに始まった。
いつも通りの始まり方。
だが、誰もがいつも通りではないことを知っていた。
「それでは20XX年度第32回非公式生徒会WEBミーティングを開始します。まずは……」
「御託はいいです! どういうことですか? 会長は天使同盟一翼、高山莉菜だった。それに、堕天使遊戯は想定外のシナリオで終わった。なぜ非公式生徒会に天使が紛れ込んでいたんですか? 会長は最初から裏切ってた? 非公式生徒会は……どうなるんですか?」
広報の声は、いつになく荒れていた。
マイク越しでもわかるほど、呼吸が乱れている。
画面の向こうで、身を乗り出しているのが目に浮かぶようだった。
「広報、落ち着き給え」
「落ち着け? 副会長はどこまで知ってました? この中で一番の古参はあなたです」
「残念だが君と変わらないよ。そして、会長は裏切っていない。だからこそ、我々を守る選択を選んだ」
副会長の声は、いつもと変わらぬ調子だった。
だが、その“変わらなさ”が、かえって不気味だった。
「……ですが、これで会長の離脱は決定的です。沈黙の7月が過ぎ、黄昏の8月が始まる。私たちは何を頼りにすれば……」
「あぁ、だからこそ我々は新しい指導者を迎えることになった。新会長……どうぞここへ」
その瞬間、画面に新たなアイコンが現れた。
表示名は「会長」。それ以上の肩書きも、識別情報もなかった。
カメラは他メンバー同様にオフ。音声だけが、機械のように滑らかに響いた。
「こんばんは。新しく非公式生徒会の会長を務めることになりました。これからよろしくお願いします」
その声には、抑揚がなかった。
声こそ、少女のものだが、他役員と同様に音声加工ソフトで変えているため、当てにはならない。
誰かが息を呑んだ気配が、画面越しに伝わってきた。
「おっと、副会長、あなたや既存メンバーの昇格ではなく、新会長は外部から招聘ですか?」
少年の声をした会計はどこか、楽し気にいう。
「あぁ、システムの判断だ、我々は従う以外ない」
「ですが、システムにアクセスできるのは副会長、あなただけだ、新生徒会長は本当に相応しい人物なのですか?」
会計の言葉には棘こそないが、突如現れた新会長とそれを連れてきた副会長に疑念を抱いているのは明らかだった。
「そうだ、前会長と同じようなことがあったら今度こそ我々は……」
監査Aも、動揺を隠せなかった。
彼らも天使たちと同様に、大事なものを人質にとられ、役員をやっているだけに過ぎない。そして、非公式生徒会の裏にあるであろう、得体の知れないものに常に恐怖を抱いていた。
「……不安ですよね、ですが、私の言う通りに動けば、大丈夫です」
新生徒会長は、変わらず抑揚のない口調でそう告げる。
「今日まで、非公式生徒会ですらなかった人にできるんですか?」
「えぇ、何か問題ありますか?」
いきなり来て、チーム連携無しの縦割り構造である非公式生徒会をまとめられるはずがない。会計の危惧は当然だった。
だが新会長は、意に返さない。
会計はふと思う。
ただの愚者か、それとも――
「……ではまず是非、新会長に今後の方針を聞かせて頂きましょう」
「はい、まず、堕天使遊戯は今日で終了にします。代わりに9月より、新しい堕天使遊戯――堕天使戯曲を始めます。残りの7人の天使を使って」
その言葉に、空気が一瞬だけ揺れた。
“残りの7人”――その意味を、全員が理解していた。
だが、誰も口に出そうとはしなかった。
「残り7人、つまり、2年と3年の天使を使うのですか?」
「はい。元々システムは、五翼のバックアップとして、七翼を用意していました。堕天使遊戯が正常に終われば、七翼に出番はありませんでしたが……こうなった以上、致し方ありません」
誰かが小さく息を吐いた。
まるで、最初から決まっていたかのような口ぶりだった。
「あの七翼は、白花祭のミスコン要員だと思っていました」
「えぇ、そのご認識の通りです。――ついさっきまでは」
新会長の声は、どこまでも平坦だった。
冗談なのか、本気なのか。誰にも判断がつかない。
「7人と緒方霞の関係は?」
「今の段階では、同じ学校にいるだけですね。ですが、システムが選んだ7人です」
システムが選んだ――その一言が、すべてを決定づけていた。
誰が何を思おうと、もう抗う余地はない。
「そんな付け焼刃で上手くいくのか?」
「どうあろうと、上手くいかせるのが、私たちの仕事です」
その言葉に、誰も反論しなかった。
そう、前会長の時代から無理を重ねてここまで来たのだ。
「ですが、準備期間は必要です。8月を堕天使戯曲の準備期間にします。各担当には追って連絡をするので、よろしくお願いします」
「会長、1年の五翼はどうするのですか?」
その問いに、新会長は一拍だけ間を置いた。
そして、変わらぬ口調で答える。
「……緒方霞のサポートに当たってもらいます。彼は、年頃の女の子の気持ちに疎いようなので」
その場に、わずかな沈黙が落ちた。
だが、誰も笑わなかった。
5人の天使は、一度は救われたかもしれない。
だが、再び堕天使戯曲に巻き込まれようとしている。
そして、新たに7人の天使……。
非公式生徒会の役割は変わらない。
再演に備え、舞台装置を整えるのみだ。
古来より戯曲には悲劇が多い。
はたして12人の天使には、どのようなシナリオが用意されるのだろう。
今は――何一つ、わからない。
画面の向こうにいる新会長の思惑も、これから始まる堕天使戯曲も……
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