第257羽♡ 天使の休息
「リナ、お前は俺と同じだな。 システムから提供されたシナリオを持ち、非公式生徒会を使い、堕天使遊戯を進めた」
俺の言葉に、リナは一瞬だけまばたきをした。
その瞳は、まるで何かを測るように、じっと俺を見つめていた。
「どうしてそう思うの?」
声は静かだった。
けれど、その奥にあるものは──事実であると認めていた。
「そうでもしないと、三年前──中学生だったお前が、村からリモートで東京にある非公式生徒会をまとめるなんて無理だろ。いくら、さくらに匹敵するくらい優秀でも」
リナは小さく笑った。
けれど、それは照れ隠しのような、どこか痛々しい笑みだった。
「……そうだよ。兄ちゃんと同じ。でも、ちょっと買い被りすぎかな。さくらには敵わないよ」
「この前、村に帰ったとき、セナに聞いたよ。本当は中学三年間、学年一位。模試では県でもトップクラスだったらしいな。それに、さくらとレスバしても負けない頭の回転の速さ。サッカー選手として年代トップクラスになれる戦術理解力と空間認知力。 ……あと、毎回テストで赤点ギリギリ回避ってのも、今思えば嘘くさい」
リナは目を伏せた。
その仕草は、肯定とも否定とも取れた。
「……あれは本当だから。 高校に上がってから、急に勉強やる気がなくなって、もともと好きじゃないし」
「どうだか」
俺は肩をすくめた。
けれど、もう確信していた。
リナは、ただのお飾りなんかじゃない。あの異常な組織をまとめるだけの技量が、確かにあった。
「お前は、俺と一緒に住むことで、俺を監視していた。足りないところは天使メールを使って、5人の天使たちにやらせた。天使たちは、それぞれ秘密を握られていて、非公式生徒会の指示に従うしかなかった。完璧な包囲網だよ……でも、どうして俺が、リナが非公式生徒会長だと気づく証拠を残した?」
リナは少しだけ視線を逸らした。
その横顔に、かすかな動揺が浮かんでいた。
「別に、わざと残したわけじゃなく、ただのミスだよ」
「ミーティングソフトのログから見つかったグローバルIPは、親父の引いた専用線のじゃなく、プロバイダ契約の通常回線のものだったら、俺が割り出すのは不可能だった。それに、インターネット上の掲示板やSNSに、非公式生徒会に繋がる情報も── フェイク情報込みとはいえ、放置されていた。柊木夏蔵にミーティングソフトの改修依頼をしたのも、 広田のいる第三新聞部に手を出さなかったのも、偶然とは思えない」
リナは小さく息を吐いた。
その吐息には、どこか諦めのような響きがあった。
「兄ちゃんの言う通りだと、まるでわたしが非公式生徒会を裏切ってたみたいじゃん」
「そう言えなくもない」
リナは、じっとこちらを見ていた。
「お前は、堕天使遊戯を進めながら、今日この場に俺が辿り着けるように、ヒントを残してきた。 なぜだ?」
「遊戯にはヒントがあって然るべきでしょ」
「……本当にそれだけか?」
「大好きなお兄ちゃんのために、わざとやったとでも言わせたいの?」
「……少なくとも、俺はそう思ってる」
リナはふっと笑った。
けれど、その笑みは、どこか悲しげだった。
「兄ちゃんが堕天使遊戯を終わらせようとしたように、 私たちも、今日で堕天使遊戯を終わらせる必要があった。誰も好き好んで、人の大切な想いを踏みにじろうとは思わないからね」
「じゃあ、堕天使遊戯は終わるんだな」
「……残念だけど、それは無理だよ。今日7月31日の堕天使遊戯の終焉は、システムの望む結果じゃなかった。だから、終わらない」
「だけど、俺が非公式生徒会の会長がリナだと見破った時点で、これ以上の継続は不可能だろ」
「そうだね。遊戯の進行者がわたしならね。でも──兄ちゃんは、わたし以外の非公式生徒会役員が誰か知らない。わたしが口を割らなければ、兄ちゃんは再び、非公式生徒会の手がかりを失う。わたしが消えれば……」
その言葉に、背筋が凍るような感覚が走った。
「お前……何をするつもりだ?」
「何もしないよ。ただ、忘れるだけ。非公式生徒会のことは、全部」
「まさか……死ぬつもりか!?」
「……そんなことするわけないじゃん」
リナは笑った。
けれど、その笑みは、どこか遠くを見ていた。
「兄ちゃんがここに来る前に、薬を飲んだ。今から50年後に、とある脳医学の天才が作る薬をね……そろそろ効いてくるはずだよ」
「どうして、そこまでして非公式生徒会を守ろうとする?」
「そりゃ、私は悪の親玉だから。部下を守る義務がある。じゃないと、他の役員が危ないしね……それと、兄ちゃんのためかな」
「俺のため?」
「わたしは、兄ちゃんの妹だよ。いつだって、兄ちゃんのことが最優先なんだよ。これ以上、非公式生徒会やシステムを知ろうとしちゃダメ。今度は、どんな手段を使ってくるか、わたしにもわからない。兄ちゃんの言った通り、全部知ってるわけじゃないからね。会長って言ってもさ……雇われ店長みたいな感じだし……ね、それに……」
リナの声が、少しずつかすれていく。
その身体が、ゆっくりと傾いていくのを、俺は支えた。
「記憶を保持するだけで……脳に負荷がかかる。それは……兄ちゃんだけじゃない。 わたしも同じ……だから、忘れるの。これ以上は持っていられないからね、これ……兄ちゃんにもあげる。早めに……飲んでね」
リナがくれたのは、一見何の変哲もない白い錠剤だった。
「ごめん、もう……眠いや。忘れるのは……消えそうな気がして……なんか怖いね……」
リナのまぶたが、ゆっくりと閉じていく。
「わたし、今日──午後1時23分までしか……生きられないって、知ってたから。 せめて、最後の1時間だけでも、兄ちゃんの彼女になりたかった……それなのに……あんな告白するんだもん……酷いよ……」
その声は、もう夢の中に溶けかけていた。
「次に目が覚めたら、まだ兄ちゃんのそばにいられるのかな……憶えてなくても……」
「ああ、もちろん」
「そっかぁ……じゃあ、楽しみだね……悪いけど……わたしが寝込んだら、保健室に運んで……寝かせてくれる? あと……皆に……酷いこと……してごめんって言っておいて」
その声は、もうほとんど囁きだった。
俺は、リナの肩をそっと抱き寄せながら、うなずいた。
「ああ、わかった。……本当に、大丈夫なんだよな?」
問いかけながらも、俺の声は震えていた。
リナの体温が、少しずつ指先から抜けていくのを感じていたから。
「もう……心配性だな……ほんと兄ちゃんは、シス……コ……」
言いかけた言葉の最後が、ふっと途切れた。
リナの身体が、俺の腕の中で力を失う。
その瞬間、世界の音がすべて遠のいたような気がした。
外に響く雷鳴も地面に打ち付けるような雨の音も、何もかもが消えた。
俺は、リナの額にそっと手を当てた。
熱は、まだある。呼吸も、かすかに続いている。
けれど──意識は、もうどこにもなかった。
「……そういうお前も、ブラコンだろ」
誰に聞かせるでもなく、俺はそう呟いた。
俺は、リナをそっと抱き上げた。
その身体は軽く、まるで天使の羽のように思えた。
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