第256羽♡ He said a little prayer
「兄ちゃんがさっき全員にフラれたことで、変わったって言うの?」
リナの声は、どこか試すようだった。
けれど、その奥には確かな怒りと、わずかな哀しみが混じっていた。俺はその感情を、正面から受け止めるしかなかった。
「……ああそうだ、みんなの運命を一気に変えられる今日を、ずっと待ってた」
因果には、変えても大きな影響が出ないものと、そうでないものがある。
たとえば──今日の晩ごはんのあと、プリンを食べるかどうか。どちらを選んでも、世界は大して変わらない。
もちろん、プリンに毒でも入っていれば話は別だ。
人の心や選択の連鎖は違う。
一つの言葉、一つの行動が、未来を大きく変えてしまうことがある。
俺は、それを知っていた。
そして、変えられる瞬間を、ずっと待っていた。
「兄ちゃんの言う通りになったとしても、それは一時しのぎにしかならないよ」
リナが告げる。
その声は冷静だったが、どこかで俺を止めようとしているようにも聞こえた。
「システムは、たとえ想定ルートから外れても、どこかで元のルートに合流させようとする。因果の揺り戻しが起きる」
「だから、結末は変わらない。わたしたちの運命も──」
「そんなことはない」
「この先、システムが何度、俺たちを元のルートに戻そうとしても──させない」
それが俺の決意だった。
この理不尽なシステムに立ち向かう、反逆者としての、俺の意志。
「無理だよ」
リナの声が、わずかに揺れた。
「兄ちゃんが……未来の緒方霞教授が提唱したタルタロスの可逆性は、不完全な理論。しかも、兄ちゃんが持ってるシナリオは、もうほとんど残ってないはず」
「……なんだ、バレてたのか」
未来の俺──緒方霞が、過去の俺に送りつけてきた疑似シナリオは、今日7月31日 午後11時59分59秒までだ。どんなに圧縮しても、それが限界だった。
それ以上の情報は、受け手である俺の脳が処理しきれなかった。
「当然だよ」
リナは肩をすくめた。
「システムは、緒方霞が東京に戻ったあたりから、ずっと監視対象にしてた。想定外の選択肢ばかり選ぶからね」
「……バレないように、うまく選んだつもりだったけどな」
未来の緒方霞は、システムの介入を予測していた。
だから俺は、選択肢の中で絶対に落とせないものだけを確実に選び、それ以外は、あえて外した。
100点満点が取れるテストで、わざと70点しか取らないように── 完璧すぎないように気をつけていた。システムの目を欺くための、綱渡りのような演算を繰り返し、時には道化を演じた。
一歩間違えれば、すべてが崩れる。だが、俺にはそれしかなかった。
「緒方霞が因果に干渉した、確たる証拠は見つからなかった。でもシステムは、その存在を危険視していた。だからもしもの時に備えて、既存の非公式生徒会を乗っ取り、高校生になった緒方霞を、強制的に修正する準備をしてた」
「つまり、堕天使遊戯は、システムが俺を元のルートに戻すための仕掛けか」
「そう。しかも、兄ちゃんが東京に戻ったことで、一度は切れた楓ちゃん、さくら、すずとの因果が再接続された。システムは非公式生徒会を使って、わたしや凜ちゃんを含む五人を天使同盟に編成し、堕天使遊戯を通じて、因果の揺り戻しを仕掛けることにした」
俺は、静かに息を吐いた。
ここまで読まれていたのか。 だが、それでも──俺は、止まらない。
「……そこまで話していいのか?」
「別に構わないよ。これは、ここまでわたしたちを追い詰めた兄ちゃんへの──ご褒美」
「……舐められたもんだな」
「そうじゃないよ」
リナは、ふっと笑った。
その笑みには、皮肉も、哀しみも、やさしさも、怒りも──いろんな感情が混ざっているようだった。
「むしろ、尊敬してる。だって兄ちゃんの相手は、それくらい途方もない存在なんだから。もう気づいてるんでしょ? システムの正体に」
「……ああ」
俺はうなずいた。
「システムとは、この世界──いや、地球そのもの。ただし、人のような意思は持たない。ただの管理者だ」
「そう。システムは、誰かを助けることも、貶めることもない。ただ、シナリオ通りに世界が進むのを見守ってるだけ。でも、どうしようもないイレギュラーが発生したときだけ、手を加えて、元に戻そうとする」
「イレギュラーって、俺のことか」
リナは無言のまま笑みを浮かべ肯定した。
「未来の緒方教授が残したものは、世界に与えた影響が大きすぎる。もし兄ちゃんがいなければ、物理学の発展は最低でも数十年遅れていた。それは、システムにとって看過できない誤差なんだよ」
つまり、システムは、俺が因果を読み、想定外のシナリオを選ぶことは望まないが、一方で、緒方霞が研究を進めタルタロスの可逆性に辿り着くことは望んでいる。
システムは人間が考えもしないような、矛盾を抱えている。
「でも、今の俺は、カンニングしながらテストの解答欄を埋めてただけだ、そんな大層な人間じゃない」
「一見するとそう。でも、それも普通じゃないよ。 たとえば──ピッチャーが次に150キロのストレートを投げるってわかってても、普通の人は、それを打てない。兄ちゃんは素人なのに、何度もホームランにしてきた。やってることが、異常なんだよ。きっと、脳には相当な負荷がかかってる。長時間、眠れないとか」
実際、疑似シナリオを受け取ってから、 俺の頭はずっとハイなままだ。
眠れても、1日3時間が限界だった。睡眠薬も効かない。全力で運動することもできなくなった。
サッカーは──楓の件がなくても、もう続けられなかった。
「……そこまでわかってたのに、俺がシナリオを持ってるって、今日まで半信半疑だったのか?」
「そうだよ。だって、兄ちゃんがやってることは、ほとんど自殺行為だ。いくら過去の自分でも、そんなことを普通はしないと思ってた、なのに未来の緒方霞は平然とそれを行った」
「俺はリナに生きて欲しかったし、楓や宮姫、さくらや前園にも、幸せになってほしかった」
ただそれだけのことだ。
そして、緒方霞も一人ではなく、高山莉菜や皆と一緒に普通に生きていきたかった……
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