第212羽♡ ある仮カップルの終焉と始まり
――7月26日午後19時47分。
エレベーターでタワーマンションの上層階を目指す。
お凛ちゃん『今後のこと決めたから、悪いけど今からウチに来てくれ』
凛からのRIMEにはそう書かれていた。
多少遅い時間だけど断る理由はない。
それにしても……今日は朝から疑惑写真の事件があり、さくら、宮姫、楓が家に怒鳴り込んできたり、日中はリナと池袋デートして、帰りにディ・ドリームに呼び出されてこれから前園に会う。
一日が長くて濃い。男子高校生の日常はこうも忙しいのだろうか。夏休みだしそろそろ休みたい。
カスミもカスミンも限界なのであります。
夏季休暇に伴う充電期間プリーズ。
とは言え今日はもう一仕事。
前園家には当然ノーラさんもいるだろうからカスミン用メイクは落とした。
ここからはカスミンモードではなくカスミモード。
彼女の親と大事な話をするのに、ナチュラルメイクして来る彼氏なんていないだろうから。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
前園家には前園とノーラさんだけでなく、もう一人待っていた。
「すずちゃんにも来てもらったわ」
「ありがとうございます、宮姫お疲れ様」
「うん、緒方君も」
前園のことは宮姫が一番気にしている。
後でしこりを残さないためにもこの場にいてもらった方が助かる。
「早速だけど、わたしはやっぱりパリに来た方が良いと思う、凜が今の環境を気に入っているの知ってる。けど日本も良いことばかりではないわ、現に凜は見た目のことでずっと悩んでいたでしょ、パリならこっちほど好奇の目にさらされることはないわ」
ハーフだから日本人っぽい要素もあるけど、事情を知れない人からすればやはり異国の人に見えるだろう。凛とよく話す俺ですら、他とは違う存在感にドキッとさせられる。
「日本に住んで7年くらい経つけど未だに場違いだと思ったり、慣れないと感じるところはある。そのことに悩んだこともね。だけど、どこで暮らしていても、少なからず問題はある。自分の居場所がないなって感じることも、ここにはすずすけがいる、あとカスミも……いいことばかりではないとしても、オレはここに残りたい」
「下宿先はどうするの? 相手側は住んでも良いって言ってくれても、あなたがいることで負担は掛かるわ」
「わかっている。ワガママを言わず向こうのルールに合わせるよ、あと手伝えることは進んで手伝うようにする」
「あなたが考えてるよりはるかに大変なことよ、ホントにちゃんとわかってるの?」
「うん」
「じゃあ聞こうかしら、どこの家にお世話になるつもり?」
「色々考えたけど、さくらの……赤城さんの家に下宿させてもらおうと思う」
「赤城家の環境は素晴らしいとは思うけど、恐らく凜の想像以上に大変よ」
「そうかもしれない、だからこそ自分のためになると思うんだ」
「大丈夫?」
「うん……だってオレは母さんの娘だよ、どんな境遇でも負けない」
ノーラさんが写真家として成功するまで親子二人は日々の食費に困るほど困窮した時期があったこと。厳しい家計の助けになればと帰国後に凜が始めた芸能活動でも苦戦を強いられたこと。前園凛の人生は平坦な道のりとは程遠かったことを聞いている。
だからこそ、どんな境遇でも負けないと言う言葉にはとても重みと説得力がある。
「……そう、じゃあ絶対に逃げ出してはダメよ」
「あぁ」
ふたりには深い親子の信頼がある。これ以上の言葉は必要なかった。
「お凛ちゃんが日本に残ってくれるのは嬉しい……けど、どうしてウチじゃダメなの?」
さくらの家に決めたということは、当然ウチや宮姫家に下宿することがなくなったことになる。ウチはともなく、宮姫家も赤城家と変わらず条件が良い様に思えた。宮姫は納得がいかないらしい。
「ダメじゃないよ、だからすごく悩んだ……でもすずすけのそばにいるとオレは甘えちゃうから」
「いいじゃない! お凛ちゃんのためなら何でもする! わたしにおかしいところがあるなら直す、だから考え直して!」
凜は宮姫に優しい笑みを浮かべゆっくりと語り掛ける。
「オレはね、すずすけと並び立てる人になりたい、でも中等部の頃みたいに何かをしてもらうだけではすずすけに追いつけない、変りたいんだよ」
「――違う! 凛ちゃんは綺麗で頭が良くて何でも出来て、今もわたしよりずっとずっと先を走ってる」
「すずすけは昔から自分のこと過小評価し過ぎなんだよ、でもね、そんな謙虚なところが好き、笑顔がかわいいのが好き、優しいところが好き、すずすけがいてくれれば他のものは何もいらない」
「わたしも……凛ちゃんのことが大好き……初めて会った日からずっと」
「ありがとう……でも最近、お互いに気になるものが他にもできちゃったじゃん? もう放課後の美術部でふたりでいたあの頃には戻れないんだよ」
「お凛ちゃん……」
「母さん聞いてくれ、オレとカスミは付き合ってないから、日本に残るため彼氏のふりをしてもらってただけ」
「凛?!」
(設定だったの、バラしちゃっていいの?)
「カスミに振り向いてもらうためにもパリには行けない、でもなぁ……問題はそれだけじゃなくて間近にいるライバルが強すぎるんだよね、幼馴染ってだけでも強キャラなのに謙虚で超かわいいとかズル過ぎる」
「ちょっとお凛ちゃん!? 何を言ってるの?」
「あなたみたいなじゃじゃ馬がすずちゃんの相手になる訳ないでしょ。緒方君、選択の余地はないわ、すずちゃんにしておきなさい」
「ノーラさんまで何を言ってるんですか!?」
「はぁ――!? 自分の娘じゃなくて恋敵を応援する親とか普通いる?!」
「だって凛も言ってたじゃない相手が強すぎるって、それにすずちゃんが良い子なのは前から知ってるいるわ」
「わ、わたしと緒方君は幼馴染ってだけで別にそんな関係じゃないですから!」
ん?
……何だ、この展開。
「あら……すずちゃんが手をこまねいている今なら、まだ勝ち目があるかもしれないわね」
「うん、これチャンスだよね、カスミが何度か口を付けたあのアイスティーに眠くなる成分と野獣化成分を注入したから抜かりなし」
「ちょ、ちょっとそれマジで?」
「もちろん冗談だから」
「背筋が寒くなる冗談は止めて!」
「てわけでさ毎日楽しくやってるから安心して」
「はぁ……もう好きにしなさい」
「はーい、ありがとう母さん」
「ただし連絡はマメにすること、あと学校の成績もキープすること、連休期間は緒方君とすずちゃんを連れてきても良いから、こっちに顔を出しなさい」
「わかった、ふたりとも冬休みになったらパリに行こうぜ、料金はもちろん母持ちだから」
「う、うん」
……いや、海外旅行プレゼントは高すぎてもらえないって。
「それで、あなたたち隠していることはこれで全部?」
「うーん、オレはないかな」
「わたしもないです」
凜と宮姫は即答する。
「緒方君は?」
「ないですよ」
「凜が赤城家に住めるように口利きしたの緒方君よね? どうしてそんなコネクションがあるの?」
「ウチの親父と、赤城さんのお父さんが大学の先輩、後輩の関係だからです」
「本当にそれだけ?」
「はい……あとは赤城さくらさんは一応同級生で妹の親友ですし」
「ふーん……そう」
ノーラさんは変わらず疑いの目を俺に向けている。
写真家の目を侮るなかれ。
ボロが出ないようにポーカーフェイス。
真実を知る宮姫が呆れた目で俺を見ているけどここでは無視。
実はさくらは僕のフィアンセなんですよなんて、今この場では絶対に言えない。
ノーラさんだけでなく凛にも。
でもさくらの家で凜が暮らすようになったら今後も隠し通すのは難しい。
頻繁じゃないにしろ、俺は赤城家に顔を出さなければいけない立場だから。
毎度頼りになる愛しのフィアンセ様に相談するか……。
お越しいただき誠にありがとうございます。
お時間がございましたら「ブックマーク」「いいね」「評価」「誤字修正」「感想」「ご意見」など頂けましたら幸いです。




