魔物学者は、感動する。
「次から次へと、色々起こるな!! 今度は何だ!?」
まるで怒っているような口調で、ニーズが巨大なスライムたちに目を向ける。
しかし彼女の目は子どものようにキラキラと輝いており、興奮し過ぎて声が大きくなっているのだ。
ルアドは、スライムたちの輝きを眺めながら、魔物使いの少女に話しかけた。
「彼らが何をしようとしてるのか、分かるかい? エンリィ」
そう問いかけると、彼女は首を横に振った。
「ううん、全然分からないけど……喜んでる、みたい」
「喜んでいる……? 【大禍】が消えたから、かな……?」
自信はないが、ルアドは彼らの今までの行動からそう推察した。
彼らが喜ぶような何かが起こっているとすれば、それしかなかったからだ。
「スライムには、意思があるのかな……」
今まではないと思われていたのだが、エンリィの言い方は感情があるように思われたからだ。
「感情、かなぁ。普通の魔物の気持ちとは、違う気がするんだけど。一番強く感じるのは、ルアドの足元にいるその子だよ」
「君が?」
言われて足元に目を向けると、紫のスライムも表面に虹色の光をゆらめかせている。
やがてリィン、リィン、と、鈴が鳴るような音が響き始め、スライムたちがゆっくりと頭頂部が開くように広がっていく。
穏やかで暖かい波動と共に、花開くように広がって、先程の陽鳥が見せたような燐光を振り撒きながら咲き始めた。
やがて、大きく、それぞれが触れ合うほどに開き切ると。
はらり、はらりと。
花弁が落ちるように、先端から溶け落ちていく。
それはどこか、神秘的で粛々とした感情を覚える景色だった。
「凄いね……」
ルアドは、感動を覚えていた。
何が起こっているのかは全く分からないが、それがスライムという謎の多い生き物の不可思議さを、自分はたった今目にしているのだ。
「今日は、初めて知ることばっかりだね……魔物は、これだから」
邪悪とされる、人類の敵対者。
今、目の前の光景を見て、そんな言説を信じる人々がどれだけいるのだろう。
紛れもなく、彼らも自然の一部なのだ。
雄大な景色を目にした時のような、自分の小ささを自覚するような、知らないことを知る喜びの中でも、とてつもなく素晴らしい出来事に、ルアドは出会っている。
やがて、空気を震わせる音が徐々に収まって、消えていくと、スライムたちも姿も地面に溶けるように消え去っていた。
残ったのは、露を煌めかせる術式によって成長した木々や草木、澄んだ空気や暗雲をひんやりと穏やかに流す風と、穏やかな日差しだけだった。
ルアドは、どこか満足げな様子で体を震わせた足元のスライムに、微笑みながら声をかける。
「せっかく【大禍】に突っ込むのを止めたのに、なんで消えてしまったのか分からないけど……君たちにとっては、これで良かったのかな?」
すると紫の変異スライムは、こちらの言葉にうなずくように体を震わせる。
「それなら、良いかな」
今の現象の理由と、意味を考えるのは、後でいいか、と、ルアドは珍しく思った。
そして、別の言葉を投げかける。
「これから先も、君がボクたちと一緒にいるつもりなら、名前をつけてあげなきゃねー。エンリィの手の中にいる雛にも。何がいいかなぁ?」
ルアドがこめかみに指を当ててトントン、と叩きながら考え始めると、ニーズが口を挟んでくる。
「貴様にはネーミングセンスがないからな。誰か別の人間につけてもらったほうが良いんじゃないのか?」
「うん……ルアドには悪いけど、ニーズさんに賛成かなぁ」
女性陣の言葉に、団長までもが無言で深く頷くのに。
ルアドは、あはは、と笑いながら応えた。
「ひどいなぁ」




