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魔物学者は、眠る雛を考察する。


 エンリィは、不思議な感覚を味わっていた。


 頭がぼーっとしているが、しかし周りの景色だけが鮮明に感じられるような。


 雛の輝きで、体が熱に包まれた後、エンリィは気づけば空の上にいた。

 眼下にある小屋の屋根に穴が空いており、そこでクーちゃんがこちらを見上げて吠えている。


 それを意に介することなく、体が勝手に動いて一路、牧場の方向を目指した。


 自分の体がどうなっているのか分からないが、暖かさに包まれて降り注ぐ雨の冷たさは感じない。


 普段と全く違う視界に見えるのは、牧場から出て動き出した巨大なスライムと、村とは反対方向の草原にある黒い半球形の塊。


 その前に、ルアドたちが立っているのを見下ろしたエンリィは、それまでよりも強く響く雛の声を聞いた。


『悪いもの、なくさなきゃ』


 ーーーあれは、悪いものなの……?


 見た目は、たしかに不気味だった。

 エンリィには何がどう悪いのかは、よく分からなかったが、雛の意識はまっすぐ黒い塊を見据えていた。


 その上空にたどり着くと、体が旋回を始め、体を包む熱が増していく。

 キラキラと火の粉のように降り注いだ何かが、黒い塊に触れると、見る間に黒い塊が小さくなっていく。


 ーーーどういうこと……?

 

 黒い塊が消えると、日差しが降り注いで雨が少し緩やかになる。


 こちらを見上げて眩しそうに目を細める地上の三人の元に、ゆったりと舞い降りたエンリィは、地面に足がつく感覚を覚えたのと同時に、頭がハッキリする。


 『悪いもの、消えた!』と雛の満足そうな意識が伝わってきて、体を包む熱が手のひらに集まってくる。


「えっと……何がどーなってるの?」


 全く状況が分からないまま、エンリィは手の中で体を丸めて眠り始めた雛を眺めていた。


※※※


 ルアドは、ニーズと共にエンリィに近づいて声をかけた。


「エンリィ? さっきのは何?」


 今の不可思議な現象の理由が、とても気になっていた。

 しかし顔を上げたエンリィは戸惑った表情でこちらを見上げて、首を横に振る。


「全然分かんない、けど、この子が『悪いものをどうにかしなきゃ』って言ったから、連れていこうとしたら……」

「この子?」


 ルアドが手の中の雛に目を向けると、ニーズがこちらの肩を義手で押しのけるように前に顔を出した。


「まさか、これが孵化したノーブル・ズゥなのかの!?」

「あ、うん。卵から孵ったのはこの子だけど……ノーブル・ズゥなんですか?」

「いや違う! 違うモノが生まれておる!! 一体どういうことじゃ!?」

「ボクにも分からないけど……」


 ルアドはモノクルを軽く押し上げて、興奮と残念な気持ちがない混ぜになったまま、雛の姿を見つめる。


孵化(ふか)に間に合わなかったね……でも、どういうことなんだろう?」


 ノーブル・ズゥ……というか、エンリィの手の中の雛はズゥ種にすら見えない。

 確かに鳥型ではあるが、炎を纏うような毛並みをしたそれは今まで目にしたことがなかった。


「ノーブル・ズゥはズゥ種ではないのか……それとも、陽気の影響を受けると外見が変わるのかな……?」

「分からん! 分からんが、これは発見だぞルアド!! 素晴らしい研究対象じゃ!!」

「それはそうだけど、本当に訳が分からないなぁ……」


 めちゃくちゃ興奮しているニーズをよそに、アゴに指を当ててルアドが悩んでいると、一人離れて行った団長が戻ってくる。


「あれ……?」


 彼は、大剣を背中の鞘に差して、右肩に一人、手でベルトを吊り下げるように一人、誰かを持ち上げていた。


「副団長と、逃げた冒険者? 生きてたの?」

「無事かは分からんが、少なくとも息はあるな。僥倖(ぎょうこう)だ」

「あ、そうだね。良かったねー」


 逃げた狂信者は、無事に街に連れて戻るまでが団長の任務なので、アスランが無事だったのと合わせて確かに幸運ではある。


 どちらも気が狂っている可能性はあるが、少なくとも狂信者に関しては生きていれば問題はない。


「もう一人いなかった?」

「見かけたのはこの二人だけだな。誰かいたのか?」

「うん。まーね」


 師父の姿は見かけなかった、ということだろう。


 【大禍】の核だったから、狂信者が無事だったのは分からないでもないが、もしかしたらアスランも間近に居たので、同じく核となっていたのかもしれない。


 そうではない師父は死んだのか……あるいは、取り込まれたのが彼が得意とする魔法で作り出された土人形だったのか。


 そこまでは、推測くらいしか出来なかった。

 しかし彼の言動から、おそらくは死んだだろうとは、思う。


 首を横に振ったルアドは、雛に意識を戻した。


「ノーブル・ズゥが仮にズゥ種ではないとしたら、今までの学説は間違っていたのかもね」

「ほう」

「外見の相似から、ズゥが魔獣化したものだと思われていたけれど、そうではないなら、本来は陽気によって育つ霊獣の類いが、瘴気によって変異していたんじゃないかな」


 ルアドは、過去の伝承を思い出していた。

 陽気の極みにして、浄化の力を備える霊獣が、過去に存在していたとされる伝承だ。


 炎を纏い、転生を繰り返す不死の存在。

 陰陽五行の属性気を司るとされる霊獣の一つであり、東方地域では四神とも呼ばれるそれは。



朱雀(スザク)……あるいは陽鳥。この雛は、そう呼ばれる霊獣なんじゃないかな」



「なるほどな……だが、ノーブル・ズゥの個体は大量に確認されているはずだが」

「そこら辺は、確認してみないと何とも言えないけど。ノーブル・ズゥの時は普通に死ぬことを考えれば、単為生殖なのか、あるいは鳳凰(ほうおう)と呼ばれる(つがい)の伝承もある」


 不死、というのも、あくまで伝承上の話でしかない。

 何せ、この雛が陽鳥だとすれば、今まで生きている個体は研究論文では確認されていないのだ。


「この子が陽鳥というのも、仮定でしかないしね。これから育ててみないと何とも言えないんじゃないかなー」


 ルアドが、そうニーズに答えたところで。


 雨が止み、暗雲の隙間から徐々に陽光が差し始めると。



 ーーー【大禍】が消えたことで動きを止めていたスライムたちが、虹色に輝き始めた。


 

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