少女は、雛が孵る瞬間を目撃する。
エンリィは、卵が小さく揺れるように動いて、ピシリとヒビが入るのを見た。
「……生まれる……」
一体、どうしたら良いんだろう。
エンリィは、ますます息を詰めて卵に集中する。
生まれるのがヒヨコのようなものだとしたら、親もいないし、温めたりしなきゃいけないのだろうか。
もし、すごく凶暴な子で、いきなり襲いかかって来たりしたら……。
「クーちゃん……ちょっと離れとく……?」
『わう!』
エンリィは、もし何かあってもクーちゃんに危害が及ばないようにそう問いかけたが、クーちゃんは前に立ったまま動かない。
しかし、警戒している様子はなかった。
「危なく……ない?」
『わう!』
クーちゃんが、もう一度問いかけに答えたところで、エンリィは自分に届くもう一つの声に気づいた。
「え?」
それは、卵から聞こえているように感じられる。
『わるいもの』と、それは言っているようだった。
「あなた……話せるの?」
魔物といえど、赤子は赤子である。
クーちゃんも、まだ小さい頃に拾ったのだが、感じられる気持ちがハッキリしてきたのは、しばらく一緒に過ごしてからだった。
『いかなきゃ、いかなきゃ』と、ノーブル・ズゥの雛は言っていた。
それと合わせて、卵のひび割れがコツン、コツン、という音と共に大きくなっていく。
やがて、クチバシが見えた。
赤。
滑らかなルビーのような、艶めいた色合いは、巨大な母体のものとは明らかに違った。
「ノーブル・ズゥじゃ……ない……?」
これは何の卵なのだろうか。
中にいるのは、一体何なのか。
でもエンリィは、どこか一生懸命な様子の雛の気持ちを感じ取って、恐る恐る近づいていく。
『いかなきゃ、いかなきゃ』と頑張っているその子が、悪い子には思えなかったからだ。
一度殻が破れれば、後は早かった。
割れた場所をつついて、雛が顔を覗かせる。
見えた雛は、クチバシだけでなく羽毛も赤い。
いや、朱色、と呼んだ方がいい色だろうか。
明るく、鮮やかな色合いのそれが、卵の中で濡れて光っている。
そういうところは普通の雛と変わらないが、違いとしては、炎のような靄を纏っていて、殻の外に出た部分から素早く乾いていく。
やがて、殻から這い出した雛は、ぶるりと全身を震わせて飛沫を飛ばした。
目は閉じており、ミィ、と細い鳴き声を上げる。
いかなきゃ、という意識が、より鮮明に感じられた。
手を伸ばして良いものか迷う。
炎のような靄が、熱そうに感じられたからだ。
しかし、全身が乾くとそれは治まった。
まだ毛並みが淡く輝いているように感じられるが、熱を秘めた様子ではない。
雛がゆっくりと目を開くと、赤みがかった黒目がちな瞳がこちらの姿を捉えて、首をかしげた。
「ねぇ。どこに行くの?」
エンリィが問いかけると、雛が立ち上がって、よたよたと近づいてくる。
ふらついたところで、思わず手を伸ばして支えると、雛の体は熱かったが、触れないほどではなく、火傷をするような感じでもなかった。
単純に体温が高いのだろう。
ミィ、と再び鳴いた雛は、外に顔を向ける。
それは、巨大なスライムたちが赤く染まって音を上げている方向だった。
『いかなきゃ、いかなきゃ』と、幼い意識が言うので、エンリィは卵の下の敷いていた毛布を手に取り、雛を包みながら抱き上げる。
「雨が降ってて、外は寒いよ。大丈夫? それでも行く? 行くなら、手伝おうか?」
問いかけに、雛がこちらを見つめて、ミィ、と鳴いた瞬間。
ーーー突然雛が輝きを増して、エンリィは目を射られた。
「!?」
思わず目を閉じたところで、するりと体に全身を暖かい何かが包み込む。
ーーー何!?
『わう!!』
自分が今どういう状況に置かれているのか分からず、混乱したエンリィの耳に、クーちゃんの鳴き声が届き。
直後に、ふわり、と自分の体が浮き上がる感覚を覚えた。




