師弟は語り合う。
『お主は魔物じゃ、ルアド。その才覚は、どれほど隠そうとも必ずや世に現れ、人の益となり、歴史に名を残すじゃろう。最初に見出したのが儂であることを、誇らしくも思い、また恐ろしくも思う』
師父の元から送り出される時に、告げられた言葉。
耳にした時には理解出来なかった、彼の真意。
どこか楽しげで、同時に寂しげな様子で、師父は微笑んだ。
「妬ましい……」
「左様。儂は、お主が妬ましかったのじゃ。その感情は、どんどん膨れていった。……お主の才が、なぜ儂にないのか、という思いは、日に日に強くなっていった」
師父は、ゆっくりと歩み出すと、ルアドの前に出て【大禍】を背にしてこちらに向き合う。
「同時に、理解もしておった。そのような妬みなどに支配されている儂は、もう『終わった』のだとな」
老いてなお、強い光を宿した瞳。
それが狂気の光なのか、知性の光なのか、あるいは別の何かなのか、ルアドには判断出来なかった。
「探求の道を生きるのに、人と比べる必要が、何かあるのですか?」
師父の思考に、ルアドは問いかける。
「世界の論理を解き明かす行為そのものを、楽しむのが我々という人種なのでは?」
師父は有能だったのだ。
ルアドが弟子入りした時点で、数々の真理を解き明かし、多くの者たちに認められていた。
しかし、彼は首を横に振る。
「お主の顔が、ちらつくのじゃよ。……新たな発見があるたびに、儂の解き明かす程度の真理には、お主ならば苦もなくたどり着くのでは、との」
「……」
師父の述懐に、ルアドは答えられなかった。
幾度か、彼の論文を目にした時、自分は確かに苦もなく理解し、その穴をも思いついてしまっていたから。
「故に、儂は考えた。自ら命を断つか、せめてもの矜持を、強がりを含めたそれを示しながら生きるか……そして、儂は選んだ」
「何をです?」
「非才の儂から、お主へ。最初で最後の挑戦をすることを、じゃ。……目の前に、儂の人生を賭けた成果がある。問いだけは存在した【魔の領域】の成り立ち」
「……知っておられたのですか?」
「その口ぶりなら、お主は知っておったようじゃの。目にしたのかの?」
「ええ。【魔の領域】の最奥で」
「儂はそこまで、たどり着くことは出来なかった。じゃが、生きてきた時間分の知識はある。古文書の読み解きは、間違ってはいなかったようじゃの」
師父は、どこか満足そうにうなずいた。
「やはり、あなたは優秀です。なぜそれほどの知恵がありながら、世の理を乱すような愚かなことを?」
「実験は、愚かかの。【魔の領域】の謎。その人為的な現出。不完全ながら成功はしておる」
師父は、胸元に手を当てた。
「じゃが、その解決だけが、儂の胸のうちには、ないのじゃ。思いつきもせぬほどにの」
ーーーああ。
ルアドは、理解した。
理解してしまった。
探求すればするほどに覗く、深く暗い真理の深淵。
それを、師父が覗き込んでいた理由は。
「群れの……人の安寧のための、回答ですか」
「やはり、お主は聡いの」
彼は、人のために探求を続けていたのだ。
人の益となり、歴史に名を残す、と、ルアドのことを評したのは。
彼の目的が、そうであったがゆえ。
「しかし儂には、時間も、才覚も、足りなかった。お主には決して届かぬと悟った。故に、これは挑戦であると同時に、託す行為じゃ。綺麗事を抜かすつもりはないがの」
師父は【魔の領域】への回答に、己の手が届かぬことを悟り……その回答を、ルアドに問うているのだ。
答えの見えない問いを。
【魔の領域】が消えれば、強力な魔獣の存在も消える。
人の住まう土地の近くに在るそれが失せれば、人の脅威が一つ消えるのだ。
師父は、その回答を求め続けていたのだろう。
こちらは彼の問いに対する答えを持ってはいないが、師父はその答えに、自分なら辿り着けると考えたのだろう。
だが同時に、ルアドは知っている。
『祓えば、魔が蘇る』と、記録書に記されていたが故に、師父の願いは、叶えてはならないのだと。
しかしそれを、ルアドは彼に伝えることは出来なかった。
「身勝手な師は、もう消え失せる。お主の答えを、魂が残ることがあれば見届けさせてもらおう」
師父はそのまま、トン、と地面を軽く蹴ると。
ーーー呆気なく【大禍】の中に、身を躍らせた。




