元・副団長は追い詰められる。
元・副団長のアスランは、雨の中、こめかみ辺りにピリピリと痺れるような奇妙な感覚を覚えた。
「……何だ?」
アスラン自身は、並程度の冒険者に比べれば、それなりには強い。
だが、今感じているこの感覚は、殺気とは少し違う気がしていた。
最初は痺れ、だと思ったが、耳に膜が張ったように、空気が震えてぼやけた音が響いているのだ。
何となく、嫌な予感がしたが。
ーーーいや、だが逃げた野郎を探さねーと。
アスランは頭を軽く横に振り、水滴と不安を飛ばしながら、再び周りに目を凝らす。
これで取り逃したら、冒険者団の……ひいては団長の名前に傷がつく。
ルアドを勝手に追い出したことで、副団長の地位を降ろされはしたが、アスランはそれで腐っている訳ではなかった。
集団で判断こそ誤った軽率な行為だったが、仲間達の不満を汲み取っての行動だったのだ。
それは、アスランなりに冒険者団を大事に思った結果であり、村ごと飢えさせるような相手に対しては、人並みに怒りもある。
どの口が、と自分でも思うので、誰にも言わないが。
そこで、不意にガサリとすぐ側の茂みが鳴る。
「!」
咄嗟に剣をそちらに向けると、逃げた男が、剣を振りかぶって飛び出してきた。
なんとか受けたが、その一撃は早く、重い。
「なっ……!?」
ジィン、と剣を握った手が痺れる。
ーーー強ぇ……!?
大したランクの冒険者じゃない、と聞いていたのに、冒険者団の連中よりも下手すると強い一撃に、アスランは驚いた。
「ヒャハハハ! 死ねェ、邪悪の使徒めッッ!!!」
相手の顔は笑みに歪んでおり、目がらんらんと輝いている。
そして、先ほどから感じている膜が張ったような感覚が、男が姿を見せた瞬間に強まった。
音が遠くなり、頭の芯が痺れ始める。
ーーーなん、だ、コイツ……!?
どう考えても普通じゃない、と気づきながらも、相手が闇雲に振るう剣を必死でいなす。
剣筋はめちゃくちゃなのに、見えないほどに速い。
「死ィねぇエエエエエエエッッ!!!」
ーーーヤベェ。
判断を間違えた、という自覚が芽生える。
先ほど、普段と何か違う感覚を覚えた時点で、誰かに連絡を入れるべきだった。
このままでは押し込まれる、と思うのと同時に、剣を弾き飛ばされる。
「しまっ……!」
「ヒャハハハハハッッ!!」
口の端から泡を吹く冒険者の、歪んだ笑みと、耳障りな笑い声。
剣が、自分の胸元に向けて突き込まれるのが、ひどくゆっくりと流れる時間の中で、鮮明に浮かび上がる。
ーーーオレって、いつもこうだな……。
アスランは、ぼんやりとそんな風に思う。
ルアドのことも、マタンゴに犯されたこともそうだが。
何か違うな、と思いつつも、その感覚や感情を『気のせいだ』と思って、スルーしてしまう。
そして、今回も。
だから、命を落とすのだ。
ーーー今まで、運が良かったな……。
避けきれないことは、分かっている。
覚悟を決めたのとも少し違う、後悔にも似た感情が向いた先は、自分の頭の悪さに対して、だった。
違和感を覚えたなら、それについてまともな判断を下せる奴が、生き残るのだ。
しかし、剣先が胸元に届く、まさにその瞬間。
「ーーー〝防ぎ給え〟」
それなりに聴き慣れた、しかしいつもと少し違う、低い声が響くと同時に、体が薄く青い光に包まれ。
相手の剣が、胸元に突き立つ寸前で止まった。
「ヒャ……!?」
「悪いけど、副団長は団長に許されたし、ボクも許したんだよねー。勝手に殺されるのは困るなぁ」
しゃっくりのように笑い声を止めた男に、いつも通りのんびりとした声が響く。
目を向けると、手に持った本のようなものを光らせたモノクルの男……ルアドが、そこに立っていた。
ーーー助かった……?
まだ痺れている頭で考えながらも、ルアドのヘラヘラとした笑みを見て、思わず悪態をつく。
「……もう副団長じゃねぇっつってんだろーが」
「あ、そうだったねー。興味ないからすぐに忘れちゃうなぁ」
笑みを消さないまま、ルアドがそれに答える。
「なんて呼んだらいい?」
相変わらずムカつく野郎だ。
こっちを助けておきながら、礼を望むでもなく、誇るでもない。
呼び方がどうとかより、もうちょっと気にすること、あんだろ。
そんな風に思いながら、ルアドの質問に答えた。
「アスランって呼べよ。一応、それが名前だよ」




