魔物学者は、敵と出会った。
逃げ出した男は、息を切らしながら雨の中を走り抜けていた。
体を叩く激しい雨で、体が強張っていくが、歯を食いしばって足を動かし続ける。
すると、村の境にたどり着いたところで、ゆらりと白い何かが目に見えた。
濡れそぼり、目に入る鬱陶しい雨水を重く冷たい袖で拭うと、それが人影であることが見て取れる。
彼らは、手に柄と刀身の長さが全く同じ独特な剣を握っていた。
魔法の杖としても、近接武器としても使える『呪杖剣』と呼ばれるものだ。
「おぉ……!」
その武器を扱うのは、聖教会の異端粛清官である。
安堵していると、中にいた細身の一人が前に出て、道を開けた。
「敬虔なる同志よ。ここは我らに任せ、身を隠すがいい」
「感謝いたします……!」
少し先にある草原は、背が高い。
身を隠して息を潜めれば、この大雨の中なら逃げ切れるはずだ。
まして、異端粛清官が守ってくれるとなれば、これほど心強い護衛もなかった。
※※※
ーーーふん、役目は果たしたか。
異端粛清官の女性……スレーンは、チラリと老人のことを頭に思い浮かべた。
信用など欠片も出来ない相手だが、同志を働きによって救えたことは事実である。
「殲滅を開始する」
呪杖剣を村の方に振り向けたスレーンは、周りの粛清官たちに命じた。
「穢れた村の周りに蔓延る魔物どもも、村の者たちも残らず始末せよ。異端にして邪悪なる民に、慈悲はいらぬ」
粛清官達が答え、それぞれに濡れた大地を蹴った……ところで、いきなり先頭の二人が倒れ込む。
「……なんだ?」
倒れる直前、かすかに雨の中にきらめいたものがあった。
訝しみながら目を細めたスレーンは、倒れた者の首筋に細く長い針が突き立っているのを見て取る。
ーーー飛び道具。
「ふん、気取られているか。……小賢しい」
気配を感じない、ということは、暗殺者か隠密の類いだろう。
「防御結界を展開しろ。ーーー〝刃よ、突き立て〟」
忍んでいるだろう方向を針の軌道から予測して放つが、手応えはない。
ーーーどこだ?
側近二人の結界に包まれ、同じように防御結界を展開した粛清官たちが動き出すのを確認しながら、スレーンは思考を巡らせる。
しかし、その後に攻撃はなかった。
「逃げたか……? では、総員、進め」
と、言った瞬間に、左右から複数の気配を感じ、冒険者の風体をした者達が数人、こちらに向かってくるのが見えた。
「教会の連中だ!」
その中の一人が声を上げたので目を向けると、手に緑に輝く宝珠を握っている。
村の中に連絡したのだろう。
ーーー同志を拐った連中か。
おそらくは、邪教の村に与する冒険者たちだろう。
無言で腕を振ると、側近たちが左右に向かっていく。
「俺は逃げた冒険者を追う! 団長達が来るまで持ち堪えろ!」
「副団長。もう来たよー」
風の宝珠を握った男の言葉に、どこか場違いな、のんびりとした声が響く。
魔物どもが蠢く結界の間にある道を、歩いてくる二人。
「もう副団長じゃねーよ!!」
「あ、そうだったねー」
一人はモノクルをかけ、手に本のような板を持った黒い白衣の男。
もう一人は、銀の義手に喧嘩煙管を握った白衣の女だった。
女の方が、こちらを見て眉をひそめる。
「異端粛清官……見たことがある気がするが、どう思う? ルアド」
「え?」
問われたモノクルの男がキョトンとして、こちらに目を凝らす。
「ああ……たしかに見覚えがあるね」
ーーー誰だ?
自分に見覚えがある、ということは、どこかで出会ったことがあるはずだ。
記憶を探っていると、黒い白衣の男が言葉を重ねた。
「あの人、君が腕をなくした時に、その魔獣を暴走させた人じゃない?」




