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魔物学者は、不穏な気配を悟る。


「おや?」


 ルアドは、雨の中物置小屋にたどり着くと、そこで異変に気づいた。


 水の結界の中にいるスライムが、雨に打たれてブヨブヨと肥大化しているのだ。

 それ自体は、体が水で出来ているスライムにとってありふれた事象ではある。


 川にうっかり入ったスライムが巨大化して、水の流れを塞いでしまう、という害は報告されているからだ。


 しかし、巨大化の速さが尋常ではなかった。


「……何でだろう?」


 雨が激しいからだろうか。


「ねぇ、君は何か分かる?」


 どうやら本当に、エンリィではなくルアドに懐いているらしい変異スライムが、この雨の中プルプルとついてくるのに目を向けるが、当然ながら返事はない。


 しかし、紫の体をフルフルと震わせて聞こえている様子は見せた。


「君は肥大化しないんだねぇ。……不思議だねー」


 懐っこいスライムに、ルアドが和みながら笑みを浮かべると、凄まじい雨音の隙間から、パシャパシャと濡れた地面を蹴る音が背後から聞こえてくる。


 目線を向けると、丁度物置小屋の横を、塩を撒いた男が村を覆う柵に向かって駆け抜けていくのが見えた。


「え、逃げたの?」


 ルアドは、珍しく驚いた。

 彼の身柄を預かっているのは、元々自分が所属していた冒険者団……つまり団長である。


 みすみす逃すようなことはないはず、と思った次の瞬間に、ルアドは気付いた。


 ーーーわざとか。


 男を音もなく追う誰かの気配を感じたルアドは、団長の親衛を務めている連中の一人が、彼を密かに監視しているのを感じ取った。


 ルアドは手にした記録書の上にある雨を防ぐ魔法陣を左のページにずらし、右側に別の魔法陣を浮かべる。


「〝風よ、我が瞳となれ〟」


 大気を震わせて、魔力の波が空中に広がっていく。

 範囲を村を包むくらいに広げると、様々な場所で生体波動が感じ取れた。


 中でも覚えがあるものがいくつかあった。


 牢の前から、村長の家に向かって歩いていく団長の気配。

 そして村の柵の周りを囲むように、副団長を含む仲間の冒険者たちの気配。


 冒険者を親衛たちの気配がないところをみると、おそらくはもっと遠くで、村の周りを監視しているだろう。


 ーーーあの冒険者の裏にいる誰か、あるいは組織が、取り戻しに来たのかな?


 あるいは、村を滅ぼしに来たか。


 塩を撒いた男の態度から、おそらく魔物の存在や、それに関わる者に対してかなり過激な者達と関わりが深いのは想像に難くない。


「ふぅん……」


 ルアドは、唇を尖らせながら目を細めた。


「もし予想通りなら、これはさすがに見過ごせないかな……」


 争いは嫌いだが、仕掛けてくるのなら火の粉は払わないとみすみす死ぬことになる。

 それに、魔物に敵対的な連中よりも、馴染んだ村の方が、ルアド的には大事な群れだ。


「とりあえず、ニーズに声を掛けとこう」


 彼女が傍観するか、これから起こる争いに参戦するかは未知数だが、動きは把握しておきたい。

 まさか向こうに協力することだけはない、と思うが。


 そんな風に思いつつ、ルアドは物置小屋に向かった。

 

「ふん。クソ面白くもない話だ」


 ニーズに事情を話すと、どうやらノーブル・ズゥの残った素材を調べていたらしき彼女は、水瓶で手を洗った後に浄化魔法で体の穢れを払い、鼻を鳴らした。


「貴様らで対処しろ」

「てことは、傍観ってことでいい?」

「どうせ貴様らのパーティーなら、大して苦戦もせんだろう」

「それはその通りだけど」


 Sランクの魔物も狩れるレベルの冒険者が複数人、加えて団長までいれば、負ける要素はほぼない。


 対応できない可能性があるとすれば、どこかの国の一軍で休みなく攻め立てるか、もしくは最上位の精鋭を引き連れてくる場合くらいのものではないだろうか。


「一応、僕も出るよ。村は大事だしね」

「好きにすれば良かろう」

「ああ、それともう一個。これは本来の用事なんだけど」


 また調査に戻ろうとするニーズの背中に、ルアドは声をかける。


「もうすぐ、ノーブル・ズゥの卵が孵るよ。ヒビが入った」

「何だと!? それを早く言え!!」


 バッと振り向いたニーズは、腰元から喧嘩煙管(ケンカキセル)を引き抜いた。


「あれ、行くの?」

「卵が孵るとなれば話は別だ! とっととクソどもを始末して、貴重な瞬間に立ち会わねばならん!! 何をグズグズしている!!」

「いや、なんでも良いけど」


 ルアドは、いきなり(はや)り始めた彼女に対して、頬を掻いた。


「どうせ貴様は、儂一人で卵の前に待機するのを認めんだろう?」

「それはね」


 ルアドも当然見たいし、独り占めを許すつもりはない。

 ニーズが態度を変えた理由も、ルアドが逆の立場なら同じような対応をするだろうから十分に理解出来ている。


「じゃ、さっさと片付けようか」

「だからそう言っとるじゃろうが!! 征くぞ! 皆殺しじゃ!」

「過激だなぁ……」


 ルアドは苦笑しつつ、彼女と共にまた小屋の外に出た。

 

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