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魔物学者は、少女の疑問に答える。


 大雨の中。


 結界が解けて寄生したマタンゴ達が逃げ出す魔物ファームと、その近くで話すルアドたちを草原の中から見つめる、幾つかの人影があった。


 一様に、フードを目深に被った白い外套姿をしている。

 その中心に立つ一人が、ぽつりと言葉を漏らす。


「……あれが報告にあった『魔の村』か。より、おぞましい状況になっているようだな」


 その忌々しそうな、あるいは侮蔑するような声音は、掠れた女性のものだった。

 彼女の言葉に、その横にいる、口元に深いシワの刻まれた老人が答える。


「なるほど、魔物によって土地の浄化を行っておるのかのう……相変わらず、恐ろしいことを考えるものじゃ」

「土地の浄化?」


 女性が問いかけるのに、老人は小さくうなずく。


「連中、塩を撒いたのじゃろう? その塩をマタンゴに吸い上げさせ、その後に払ったのじゃろうな。塩害の地があれほどに早く芽吹く理由については、理解出来んがの……」


 どことなく楽しげな老人と、不機嫌そうな気配を放ち始めた女性の反応は対象的だった。


「口の利き方に気をつけよ。塩は土地を清めるものであり、害などではない。まして、浄化される栄誉を拒んで、魔物によって再び邪悪な営みをこの地で行おうなどと、言語道断」

「……」


 老人は呆れ返ったように、女性の反論に黙る。


「連中は教化を拒んだ。邪悪なる者どもは、やはり討ち滅ぼさねばならぬ」

「では、仕掛けるのかの?」

「然り。しかし我らの敬虔けいけんな使徒が一人、邪悪に囚われている。彼を救い出さねばならん」

「なるほどのう……では、それを儂に任せよ」


 何事か思案するようにアゴを撫でていた老人は、村の方向に去っていくルアドの背中を見つめながら、女性に提案する。


「……何か策でも? そなたに、信用は置けぬ。教皇様の命令ゆえ同道させているに過ぎぬことを忘れるな」

「どうせ最後には攻め滅ぼすのじゃろう? 儂が失敗したら、諸共にそうするが良い。救出が儂に出来ぬなら、後ろの連中にも出来ぬよ」


 まるで当たり前の事実を口にするように淡々とした彼の言葉に、黙っていたローブの者たち……教会の信徒たちが殺気立つが。


「よかろう」


 女性が、小さく笑んで了承する。


「では、行くかの」


 がさり、と音を立てて老人が姿を消すと、信徒の一人が女性に問いかける。


「……司教様。よろしいのですか、あのような者に……」

「『丁重に扱え』という教皇様のご命令だ。我ら『異端粛清官』にとって、彼の方の命令は絶対である」


 女性は、信徒に対してそう答えた後に、笑みを深くする。


「だが、一人勝手に行動して死ぬ分には問題あるまい。教会の信徒でもない者の命など、魔物のものと同様に価値などない」


 その冷酷な言葉を聞いて、納得したように信徒の一人は怒りを収めた。


※※※


 小屋にニーズを送り届けて、エンリィの家に帰る道すがら。


「……ねぇ、ルアド」

「何?」


 懐いてくれたスライムに、ルアドがウキウキしながら歩いていたところで、彼女に声をかけられる。


「昨日のさ、冒険者のことなんだけど」

「うん」

「……普通の人たちって、皆あんな風なのかな」

「どういうこと?」


 エンリィの問いかけの意味が分からず、小さく首をかしげた。

 彼女は、楽しそうに泥を跳ねさせながら遊んでいるクーちゃんに目を向ける。


「魔物は邪悪で、それを殺すためなら、何をしてもいいって、思ってるのかな……」


 どうやら、昨日彼女が物問いたげな様子だったのはそれだったのかもしれない、とルアドは思い至った。


「うーん……彼らはかなり過激ではあると思うけど、そうかもしれないね」


 モノクルを押し上げながら、少し考えてから答える。


 大体の者たちは、魔物を脅威だと捉えている。

 人間より遥かに強大な力を持つモノたちが大半で、生存圏が被ればお互いに争いあって来たのは間違いのない事実だ。


 棲み分けをすれば共存そのものは可能だと考えてはいるが、それはあくまでもルアドに対抗手段があることが大きいのかもしれない。


 いつ襲われて殺されるか分からない無力な人々からすれば、いないに越したことはない……それが魔物という存在だ。


 同時に、その共存というのも、あくまでも人間の目から見て、という話でしかないかもしれない、とルアドは考えた。


「例えば、翼竜(ワイバーン)やコーベ大牛みたいな、荷物を効率よく運べたり畑を耕したり、あるいは食用になったりする魔物の一部は、人間に重宝されてるよね」


 それらの魔物も、教会の信徒にとっては微妙なところではあるらしい。

 人間の家畜として……下位の存在として扱われているからギリギリ許容している、という程度だ。


 ある種の共存の形ではあるが、飼い慣らして本来とは違う生き方を強いる、という意味では、あまりに人間側に身勝手な話ではある。

 食事や繁殖に困ることはないが、そうした状況を望んでいるかどうかは、魔物側にしか分からない。



「でも、あの人たちは、スライムが周りに大量発生した、っていうだけで、私たちの土地や村を殺そうとしたのよね……魔物って、そこまでされなきゃならないの? 私たちも?」


 エンリィの疑問は、彼女からしてみれば至極当然の疑問だろう。


 魔物使いであり、クーちゃんと仲良くなったことで、魔物を恐れる人々が住む村の中で肩身の狭い思いをしてはいたけれど、どちらも彼女にとっては大切な存在なのだから。


「ボクはそうは思わないけれど、そう思う人もいるんだろうね、としか答えられないなぁ」


 正直、ルアドには教会の連中の気持ちなど微塵も分からない。

 何度か話したことはあるが、そもそも理屈に合っていないことばかり言う、うんざりするほど頭の固い人々の集まりだ。


 中には話の通じる者もいるかもしれないが、ルアドは会ったことがなかった。


「でも、一つだけ分かることはあるよ?」

「どんなことが分かるの?」


 エンリィの家について結界を解き、記録書を閉じたルアドは、片目を閉じて彼女に応えた。


「無闇に他者を否定する教義を持つ教会や人々よりも、魔物や村人の……他者に寄り添おうとする君の方が、よほどボクには好ましいってことは、分かる。自分の気持ちだからね」

「……え?」


 ルアドは、ポカンとする彼女に対して肩をすくめてみせた。


「他の人がどう思うかなんて、その人じゃないボクには分からない。だから、大事なのは自分がどう思って、どう行動するかだと、ボクは思うよ」


 ルアドの答えに、納得したのかしなかったのか。


「そっか」


 とだけエンリィは口にして、食事の準備をしに台所の方へ向かっていった。

 

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