魔物学者は、検査結果を話し合う。
「とりあえず、クーちゃんの進化形態は【ミミックルミ】と名付けた」
「センスが欠片も感じられんな」
一応、ニーズと共に記録を思い返してみたルアドは、クーちゃんを『確認されたことのない魔物』だと結論づけた。
「えー、ダメかなぁ?」
ルアドは首を傾げた。
新種の魔物に関しては、見つけた人間が命名することになっている。
「スライムイーターやマタンゴイーターとかいうクソダサい名前よりはマシかもしれんが、大して変わらん……まぁ、名前などなんでも良い」
ニーズは、銀の指でコツン、と簡素な木の机を叩いた。
「一晩調べた結果は、どうだったんだ?」
「うん。おそらくこれは、瘴気ではなく、陽気による変質だね」
「……陽気?」
眉をひそめる彼女に、ルアドはトントン、とこめかみを叩きながらうなずく。
「そうだよ。ノーブル・ズゥの卵を温めてもらっている間に、瘴気が集まって具合が悪くなったからって浄化結界を張った。それが作用したようだね」
確定されていないが、魔力の素となる〝天地の気〟には『地水火風』あるいは『木火土金水』などに分類される属性がある。
さらに属性には『光と闇』あるいは『聖と邪』という属性がある、と言われていたのだが。
「最新の研究では、聖と闇は属性ではなく〝天地の気〟そのものが『陽と陰』に分かれているのではないか、と提唱されているよね」
「天地の気が、陰陽の性質を持ち、その上で各属性に分かれるという研究か。信憑性はあるのか?」
「それが事実だとすると《聖気》と《瘴気》の性質に説明がつくからね。ボクはそれなりにあると思ってるよ」
それまでの論理では、闇の魔法と瘴気の間に関連性がないことの説明が、上手く出来なかったのだ。
「魔獣や魔族が扱う魔法の中には瘴気を使うものがあり、それが風や水の性質を持つこともある。逆に、聖魔法が火の属性を持つこともね」
「人や魔物の使う魔法が『陽の火魔法』、彼らの扱う魔法が『陰の火魔法』などに分類されるという話だな」
「そう」
天地の気脈を巡る活力の源(天地の気)
↓
陰の気(瘴気)
陽の気(魔力)
↓
各属性魔法
という流れだ。
「天地の気を、魔獣や魔族が自らの力を強める瘴気として変質させたもの、と仮定すると、クーちゃんに対して施した措置は『陰気』を払い『陽気』を集める行為だった、と言える」
「その裏付けは?」
「ボクが言い続けている、魔物は『単に魔力を操るだけの生物』という理論と、いくつかの検査結果だね。その中で最も裏付けとして有力な結果は『クーちゃんが毒素に耐性を持った』ことだ」
聖職者、あるいは肉体強化に長けた高位の冒険者などに発現する性質だが、先ほどの理論の中で毒沼などの『陰の水』に分類されるものへの耐性が高くなるのだ。
ある程度、瘴気にも耐えることから『己を高めた者は聖属性を獲得する』と言われていたのだが。
「生物の中で陰気に馴染んだモノが魔獣や魔族、陽気に馴染んだモノが高位冒険者や聖獣の類いだとすれば、クーちゃんは魔物から聖獣に進化したんじゃないかな」
「……逆に陰気に馴染んだ怪鳥がノーブル・ズゥか……」
腕を組んだニーズは、美貌に難しい表情を浮かべる。
「しかしそれを事実とすれば、多く現れていておかしくはない。魔物が聖獣に進化した例など聞いたことがないぞ?」
「ボクらが認識していないだけかもしれない。それに、例えば風や火などの相性の良い属性に先に適応し、そこから強まるとすれば、今回のような外的要因が必要になるんじゃないかな」
例えば『聖域』と呼ばれる陽気の強い地に魔獣はいないが、弱い魔物はいることもある。
冒険者も、まずは火や水などの得意な技や魔法を扱うところから始まるのだ。
「それに、クーちゃんの具合が悪くなった理由が『大気に混じる微弱な瘴気が集まってしまったこと』にあるように、特別な空間内でなければ、瘴気と聖気はどちらも存在するからね」
「なるほどな……たしかに、筋は通る。貴様の奇天烈理論や陰陽の話が正しければ、だが」
「疑り深いねー」
「それが研究者であろう」
ニーズの表情は、それでも晴れなかった。
だが、この段階で気になっていたのはクーちゃんの進化に関することではなかったらしい。
「では、陽気を吸い込んだノーブル・ズゥの卵はどうなる……?」
「それは、生まれてみないと分からないんじゃないかな」
本当に聖獣に進化するのか、ノーブル・ズゥとなるのか、それとも普通にズゥとして生まれるのか、あるいは全く別の存在になるのか。
そこに関しては、ルアドの目から見ればおそらくは聖獣化だろうと思えるが、確実ではない。
どれにしたって楽しみなことに変わりはない、とルアドが話を纏めようとしたところで、エンリィがバン! と先日よりも激しい様子で小屋の中に飛び込んできた。
「大変! ルアド! ニーズさん!」
「どうしたの?」
彼女にそう問いかけると、エンリィは外を指差す。
「だ、団長さんが! 村の周りに塩を撒いた冒険者を捕まえてきたって!!」




