魔物学者は、少女に語る。
「なるほど……これは素晴らしいものだのう!」
その日の夜。
『冒険者パーティーの連中はどうした?』とニーズに問われて事情を説明した後。
倉庫小屋でクーちゃんの中に入り、ノーブル・ズゥの卵を見た彼女は、キラキラと目を輝かせた。
「健康状態も悪くない……瘴気を除くという話だったが、魔獣に悪影響はないのかの?」
「経過観察次第かなー。そもそも今の環境自体がイレギュラーだしねー。濃い瘴気の影響下になくてもここまで育ったけど、ここからかなぁ」
「生まれた個体はどうする?」
「あまり考えてないけど、もし凶暴そうなら何か考えないといけないね。一応怪鳥とはいえ鳥だから、刷り込みはあると思うけど」
そんな会話をしていると、一緒に入ってきたエンリィが首をかしげた。
「刷り込みってなに?」
「陸に暮らす卵から孵る生物はね、初めて目にした生き物を親だと思い込んでついていく習性があるんだよ。例えば最初にボクを見れば、ボクを親だと思う」
「そうなの!?」
「魔獣にどの程度適用されるかは未知数ゆえ、それもどうなるか興味があるのう」
カチャリ、と鈍い銀色の左手で顎先を撫でるニーズに、それが気になったのか、エンリィが少し遠慮がちに問いかけた。
「その腕って、その、本物ですか……?」
「こいつか? 魔導義手だの」
エンリィに、特に気にした様子もなく彼女が腕を向けたので、ルアドはヘラヘラと説明する。
「昔、魔獣に喰われたんだよねー?」
「あの時は死ぬかと思ったのう。まぁお陰で『魔獣の擬態』に関する論文が書けたゆえ、対価としてはさほど悪くない話じゃ」
カラカラとニーズも笑い、そんなこちらに、エンリィが理解出来ないモノを見るような目を向けた。
「う、腕を食べられたのに、笑い話なんですか……?」
「生きていれば上等だろうの。良質な義手もあるし、さほど気に病むことでもあるまいて」
彼女の言葉に、ルアドも全く同意だった。
「エンリィ? 魔物に分類される生物の大半が危険だ、ってことは、厳然たる事実だよ。ボクらがいくら好ましく思ったところで、それは変わらない」
クーちゃんと親しいエンリィでも、トノオイ飛蝗には追われて、喰われそうになっていたのだ。
「まぁこの変態はともかく、儂が魔物を研究するのは、あくまでも知的好奇心を満たすため。知らんことを知れる以上に満たされることなどないしの」
「そ、そうなんですね……」
エンリィは、それしか言えないようだった。
しかし同時に、何かを考えているようにも見える複雑そうな表情を浮かべている。
「どうしたの? 何か、引っかかることがあるのかな?」
ルアドがモノクルを押し上げながら尋ねると、彼女は少し迷ったような顔をした後に、指先を擦り合わせながら口にする。
「団長さんも、ニーズさんも、ルアドも、なんか、すごくハッキリしてるなぁ、と思って……」
「ハッキリ?」
「うん……揺れないっていうか。自分のこと、ちゃんと分かってて。私は、そういうのないなって……」
エンリィの言葉を受けて、ニーズが首を傾げる。
「この子は何の話をしてるのかの?」
「魔物との付き合い方について、かな。彼女は魔物使いなんだよ」
「ほう。稀有な才能じゃの」
「そうだろう?」
ゆえに、悩んでいるのだろう。
彼女は優しい。
魔物と心を通わせ、村の人々のクーちゃんに対する扱いに頭を悩ませながらも、村の人々のことも同様に大切に思っている。
ルアドは、土地を復活させるために村人に必要なことを説明していた。
そうして魔物の知識を多少得てきた最近でこそ、村人たちはエンリィやクーちゃんへの態度を軟化させているが、自分がいなければ未だに状況は変わっていなかっただろう。
人を恐れさせるのは、未知だ。
知らないことを恐れ、分からないものを忌避するのが人間である。
しかし知らないことを知ろうと、積極的になる者は少ない。
エンリィはその才能が関係している部分はあるだろうが、知ろうとする数少ない人々の一人なのだ。
そんな彼女に、ルアドは、どう言葉をかけるべきか、と思いつつ、軽くトントン、とこめかみを叩いた。
「エンリィ。ボクは自分のことなんか何も分かってないよ」
「え?」
「言っただろう? ボクは師父に『お前は魔物だ』って言われたから、魔物に興味を持ったんだ。確かに魔物のことを知るのは面白いけど、自分のことなんか、未だに何も分からない」
師父の言葉の意味も、自分が周りの者たちと何が違うのかも、全く理解などしていないのである。
「でも、人や魔物との付き合い方に関しては、少しは分かってるってだけだよ。分かるだけで上手なわけじゃないけどさ」
「そ、そうなの?」
「この変人が、人付き合いが上手いと思うのかの? 散々、無頓着に人の神経を逆撫でしたから、パーティーを追放されたのだしのう」
「それ、ボクのせいなのかなぁ? ていうか、話の腰を折らないでよ」
まぁ否定しきれない側面はないこともないかも知れないが。
そんな風に思いつつ、ルアドは言葉を重ねる。
「ボクと団長、そしてニーズみたいにさ、人間の中にだって、気の合う相手もいれば、気の合わない相手もいるし、その中でも魔物や魔獣のためなら協力したりも出来る関係性があるよね?」
「そうね」
「魔物も、同じだと思っておけばいいんじゃないかな。君はまだまだ『魔物』っていう大きな括りで、相手を捉えているのさ。知識が足りないのもあるだろうけど」
魔物の中でも、マタンゴと人間は、どうあっても共存はできない。
トノオイ飛蝗も微妙なところだ。
しかしクイグルミやスライム、あるいは他の温厚な魔物に関しては、相手のことをよく知りさえすれば共存できる可能性があるのだ。
「魔物が相手でも『仲良くなれそうだ』と思ったら、その相手とだけ、どうしたら仲良く出来るかを考えていけばいいんじゃない?」
自分の立ち位置なんて、その中で見つけていけばいいのだ。
「君には才能がある。それはボクにとっては素晴らしいと感じるものだけど、あくまでも『君』という人間の一要素だ」
才能だけで人間性の全てが決まるわけでもなければ、生かすか殺すかも自分次第なのだ。
「だから、焦って答えを出すことはないと思うよ? やりたいように、やればいいのさ」
「……うん」
珍しくエンリィが素直に頷いた、と思ったら、ニーズがまた茶化してきた。
「なるほど、好きなようにやってきたヤツの言うことは含蓄が違うのう」
「本当にうるさいなー。君だって人のことは言えないだろうに」
「誰が変人じゃ」
「自覚ないの?」
そのやり取りに、エンリィが軽く吹き出した。
「仲良しですね」
「え、そう?」
「やめんか。怖気が走る」
空気が和んだところで、ニーズが頭上の、クーちゃんの開いた頭の袋の方に目を向ける。
「さて、そろそろ出るかの。……ああ、そういえばルアド」
「何かな?」
「あの大量に繁殖させたマタンゴはどうするつもりかの? あのまま放置し続けるわけではなかろう?」
ニーズの目は、それまでとは色が違った。
胞子一欠片でも生きたまま残せば、凄まじい災厄となって広がる可能性があるからだろう。
マタンゴの大量繁殖が国一つを滅ぼした、というのは、伝説でもなんでもなく、ただの事実だ。
ルアドは笑みを浮かべて、その質問に答えた。
「過去の事例にあった大量繁殖がどうやって収束したか、君は知ってるかい?」
「当然じゃろう」
「この土地には、同じ現象が起こる。それが始まった時には、大地の塩気もあらかた消えてるだろう」
「なるほど、そういうことか」
納得したようにうなずくニーズに、エンリィが疑問を挟んだ。
「同じ現象、って、何?」
「君もよく知ってる話だよ。もう数週間もすれば、春が終わる。春が終わると、何があるのかな?」
「あ……もしかして、雨?」
彼女の気づきに、ルアドは笑顔でうなずいた。
「そう、雨季が来るのさ。ーーー水が苦手なマタンゴにとっては、忌避すべき季節がね」




