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魔物学者は、旧知と再会する。

 

「しょ、瘴気!?」

「安心して。そんなに強烈なものじゃない」


 目を見張るエンリィに、ルアドは軽く落ち着かせるように手を上げた。


 瘴気そのものは、天地にあらゆる属性を持つ気が混ざり合っているように、普段から、生き物に影響がない程度には微量に漂っている。


「ノーブル・ズゥの卵自体は今朝も元気だったし、中で動いてる感じはしてたから、多分生存に必須な要素、ってわけじゃないとは思うんだけど……」


 多分、魔物に分類される怪鳥ズゥよりも強靭な肉体や秀でた力を得るためには、瘴気は重要なのだろう。

 だから、卵から生まれる直前の今になって、集まり始めたのかもしれない。


 ーーーどうしようかな。


 方法は二つあり、一つはクーちゃんの中から卵を出してしまうことだ。

 もう一つは、瘴気そのものを遮断する結界を張ることである。


 一つ目の方法であれば、瘴気を卵が取り込み続け、おそらくはノーブル・ズゥが誕生するだろう。

 二つ目の方法を取ると、ズゥが生まれるのか、それとも全く別の個体が誕生するのか。


 卵の様子から、生まれない、あるいは弱る、ということはないだろう。


 通常のノーブル・ズゥとして生まれた場合でもリスクは一緒で、そちらの場合は最終的には瘴気域……【魔の領域】ほどの濃度の瘴気でなければ暮らせなくなる可能性もあった。


「正解は、分からないな……エンリィはどう思う?」

「うーん……クーちゃんが元気になるなら何でもいいんだけど……」


 考えられる可能性と解決法をエンリィに伝えると、彼女は少し悩むような顔をした。


「もうすぐ生まれる卵の環境を変えちゃうのは、ちょっと可哀想、かも……」

「なら、決まりだね」


 ルアドは、クーちゃんの体に瘴気を遮る結界を張ることを決める。

 記録書の力で遮断結界を張ると、エンリィに説明した。


「毎日朝晩、結界を張り直すことにしよう。違和感があれば、その都度対応するくらいしか手はないしね。それと、夜に関しては、瘴気を浄化する聖結界も張ることにする」


 それでクーちゃんの体調は元に戻るはずだ、と伝えると、エンリィは嬉しそうにうなずいた。


「ありがとう、ルアド! 変だけどやっぱり頼りになるね!」

「その変っていうの、いるかなぁ?」


 黒い白衣の下に記録書をしまいながら、ルアドはいつもの答えを返す。


「まぁ、しばらく安静にしてあげて。いつも抱っこしてるから大丈夫だとは思うけど、なるべくクーちゃんが望むようにね」

「うん、ありがと!」


 エンリィには告げなかったがーーー瘴気は、弱った存在の魂を蝕むこともある。


 これだけ微弱な瘴気であればほとんど心配はないだろうが、クーちゃんと心を通わせた彼女が心を乱せば、それがクーちゃんの負担になるかもしれないのだ。


 なるべく負の思いを抱かず、平静に過ごしてもらうのが一番である。


 そうして、再びエンリィがクーちゃんを抱き上げたところで。


「なんだ、この結界は! 誰だこんなところで大規模な魔物実験をしてるのは!? しかもマタンゴだと!?」

「ん?」


 ハスキーな怒鳴り声に、ルアドとエンリィは顔を見合わせた。

 門に向かって外を覗き込むと、そこには一人の女性が立っている。


「わぁ……綺麗な人……」


 エンリィが声を漏らすと、彼女がキッとその美貌をこちらに目を向ける。


 ウェーブがかった、腰丈ほどの長さのプラチナブロンドをうなじの辺りでまとめている。

 長身で、メリハリのきいた体つきをした彼女は細めの黒いズボンに探索用のブーツを履いており……白衣を、身につけていた。


 袖から覗く左手は銀の甲冑のようであり、その手に喧嘩煙管(ケンカキセル)と呼ばれる、長く頑丈な喫煙具を持っている。

 それを一吸いして煙を吐いた彼女は、気の強そうなつり目を細めた。


「ルアド……?」

「あれ、ニーズじゃない。どうしたのこんな所で」


 彼女は、ルアドと同期の人物だった。

 魔導士学校に同じタイミングで入学して卒業しており、たまに【魔の領域】で出会う相手である。


「し、知り合い?」

「うん。ちょっと変わった医者だよー」

「医者ではない! 魔獣研究者だ!」

「ああ、そうだっけ?」


 あはは、とルアドが笑うと、ニーズは不愉快そうに眉を震わせた。


「貴様の仕業か、これは!」

「そうだよー」


 キセルの先で結界を指し示す彼女に、軽くうなずく。


「魔獣研究者……ルアドと一緒?」

「ボクは魔物学者。彼女はどちらかと言えば黒魔道士だ」


 魔女と呼ぶと怒ることだけは覚えていたので、そう呼ぶ。


 王都では、極めて野良に近い立場だが、白魔道士協会魔物学派に所属するルアドと違い、彼女は黒魔道士協会の魔獣薬学派に属している。


「やってることは魔獣からの薬作りだから、まぁ、似て非なるって感じかな」

「やかましい、目障りな魔物学派め。相変わらず邪道な服装をしおって!」


 どことなく古風な喋り方は祖母の影響らしいことは知っているが、いかんせん彼女はなぜか入学当初からルアドを敵視しているので、詳しい話は知らなかった。


 本人曰くライバル視らしいが、興味はあんまりない。


「邪道な服装っていうのは失礼じゃない? 魔物学者の正装なのに」


 黒い白衣と白い白衣。

 その対極さが示すように、魔物学派と魔獣薬学派も仲が悪かった。


 内容はかなり違うのだが、フィールドワークの範囲や研究対象が被っているせいでなにかと衝突することが多いのである。


「それにボクは気に入ってるんだよ、この白衣。バカにしないでよねー」

「貴様が気に食わんから、その服装まで全て気に食わん。文句があるなら(わし)の前に現れるでないわ!」

「君の方から来たんじゃない」


 それなりに会話が通じる相手なので、ルアドとしては特に彼女の口の悪さが気になりはしないのだが。


「とりあえず、入る? 今、魔物の特性で土地再生が出来るかどうかの実験中なんだ。結構興味深いよ? それに、ちょうど君が興味のありそうなものも持ってるし」

「ほう。なんだそれは?」


 ニーズが少し態度を軟化させて、興味を持った様子を見せた。


 二人は研究熱心なところが似ている、と在学中から言われており、実際何か興味のあることに関しては、情報を共有して一緒に観察したこともあるのだ。


 ルアドは、片目を閉じて指を立てた。


「もうすぐ孵化する、ノーブル・ズゥの卵だよ。……どう? 結構良いものじゃない?」

 

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