魔物学者は、少女と魔物に謝る。
「ボクが、出たり入ったりするのが原因かなぁ?」
今ルアドは、クーちゃんの中に住まわせてもらっている。
モノクルを押し上げて首を傾げると、エンリィは、う〜ん、と微妙な顔をした。
「そういうのとは少し違うと思うんだけど。何だろう、人間で言うなら、風邪を引いたような……?」
「ふーん……ちょっと一回、見せてもらっていい? そこに立たせて」
クーちゃんはかなり打ち解けてくれたものの、まだ触られるのは抵抗があるようなので、調子が悪い時にするべきではないと思った。
「うん。……クーちゃん? 立てる?」
エンリィが話しかけると、ぽんっと膨らんだクーちゃんは、その場に立った。
確かに膨らみ方が少し萎れていて、どことなく体もいつもより煤けているように見える。
トントン、と、こめかみの辺りを指先で叩きながらルアドは考えた。
「何だろう、確かに元気がないねー」
「でしょ?」
「少し調べてみようか」
魔物が不調である時、その原因は大まかに分けていくつか考えられる。
一つは、生物的な要素。
たとえば腹を壊しているだとか、どこかに怪我を負っている、などの理由。
二つ目は、環境的な要素。
マタンゴが湿地帯を苦手とするだとか、スライムが塩の撒かれた土地で生息できない、などの理由。
三つ目は、土地の持つ属性と相性が悪い場合だ。
これもある種環境的な要素といえるが、大地の気脈である『龍脈』が近い場所ほど生き物は活発になり、離れるほど大人しくなる。
龍脈の近くは、溢れ出す活力が豊富だからだ。
綺麗な三角形の山の近くだと実りが豊富なのも、そうした山が活力を貯めやすい土地柄だからだと言われている。
そしてもう一つは、その活力の属性。
地水火風の四属性、あるいは木火土金水の五行などに分けられるが、土地によって属性の強弱が変わることで、その影響を強く受けやすい魔物は不調になったり快調になることがある。
一つ目の体の不調や怪我であれば、排便や体表の様子などで気づく。
「クーちゃんの今朝の様子は?」
「ご飯もちゃんと食べてたし、うんちも特に変わった様子はなかったわ」
「怪我もしてないもんねー」
ならば、これは原因ではない。
「土地、が原因なら、そもそもクーちゃんはここに住むのを嫌がるだろうし」
クイグルミの生息域である森林周辺地域、という条件には、そもそも合致している。
禿げた村近辺を離れれば普通に森があるし、それが原因ならもっと前に体調不良になっていてもおかしくない。
「となると、残る原因は属性や気脈かな……塩やボクの結界でちょっと変化が激しいしねー」
土地の持つ属性が変わって、クーちゃんに影響が出ている可能性はあった。
人間でも、雨の前に頭が痛くなったり体調が悪くなったりするのだ。
そうした原因で体調を崩すのは、十分にあり得る話だった。
ルアドは【賢者の記録書】を取り出すと、エンリィに指示する。
「少し、周りが騒がしくなるけど怖くないよ、ってクーちゃんに伝えてくれる?」
彼女が了承して指示に従うと、ルアドは指先で記録書に魔法陣を描いた。
「〝巡りよ、我が瞳に暴かれよ〟」
ざわり、と大気がざわめき、精霊たちが浮き足立つ気配を感じる。
そのさざなみのような動きは、ルアドが放った魔力の影響を受けてのものだった。
周りを探査する魔力が、天地の属性に反応するのを見て、ルアドは土地の現在の様子を見分ける。
水の結界の影響下にあるからか、大気は黒い光に染まり、土地はまだまだ乾きを癒やされ切っていないので、火属性の影響が強く赤みがかって見える。
クーちゃんが背筋が泡立ったような様子で震えるが、エンリィがあらかじめ言っていたからか大人しくその場に留まっていた。
ーーーん?
そんなクーちゃんの周りだけ、反応が違った。
パチパチと、魔力と何かが弾け合っている。
注視して、ルアドはその正体を悟った。
「あ〜……ごめん、エンリィ。それにクーちゃん。原因が分かったよ」
「本当!? でも、何で謝ってるの?」
「やっぱり、クーちゃんの不調の原因がボクだったからだよ」
言い訳になるが、初めてのことだったので気づかなかったのだ。
「今、クーちゃんにノーブル・ズゥの卵を温めてもらってるじゃない?」
「うん」
「魔獣の卵だから、多分そうした特性を持ってるんだと思うけど……」
原因が分かったので解決法も分かったが、それでも苦しい思いをさせてしまったのは申し訳なく思いつつ、ルアドは答えを口にした。
「この辺りの大気に含まれる微量の〝瘴気〟が、クーちゃんの周りに集まってる。その影響を受けちゃったんだよ」
不調の原因は、それだった。




