魔物学者は、スライムに興味を持たれる。
「……ねぇ、ルアド」
「どうしたの?」
順調に繁殖が進み、チラホラと荒地だった場所にマタンゴ以外の草の姿も見え始めた頃。
相変わらず結界の中を門の近くで観察していたルアドの元に、浮かない顔をしたエンリィが来て、声をかけてきた。
そしてルアドがしゃがんで眺めているスライムを見て、軽く首を傾げる。
「その子、何? 色が青っていうより紫っぽいけど」
彼女のいう通り、赤みがかって紫に見えるそのスライムは、まだ分化したばかりの幼体だった。
「スライムの変異種だよ。何だかついてくるから、ちょっと珍しくてね」
「へー」
どういう理屈なのか分からないが、動けばついてくるし、止まって眺めればいつまでもそこに、ちょこんといるのだ。
正直、めちゃくちゃ可愛い。
だが、ついてくる理由も、どんな変容をしたのかも、よく分からないのである。
「……って、あれ? この子……」
エンリィが何かに気づいたようで、ジッと変異種の幼体を眺めた。
「ルアドに、興味を持ってるみたいね」
「え?」
ルアドは、驚いて目を見開いた。
「スライムが!?」
「そ、そうだけど。なんでそんなに驚いてるの?」
思わず飛び出した言葉の強さに驚いたのか、びっくりした顔でエンリィが軽く身を引く。
しかしルアドにとっては、それを気にしている場合ではなかった。
「『何かに興味を持つ』という高度な知性は、スライムには備わっていないはずだ……」
彼らは動き回る粘体の魔物ではあるが、能動的に他者を認識するような存在ではない。
あくまでも近づいてきたものや、動き回る過程で触れたものを取り込んで溶かしたり、食われたりした時に抵抗するような本能的な反応しか示さないはずの魔物だ。
「もし、そうなら……」
「そうなら?」
「めちゃくちゃ可愛い。ぜひ手元で愛でたい」
「そっち!?」
「え?」
ルアドはキョトンとした。
「いやだって、意思のあるスライムだよ? エサとかあげたら懐いたりとかしてくれるんでしょ? ……最高じゃない!!!」
「なんかいつものルアドじゃない!?」
「ボクは魔物たちが全部興味深いけど、スライムは特に箱推しだからっ!!!」
「意味が分かんない……!」
「それに学術的興味も価値も、とてつもないものだよ!? なぜこの環境で知性が生じるのか、どうしてその必要があったのか、生じることによってどんな変化があるのか!!!」
ルアドは大きく両手を広げて、天を仰ぐ。
「それを可愛いスライムを愛でながら研究出来るなんて、ご褒美以外の何物でもないっ!!!」
「うん、なんかいつものルアドで安心した」
悟ったような微笑みと共にそう告げたエンリィは、そのまま言葉を重ねる。
「なら、出してあげたら? 多分、幼いから意思疎通が微妙に出来ないけど、他のスライムより頭が良さそうなのは間違いないよ?」
「そんなことが感覚で分かるなんて、本当にその魔物使いの力は羨ましいなぁ……」
「そう? 私は、あなたの知識とか、魔獣も倒すような力の方が羨ましいけど」
「見解の相違だね」
ないものねだりは世の常だが、お互いに足りないからこそ協力し合える部分もある。
「そしたら、後で出してあげよう。この子が望むならね」
「今じゃないの?」
「服着たまま結界の中に入ったら、ずぶ濡れになっちゃうし。ボクの裸見るの、イヤでしょ?」
「ああ……うん、そうね……」
ルアドが尋ねると、エンリィは目を泳がせた。
水の結界はマタンゴの胞子が飛散するのを抑えているので、見た目にはあまり分からないが、分厚い水の流れを形成しているのだ。
「もう少し観察してみようとは思うんだけど、もし本当にこちらを認識してるなら、君と意思疎通が出来るかも知れないねー。それに、ちょっと嬉しいな」
「何が嬉しいの?」
ルアドは、にやける口元を抑えながら、小さくつぶやいた。
「……魔物が、攻撃的な意味合いじゃなくて、ボクに興味を持ってくれるのが」
それは、初めての感情だった。
今まで魔物と言えば、ルアドが一方的に好きなだけで、特に好意的な反応を示してくれたりはしなかった。
クーちゃんも、未だに触らせてはくれない。
なのに、このスライムはルアドに興味を持ってくれたのだという。
「これが、嬉しくないと思う? あ、ちょっと泣きそう……」
「そ、そこまで?」
「君はクーちゃんと仲良くなった時、嬉しくなかったの?」
そう聞いてみると、エンリィは言葉に詰まった。
「……言われてみれば、嬉しかったわね……」
「そうでしょ? ていうか、エンリィ」
「何?」
「そういえば用事はなんだったの?」
彼女の方が何か用があるからここに来たのだと、ルアドは思い出した。
「ああ、その。クーちゃんのことなんだけど……」
「うん」
「最近、元気がないような気がするのよね……」
エンリィの言葉に、ルアドは、彼女の手の中にいるクイグルミに目を落とした。




