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魔物学者は、興奮する。


「いや、これは凄いなぁ……!! 見てよ、エンリィ!!」


 ルアドは、珍しくはしゃいでいた。


「ど、どうしたの?」


 結界を張って一ヶ月。


 どうにも入り口が分かりづらいということで、土手の周りに『矢印の立て看板』を立てる作業をしていたエンリィは、村の男たちと一緒に、休憩のために戻ってきたのだ。


 少し引いた顔をしながら問いかけてくる彼女に、ルアドは結界の中を指差す。



「ーーー魔物の食物連鎖で、三竦みが出来かけてるんだよ!!」



「………ゴメン、言ってる意味が分かんない」


 困ったようにそう返事をする彼女に、ちょっとだけじれったさを感じながら、ルアドは説明した。


「えっとね、食物連鎖って何か分かる!?」

「分かんない」

「簡単に言うと、草木が生えて、それを食べる草食動物がいて、その草食動物を食べる肉食動物がいるじゃない?」

「うん」

「肉食動物が死んで腐ると、地面の栄養になって新しく元気な草が生えるよね」

「エイヨウって何?」


 ーーーそこからかー。


 詳しく話す必要もないのだが、正確な理解のためにルアドは別の例を挙げた。


「畑を肥やすのに、動物の糞尿を撒くのは、そういう理由なんだよ?」

「あ、なるほど。エイヨウってそういうことなのね。動物の死体でも土地が肥えるって話でいい?」

「そう! で、そういう流れのことを食物連鎖って言うんだ」

「なるほどー」


 エンリィは、知らないだけで興味がないわけではないようだった。

 村の男たちも、口を挟まないながらこちらの話を聞いている。


「それがね、中に入れた魔物たちの間で起こってるんだよ!!」


 と、ルアドは結界に目を向けた。


 虫をマタンゴの中に入れる実験では、寄生されていないモノが水の結界をすり抜けてしまったのを考慮して、本番では物理的な反発を発生させる障壁を重ねてある。


 そのマタンゴの栄養として、ルアドはトノオイ飛蝗を見つけては痺れさせて捕獲し、中に放り込んでいた。


 また、マタンゴがボチボチ増えた頃。

 半月ほど経った時点で、土地を肥やす役割としてスライムを中に入れてみたのである。


 塩の影響が順調に薄れていることや、水の結界の影響もあるのか、スライムは多少弱りながらも中で生きることが出来るようになっていた。


 そうして起こったことに、ルアドは興奮していたのである。


「見て!」


 そう言った先で繰り広げられている光景に、エンリィは顔をしかめる。


「あんまり気分がいいものじゃないけど」


 そこに居たのは、マタンゴに寄生されて動きの鈍ったトノオイ飛蝗の成虫だった。

 その成虫は、スライムに食いついているが、スライムが赤く染まってトノオイ飛蝗の口元が『溶解』を受けて溶けている。


「……トノオイ飛蝗、どっちにも負けてない?」

「と、思うでしょ? でも、アレ見てよ!」


 別の方向を指さすと、そこには寄生されていない体躯の小さいトノオイ飛蝗の幼虫がマタンゴに食いついている。

 さらにその向こうに、口元が溶けずに赤くなったスライムを喰らう、色が通常のモノより黒いトノオイ飛蝗などがいた。


「……えっと、よく分からないんだけど?」

「あの幼虫や、黒いのは、第二世代や第三世代の子たちなんだよ。捕まえたトノオイ飛蝗が、中で産んだ子たちさ!」

「その子どもたちが、どうしたの?」

「魔物はね、適応力が高いんだ。そしてマタンゴ、トノオイ飛蝗、スライムたちは本来、それぞれに生息地が違う」


 マタンゴは、砂漠のような乾燥地帯。

 トノオイ飛蝗は、森の中やその近くの草原。

 スライムはわりとどこにでもいるが、湿地帯や広大な草原地帯にいるものだ。


「それらを同じ場所に放り込んだのは、特性や役割を加味した結果だけど……そのせいで、世代間で環境に適応した変容が……えーっと。一緒に住むようになったら、暮らし方が変わってるんだ!」


 生き物は、場所に適応するための多様性を、本来備えている。

 例えば特定の病気にかかりにくい個体や、外殻が他より頑丈な個体などが、自然な環境の中でも稀に生まれているのだ。


 魔物は、そのサイクルが早いと言われている。

 特に人と生存圏を争うような魔物はそれが顕著で、人と触れる機会が多い分、クイグルミなどのように『対人間』に適応したりするのだ。


「つまり、あの幼虫はマタンゴを食べたりスライムを食べたりできる様になった、ってこと?」

「そう! マタンゴに食いついてる幼虫は、胞子にある程度の耐性を持っている子で、黒い子は『溶解』への適性を持ったんだよ! 被捕食者だったトノオイ飛蝗が、それぞれに対して捕食者としての特性を獲得したのさ!」


 要は『粘体喰い(スライムイーター)』や『キノコ喰い(マタンゴイーター)』と呼べる存在になっているのである。


「へー。そういうことが、あるんだ……」

「多分、ここからマタンゴやスライムたちもある程度、変容していくはずだよ。食われる速度が繁殖よりも遅かったら、そのままって可能性もあるけど、それも含めて興味深いよね!」


 ルアドが早口に告げると、エンリィは納得したようにうなずいてから、ふと、不安そうな顔をする。


「……それって、魔物たちが強くなってるってことなんじゃ? 結界とか破られたりしない?」

「もしかしたら、そうなるかもね。結界は大丈夫だと思うけど」


 少なくとも、障壁には高位の攻撃魔法でも受けない限りは壊れない強度がある。


「強くなった点については、この環境じゃなくなったら、元に戻るかもね。適応が早いってことは、いらない能力が少なくなるのも早いってことだからね」


 たとえば、スライムやマタンゴに強い個体を森に戻したら、その個体は森の覇者になるかもしれないが、次世代で必要のない能力は切り捨てられる可能性がある。


「興味深いなぁ……本当に、魔物は興味深いよ……」


 エンリィは、そんなルアドの顔をジッと見つめてくる。


「? 何?」

「ルアドって、そういう事に興味があるのね。酷いことしてる気がするのに、魔物のことが本当に好きなんだなって分かるのも、すごく変」

「変かなぁ?」


 それに、酷いだろうか。


 こういう連鎖そのものは、自然界の中でも常に起こり続けていることだ。

 自分がずれているのか、エンリィが普通とは違う感性を持っているのか、はよく分からないが。


「でも、新しい発見は楽しいから、観察はやめられないなぁ……」

「それは別にやめなくていいと思うけど。ルアドはいつも楽しそうでちょっと羨ましいね。ね、クーちゃん?」

『!』


 エンリィが話しかけると、クイグルミのクーちゃんは、パサパサと頭の袋口を揺らした。

 

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