魔物学者は、マタンゴによる土地再生の実験をする。
マタンゴの繁殖実験は上手くいった。
小さな結界の中で、魔物は順調に胞子を吐き出し、数を増やしていったが、一定のラインでぴたりと繁殖が止まる。
中に、定期的に虫などを放り込んでやると、それに寄生して栄養にしているのも確認できた。
「うんうん、このくらいピッタリハマると気持ちいいね!」
「では……そろそろ、始められるのですかな?」
繁殖実験をしているところに、今週分の分け前である食料を持って村長の問いかけに、ルアドはうなずく。
彼の態度は、だいぶ柔らかくなっていた。
「そうですね。後は一度、マタンゴを除去して、この結界の中に草などが生えれば万端です。村の周りの土手と結界も完成しましたしね」
「なるほど……最初は正直、あなたのことを疑わしいと思っておりましたが、魔物の利用という点以外では、地道で理に叶ったことをされるのですね」
「あはは。魔物学は生物学ですから、魔法でパパッと、というわけではないのですよ。生態系を研究する学問ですからね」
そして観察を基本とする学問だからこそ、一つ一つ手順を説明することで、誰の目にも明白な形で示すことが出来るのだ。
「結界を張ってしまうと、道が制限されるので外界に自由に出るのは難しくなりますが……食料の備蓄などは、土地を再生させる間くらいは乗り切れそうですか?」
作物は、塩害によって元々育ちにくくなっていたため、影響はさほどない。
しかし狩猟などは道が一つしかないため、反対方向に赴くためにはぐるっと結界を回り込まなければならなくなる。
ルアドの体は一つしかないので、村への出入りを見張り、結界内に入らないように伝えるためには仕方がないのだが、不便を強いることには変わりがない。
「おそらく、季節一巡りの間は乗り切れるくらいの蓄えが出来ました。……感謝に絶えませぬ」
「なら良かったです」
あはは、とルアドは笑う。
足りないと言われたら、意に染まないながらも魔物や魔獣をもっと狩ってきて、金に変えなければならなくなるところだ。
ノーブル・ズゥの換金が思った以上の金額だったのだろう。
しかも律儀な団長が『一時的に離れると言っても、お前はパーティーメンバーだ』と、金を物に変える買い付けまで、副団長アスランの一団を使ってやらせてくれていたのである。
それまでルアドに頼りつつも避ける気配を見せていた村長や村人たちも、そんな状況を見て態度を一変させていた。
「この夏を、そしてその後に来る冬を乗り切れぬかと、覚悟しておりました。冒険者に対しても、魔物に対しても、私の了見は随分と狭かったようですね」
「村長の了見は広い方ですよー。どれだけ説明しても、考え方が変わらない方もいますしね。そのお歳で柔軟であるだけ、素晴らしいことです」
体が大きく、腕力に優れるだけでは村長は務まらないのだろう。
彼はその体躯に似合わず、対話すればするほど賢さが感じられた。
そもそも、最初にルアドが訪れた時に話を聞いてくれただけでも、十分に心の広い人物である。
村長が去ると、水汲みを頼んだエンリィが、クーちゃんを抱えて戻ってくる。
そして水瓶を置くと、マタンゴがモリモリの結界を見て、うずうずとした口調で問いかけてきた。
「ねぇねぇ。マタンゴが増えない理由ってなんなの? こんなにいっぱいなのに、結界の周りだけ綺麗にいないの、ずっと気になってたんだけど!!」
「その理由は、結界そのものにあるねー」
ルアドは、周りに張った青くゆらめく結界を指さした。
「これは、水の結界なんだ。たゆたっているのは、そういう性質があるからで、中の水分を取り込んでいったりもしてくれる」
湿気は、マタンゴの一番の敵だ。
「で、結界の根本を見てごらん。地面に刻んだ魔導文字の周りだよ」
「……濡れてるわね」
「そう。大量の水はマタンゴの胞子を無力化する。濡れた土地にマタンゴが落ちても繁殖しないのは、そういう理由だね」
「普通のキノコとは違うのね、やっぱり。キノコって、湿気に生えるものでしょ? 普通は」
「そうだね。それが魔物としての性質なのか、元となったキノコが備えていた性質なのかはわからないけどねー」
言いながら、ルアドはバケツを使って水瓶からザバリと水を汲む。
「で、普通は追いつかないけど、マタンゴはこうやって無力化する」
ルアドは、いきなり結界の上から水をぶっかけた。
すると、結界が保持できる水分量を超えたので、中に向かってドバドバと流れ込み、結界の周りにも水が流れて広がっていく。
水がかかったマタンゴの、虫に寄生したものが慌てて水を避けて飛び退き、地面に生えたものは特に反応を見せなかったが、固い傘が目に見えて柔らかくなり、萎れたような形になる。
「ちょ、ちょっと!? 殺しちゃうの!?」
「枯らす、が正解だねー。それにこれは株の一部だから、村の外に生やす分はまだまだあるよー」
「なら、この子たちも外に出せばいいんじゃ!?」
「どうやって? ここ、村の中だよ? 結界の外に出したら胞子が舞うじゃない」
言いながら、ルアドはさらに水をかけ続け、最終的に結界の中が半分ほど水に満たされたところで手を止めた。
「多分、このまま一日も待てば水も抜けて、その間にマタンゴは死滅する。それから次の段階に移るよー」
「……ルアドって、魔物が大事なのか大事じゃないのか、分かんないね」
「んー、そうかなぁ」
どことなく悲しそうな顔のエンリィに、ルアドはどう説明したものか、とこめかみの辺りを指でトントン、と叩いた。
その辺りの感覚は、いまいち難しいのだが。
「たとえばエンリィは、鶏を飼っているよね」
「うん」
「でもそれは、自然な在り方ではないし、育てば食べるよね」
「……そうね」
「このマタンゴは、要はそれだよ。本来の生息地ではないところから、ボクたちの都合で採ってきたモノだ。鶏だって最初から人に飼われ、食われるためにそこに存在するモノではなかったはずだ」
ルアドの例え話が通じているのかいないのか、エンリィの表情は晴れない。
しかし、話は聞いているようだった。
「家畜と同じ、ってこと?」
「ボクは本質的にはそうじゃないかなって思ってる。このマタンゴの現状はね。その本質、というのは」
ルアドはこめかみを叩いていた指を止めて、軽くモノクルの位置を直すと、それを立てた。
「ーーー〝ボクらが生きるための養分〟だ、ってことだよ」
塩害の対処法は、そもそもが塩に強い作物や草花を植えることなのである。
本来の土地とは違う場所に連れて来られる、その草木を可哀想だと思い、塩害に対処しない選択をするのなら。
「今度は、この村ごと、人間が死ぬことになる。そうならない為に、彼らを利用するんだ」
「あ……」
「生きるために必要なら、採る。狩る。それは自然の摂理であり、人間にとっての日常でもある。それを許容しないなら、ボクらは、そもそもマタンゴを連れてくるべきではなかった」
村を救うことを望んだのは、誰なのか。
エンリィはそれを思い出したのだろう、顔を伏せる。
「そうね。……何も犠牲にせずに、村を救う方法なんて、ないのよね……」
「とまぁ、そんなことを言ったけど、別にボクはマタンゴを犠牲にしてるつもりはないよー。そもそもこの子らに意思とかないし」
「え? 動くのに!?」
驚くエンリィに、ルアドは頷いた。
「マタンゴは動物に寄生して動くから生きているように見えるけど、あくまでも動いているのは、本体の虫なんだよ」
最終形態を見ればわかる様に、本来は植物なのである。
ルアドは結界の中を指さしつつ、続けた。
「水を嫌うような動きを見せるのは、虫にマタンゴの意思が宿っているからじゃなくて、主従関係がマタンゴに寄生された時点で入れ替わるから、なんだよね」
『主』がマタンゴになるから、自分に害がなくてもマタンゴを守ろうと、水を嫌うようになるだけなのだ。
「そして胞子で増えるから、ぶっちゃけ一株でも生きてればその全体が生きてるのと大して変わらないんだよ。分身みたいなものだからね」
植えて育てたのも採ってきたマタンゴの一部なので、厳重に封をして仕舞ってあるマタンゴが生きていれば、単に寿命で枯れたのと、状況的にはさほど変わりはない。
「じゃ、明日になってマタンゴが完全に枯れたら、後は適当に草の種を蒔いて、それが芽吹けば実験は成功だねー」
ルアドはそう締めて、その日は解散にし……結界内の土地から塩が抜け、草木が芽吹いたのを確認してから、本番に入った。




