魔物学者は、提案する。
「あったかいし、時折動いてるね。やっぱり生きてるよ、この卵」
団長らが、ルアドが解体したノーブル・ズゥを隣街に運んで換金するために村を去った後。
ルアドは、一時的な住処として村長に提供された小屋の中で、ニコニコとエンリィに告げた。
「えっと、じゃあ、育てるの?」
「そうだね。ただ、そのままこの場所に置いておくと死んでしまうかもしれない」
まだお腹の中にあった卵だ。
殻の硬さや生きていることから、多分もうすぐ産み落とすくらいには育っているはずである。
瘴気を吸い込んで育つ魔獣が、どの程度通常の生物に準拠した形で生息しているのかは分からないが、少なくとも体温程度に暖かい場所に置いておく必要はあるはずだった。
「ということで提案なんだけど」
「な、何? 私が温めるの?」
エンリィは、ルアドが笑顔で手を合わせると顔を強張らせた。
魔物に対して、普通よりは忌避感がないと言っても、トノオイ飛蝗に追われて慌てる程度には、彼女は普通の感性の持ち主である。
しかし、その問いかけには首を横に振る。
「ううん。君じゃなくて、クーちゃんの中に仕舞わせてくれないかなと思って」
「クーちゃんの!?」
エンリィは、自分の手の中にいるクイグルミを見下ろした。
「で、でも、クーちゃんの中ってあったかいの?」
「少なくとも、冬場にクイグルミの中に入った時は暖かかったねー」
魔導空間自体がそもそも、保温をするというよりも、外界の影響を受けないのである。
風もなく、振動もなく、おそらくは魔力によって形成してはいるものの、クイグルミにとってはそこは体の一部なので温度が体内と同じ程度に保たれている。
毛布か何かに包んで『中』に置いておけば、ルアドの望む環境を得られるはずだった。
「く、クーちゃん? どう思う?」
『……?』
クイグルミに、そう確認を取る彼女。
ルアドには分からないが、魔物使いである彼女は、心を通わせたクーちゃんと意思疎通が出来るのだろう
首を傾げたので、エンリィが改めて詳しい内容を説明する。
『!』
「いいって……でも、危なくないの? クーちゃんの中で孵って食い破ったりしない?」
「多分大丈夫だとは思うけど、怖いならボクが一緒に『中』で生活しようか?」
ルアドの提案に、エンリィは衝撃を受けたような顔をした。
「クーちゃんの中で!?」
「一回住んだことあるよー。その時は三日くらいで荷物ごと吐き出されちゃったけど、結構快適だった」
クイグルミの中にある魔導空間は、個体によって大きさは様々だが、クーちゃんの中にある空間は隣街への荷物をしまえる程度には広いのだ。
「それも、クーちゃんや君が良ければ、だけど」
この借りさせてもらった小屋は、ノーブル・ズゥの残りの素材研究の施設として使わせて貰えばいい。
「生まれるまではもう少し掛かるだろうし、夜以外にも一日3回くらい確認してれば、問題ないかなって」
「本当に妙なことばっかり考えつくし、なんでクイグルミの中で暮らしてみるなんて発想が出てくるのかしら……?」
エンリィは理解し難いような顔をしつつ、またクーちゃんに確認すると、それも了承されたようだった。
「ていうか、私の家で暮らすことになるのよね……」
「なるべく出ないようにはするけど。ご両親とか大丈夫?」
「そういうことは先に確認しない!?」
「忘れてた」
あはは、とルアドは笑う。
研究に関係ないことは、ついついおざなりになってしまうのが自分の悪癖だという自覚はあった。
「大丈夫よ……一人暮らしだから。その、クーちゃんのことがあって、元の家にはあんまり居づらかったし……」
「結婚してないのも?」
「そ、それは別にいいでしょ!?」
このくらいの小さな村だと、彼女くらいの年頃には誰かと一緒になっていてもおかしくはない。
それがない、というのも、魔物使いであるがゆえなのだろう。
「まぁそんな事、どっちでもいいけどねー」
かくいうルアドも、恋人や嫁がいるわけではない。
世間的に変わっている人間というのは、そういう機会に恵まれないし、興味がないことも多いのだ。
ルアドは後者だった。
まして、色々なところを飛び回ってどこにも定住すらしていないのである。
「じゃ、この卵のことは決まったし、次はいよいよ塩害の対処だねー」
そもそもここに一時的に住むことを認められたのは、スライムを退治するために冒険者が撒いた塩によって、死んでしまった土地を生き返らせるためだ。
「マタンゴを植えるのよね……でも、どうやってマタンゴの胞子が村を覆わないようにするの?」
【魔の領域】でマタンゴを採取した理由は、乾燥地帯に住むこの魔物が塩を好むので、それを吸い込んでもらうためだ。
だが繁殖力が強い上に生き物に寄生するので、とても危ない魔物でもある。
「二重に結界で覆ってみようかと思う」
ルアドは、エンリィと共に外に出ると、適当な枝を拾って地面にガリガリと図を書いた。
真ん中に村の図形を置いて、その周りをぐるりと丸で囲い、さらに塩害を受けたその周りをもう一回り大きな丸で覆う。
そして、大円の外側から村まで一本線を引いた。
「この道だけを残す形で、結界をさらに土手で覆って、一ヶ所だけ入れるようにしておく。門の前辺りにボクがいれば、うかつに侵入されるのは防げるかなって」
土手を登って勝手に入ろうとする人間は盗賊や盗人の類いなので、マタンゴに寄生されても自業自得だ。
一応、見つければ助けてやるくらいのことはするが、そもそも村に入り込んで見つかった時点で殺されても文句は言えない相手である。
「その前に、少し実験はするよ。この村の中にも塩害は及んでるし、そこら辺の土地を小さな結界で覆ってね」
いきなり、大規模なことをする気はないのだ。
「もしそれで土地が生き返ったり、何らかの発見……例えば草が生えるとかがあれば、成功する確率は高い」
「難しいことは分からないけど、なるべく安全なように、ってことね?」
「当然だよー」
ルアドは別に危ないことが好きなわけでも、マタンゴに好き勝手させることが目的ではないのだ。
「じゃ、始めよう!」




