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魔物学者は、一つの発見をした。


「ボクさー、瘴気を溜め込める理由とかも、知りたいんだよねー」

「そんな事にも理由があるの?」


 解体を始めながらルアドが言うと、少し離れた場所で座って膝を抱えたエンリィが、きょとんとした顔をする。


「あるはずだよー。普通の生き物どころか魔物にとっても、本来は毒だからねー。身を守るために毒を獲得したっていうなら分かるんだけど」


 とりあえず、慎重に金になる部位を切り分けて行きながら、ルアドは話しを続ける。


「今のところ魔獣が生息する地域で瘴気が効く獲物や天敵の存在は、見たことがない」


 それは魔獣という存在、最大の謎だった。


 元々は生物だったり魔物だったりしたところから、環境に順応して、魔獣になるモノがいる。

 人から魔族、というのも、そうした観点から見れば生物から瘴気に順応しているのだ。


 なぜ順応するのか、あるいはかつて、したのか。

 瘴気に順応すると凶暴化したり、力が強くなったり、知性を獲得するのはなぜなのか。


「全てが未だ、謎に包まれている」

「そうなんだ……」

「そもそも【魔の領域】みたいな瘴気域に住めるのは、魔獣や魔族以外だと、マタンゴみたいな直接瘴気の影響を受けない魔物とか、樹木みたいな植物だけなんだよ」


 植物だとて、瘴気によって変容しているもの以外は枯れたりもする。


「他には聖気……昔は陽気と呼ばれていたんだけどね……を纏う植物などが、瘴気に耐えて生息していたりする。生物に奇跡的な効果をもたらす事が多いし、ある種瘴気による変容なのかもしれない」


 ルアドや団長のような人間にはある程度耐性があるが、それだって魔法の補助なしに長時間生きていられるような耐性ではない。


「瘴気の影響下では、環境が腐る。水も、大気も、土も、天候すらも……生きるために必要な全てがね」


 だからルアドは、逆に〝瘴気〟が、魔獣などが生きる上での必要素になっている可能性を考えていた。


「魔獣や魔族は、逆に濃い瘴気の影響下にないと、生きられないんじゃないかな」

「……魔獣や魔族にとっては、瘴気が毒じゃない、ってことよね?」

「うん。むしろ、ボクらが息を吸うようなものとして、必要なのかもしれないね」


 人間から転化した吸血鬼などは、瘴気を生み出す魔法などを操れるらしい。


 大地や大気に活力を与える龍脈や天脈、と呼ばれる魔力の根源となる〝天地の気〟の巨大な流れがこの世界には存在しているが、それらを瘴気に転化出来るのだ。


「だから、あまり人里や平野に現れないのさ」


 もし魔獣や魔族が好き勝手に闊歩出来るのなら、ルアドは人間や魔物がとくに滅んでいてもおかしくない、と考えているのだ。


 興味があった。

 彼らはむしろ、瘴気を必要としない存在よりも遥かに不自由な生き方をしているのかも知れない。


 もしそうなら、そうなる理由を、ルアドは知りたかった。


「さて、と。こんなものかな?」


 ノーブル・ズゥの素材活用は、主に外皮や羽毛に由来しているので、丸裸にして翼を切り離した辺りでほぼ終わりだ。


「次は肉だね」


 一応、昨夜のうちに血抜きはしてある。

 手で触れて、その身の感触から何か不自然なことはないだろうか、と探ったルアドは、腹部の辺りで少し硬い感触を感じた。


 外皮の硬さではなく、内側に何かが入っているような感触だ。


「ははぁ、なるほど……このノーブル・ズゥ、メスだったみたいだねー」

「そうなの?」

「うん、ここ、触ってごらん?」


 ちょいちょい、とエンリィを手招きすると、彼女は少しためらいながら近づいてくる。


「瘴気の毒とか、大丈夫……?」

「死んで一日経ってるし、ノーブル・ズゥは死霊系の魔物ほど瘴気が濃い存在じゃない。気にならない程度には散ってるよ」


 少し緊張した顔をしながら近づいてきた彼女は、ルアドが示したところに手を触れた。


「あ、ホントだ……なんか、硬い」

「そうだろう?」

「でもこれ、なんの感触?」

「当ててごらん」


 そう言うと、エンリィは少し考えて、何かピンときたようだった。


「ここ、凄く気になる。……もしかして、卵?」

「正解」


 ルアドは、彼女の答えに笑顔を浮かべてうなずいた。


「これは中々興味深い、貴重な話だよ。……ノーブル・ズゥの卵なんて、中々お目にかかれないし、孵化させたことがある人も、いないからね」


 凶悪な魔獣の卵は、見つけたら割ってしまうことが多いのだ。


 もし中の卵が生きていたら。

 これは素晴らしい学術的興味の対象だ、と、ルアドはテンションが上がっていた。

 

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