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魔物学者、少女と共に魔獣の解体を始める。

 

 明けて翌朝。


「さて。とりあえずノーブル・ズゥを解体しようかな!」


 快晴の中、ルアドは張り切っていた。

 なんせ、このクラスの魔獣を解体するのは久々なのである。


 ノーブル・ズゥ自体は初めてだ。


 街の片隅、木を伐採してまだ畑にはしていなかった更地にとりあえず置かせて貰っている。

 解体したら団長やアスランたちが手分けして街まで運んでいくことで、話は纏まった。


 村長たちも冬をどうにか乗り越えられるだけの蓄えを得られるということで、喜んでいたので、命を奪ってしまったことにも意味が生まれた。


 弱肉強食の掟ではあるが、肉となる側は相手の糧になってこそ価値がある、というのが、ルアドの持論である。


「さて、何か新たな発見はあるかな?」


 昨日倒したばかりなので、焦げた頭は炭の臭いを放っているが、原型は留めているので焼けたのは羽毛だけだろう。


 エンリィは、興味があるようですぐ近くに来ていた。


「これ、どうやって解体するの?」

「これでだよー」


 と、ルアドが取り出したのは、手首から肘ほどの長さのメスだった。


「……何それ、刃物?」

「そう。斬空鍬形虫(スラッシュスタッグ)っていう昆虫系の魔物の大顎を加工したものさ」


 風を操り真空刃を放つ魔物だが、この魔物は魔獣と呼んでもいいくらいに外殻が硬く、強靭なのだ。


「加工に魔法の力が必要なくらい頑丈で錆びないし、凄く重宝するんだよねー」


 ただ、持ち運びに同じくらい硬い鞘か、摩擦を起こさないような素材の鞘が必要になるので、切れ味を鋭くしてしまうと持ち運べないという欠点もあるのだが。


 何せ、硬くしなやかすぎて切れ味が落ちないのだ。


「どこに仕舞ってたの……?」

「え? 普通に背中に」


 ほら、と黒い白衣をまくると、鞘尻が顔を覗かせる。


「エンリィは、解体は怖くないの?」

「当たり前じゃない。私だって(にわとり)捌いたりはするわよ!?」

「その割には、トノオイ飛蝗(バッタ)の共食いを見て、嫌そうな顔してたけど?」

「虫は気持ち悪いでしょ!?」


 同じ生き物なのに何が違うのか。


 反論するエンリィに突っ込むことはせず、あはは、とルアドが笑うと、彼女はチラリと魔獣に目を向けた。


「やっぱり気になる?」


 多分、気持ち悪い悪くないよりも、魔物使いとしての自分がなぜかノーブル・ズゥに惹かれているのか、のほうが気になっているのだろう。


 と、推測したのだが、案の定。


「うん……何でだろうね。もう死んでしまってるのに、気になるのよね……」

「解体してみれば分かるかもねー」


 ノーブル・ズゥ自体は、間違いなくもう死んでいる。

 生き返るなんて話も聞いたことがない。


「そういえば、新しい発見って言ってたけど、この魔獣のこと詳しく知ってたよね?」

「研究してた人の論文は読んでるからねー。でも、自分では解体したことないからさー」

「何か変わるの?」

「いい質問だね!」


 ピッと指を立てたルアドは、彼女に目を向ける。


「良いかい、例えば、君が鶏の捌き方を知識として知っていたとしよう」

「うん」

「ではそれを、いきなり包丁を握って解体しろ、と言われたら上手く出来るかい?」

「それは……まぁ無理ね」

「だろう? 他に、もし解体された鶏の(もも)しか食べる習慣がなかったとして、胸肉も食べれるんじゃないか? とかっていうことは、その部位しか活用されていなければ知る術はない」

「……えっと、なんか難しいけど言いたいことは何となく分かるわ」


 少し自信がなさそうなエンリィに、ルアドはニッコリとうなずいた。


「実施する、ってのは、そういうことなんだよ。例えば、ノーブル・ズゥの羽毛には風切羽がある」


 と、ルアドは魔獣に近づいて、その翼の一部をメスの先で示した。


「これに魔法的な加工を施すと、魔力を扱える人は〝宙に浮く〟ことが可能になるのさ」

「空を飛べるの!?」

「そう。その魔導具は『ズゥの浮き飾り』と呼ばれている。そんな風に、魔獣には色々な秘密が隠されているんだ」


 風切羽そのものに魔力回路があり、魔力を流し込むとノーブル・ズゥの巨体を浮かせているその回路が起動して浮けるのだ、と言われている。


 魔力回路そのものの研究は行われているが、まだ再現性がないのだ。


「へぇ……!! 不思議ね!」


 目を輝かせるエンリィに、ルアドは嬉しくなった。

 こういう話に興味を持ってくれる人は、思いの外少ないのだ。


 魔物学者としては、知り得た知識を話すことも喜びなのである。


「他にも、彼らが生きていく上で勝ち得た特性や身体機能を活用して武具や防具にしたりする。ボクは『なぜそうした能力を獲得し、それがどう活かされているのか』を知るのが、好きなんだよ」


 魔物と言われるモノたちが、未知のモノであるのなら。


「ボク自身を、知ることに繋がるかも知れない。それもまた、興味深いんだ」


 そう告げるとエンリィは、あ、と何かに気づいたようだった。


「お師匠様に、魔物って言われたんだっけ?」

「そう。得体が知れない存在にも、存在する理由があるし、一つ一つ見ていくと『生きるための力』だと分かる。だったら、師父にそう評されたボクの力や頭の中身にも、何かそうした理由があるかも知れないからね」


 ルアドはモノクルを指先で押し上げると、話を戻そうとした、が。


「なんか、難しいこと考えて生きてるのね。ルアドが魔物って言われたのは、単に強くて変人だからじゃないの?」

「その変っていうの、言う必要ある? ……でも、そうかも知れないねー」


 あはは、とルアドは笑う。

 

「まぁ、一番の理由は楽しいからだけどね!」


 そう言って、ルアドは解体を始めることにした。

 

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