魔物学者、団長と話し合う。
「あ、団長ー。ゴメンねー。連絡するの忘れてたー」
あはは、とルアドが笑いながら言うと、団長はジロリと周りの連中を見回した。
ーーー【魔の領域】専門冒険者集団団長、ソア・ヴリトラハン。
彼は、筋骨隆々の大男である。
マントとフード付きコートの間のような、眉間に当たる位置に黒い玉模様のある、真っ白な獣革の外套を身につけている。
頭は角刈り、顔はイケメンというより男前であり、左目の脇から首筋にかけて長く深い三本傷が刻まれている。
その傷は、今白い外套になっている【雷迅黒点虎】と呼ばれる貴族級の上位種、公爵級の魔獣によってつけられたものだった。
雷迅黒点虎は、小さな虎くらいの大きさで『時空変容』系の加速特性を持つ魔獣だ。
知性こそ低いが、その強さは魔族に匹敵する。
常人では捉えられない速度で移動する凶暴なそれと、昔遭遇した時。
団長は表情ひとつ変えずに、『わざと先に攻撃させてその効果範囲に入る』という相打ち一歩手前の……というか、ほぼ相打ちのカウンターで始末した。
仲間を守るためとはいえ、街からも遠い場所であまりにも無茶な真似である。
そんな彼に、たまたま野営に適した土地で夜を共にしていたルアドが、止血を施した後に大地の陽気を集まる魔法陣を張って治癒力を補助し、命を助けたのが出会いだったのだ。
即座に傷を癒す回復魔法などという幻想は、この世界には存在しないのである。
助かったのは、彼の頑健な肉体があり、運が良かったからに他ならない。
「どうしたの? なんか怒ってるみたいだけど」
魔物以上の威圧感を放っている彼に、エンリィと副団長達は、蛇に睨まれたカエルの如く固まっている。
「……何でコイツらが、お前と一緒にいる?」
「マタンゴの苗床にされてたのを、そこの子が助けて欲しいって言ったからー」
ルアドの答えに、団長は大きく鼻から息を吐く。
「相変わらずのお人好しだな。見捨てればよかったものを」
「んー、でも助けて欲しいって言われたしねー。反省してるっぽいし、もうどうでもいいよー」
命を粗末にする選択をしたことに憤りはあったものの、別にルアドはパーティーを追い出した彼らを恨んでいるわけではない。
「団長がそこまで怒ってるの、珍しいねー」
「お前が追い出されたところで別に危ないことはないと思っていたが、因果応報が世の常だ。それに仲間を追い出すような真似をする奴らは、俺には必要ない」
ルアドを追い出したから、副団長達を追い出した、ということなのだろう。
団長はかなり面倒見がいいタイプだが、どちらかと言えば自然の有り様に従うこの気質が、ルアドと気が合うところなのだ。
「まぁ、報いは十分受けたんじゃない? どうするかは団長の判断次第だけど、話くらいはしてあげても良いんじゃないかな?」
多分、副団長達は何か言いたいことがあるんじゃないかと思っての提案だった。
……それはもう一つ、ルアド自身の狙いもあっての発言だったが。
「天命があったか?」
「君のその、神を基調とする考えに沿うのなら、多分ね。彼女が今回の〝陽朱母神スイキ〟なんじゃない?」
と、話に乗ってきた団長に、ルアドはエンリィを指さした。
スイキは、この世界の調和を作り出したとされ、信仰されている女神だ。
全ての事象に論理がある、とルアドが考えるのと同様に、団長は全ての生命にはその女神の天命がある、と考えている。
要は運命とも言い換えれるが『全ての生死には意味がある』という思想なのである。
その部分は、『生死に意味はなく、ただ在る』と考えるルアドとは決定的に違う部分だが、別に否定しようとは思わない。
そういう考え方もある、というだけだ。
「彼女が救えと言い、ボクは助けた。それだけの話だよ。解釈は好きにするといい」
団長はジロリと彼らに目を向けると、腕を組んだまままっすぐに副団長の目を見て名前を呼ぶ。
「アスラン」
「はい……!!」
「お前は道を違え、結果としてルアドの救いの手によって、その命を拾われた。因果は巡り、お前は命を手にした。そこに、学びを得たか?」
「……オレが、間違っていました」
「そうか」
団長は小さく頷くと、腕組みを解く。
「ならば、二度と道を違えるな。二度目はない。お前には、戦う力はない。だが人に慕われ、調和を重んじ、導く才覚はある。故にこそ、副団長に据えた。だが未だに見る目が足りんようだ」
副団長……アスランは、初期のメンバーである団長の側近に比べて、戦闘力は微々たるものだ。
だが彼の言う通り、人を纏める能力に長けている。
ゆえに副団長に任命されていたのである。
だからこそ他の者達の不満を拾い上げて、ルアドが働いていないように見えることを、良しとしなかったのだろう。
「ただの団員として出直すのなら、戻ることを許す。副団長に戻すかどうかは、その後の働き次第だ。俺から離れ、そいつらと一から出直すのも良いだろう。そこはお前が考えろ」
アスランは、少し黙った後、こう答えた。
「……少し、考えます。時間を下さい」
「良いだろう。明朝決めろ」
対話が終わった、と思ったら、団長は今度、こちらを見た。
「それともう一つ、俺には気に食わないことがある。お前に対してだ」
「何?」
「そいつは俺の獲物だった。なぜお前が倒している?」
ーーー上手くごまかせたと思ったんだけどなー。
やっぱりそんなに甘くなかったらしい。
ルアドはポリポリと頬を掻きながら、へらりと笑みを浮かべる。
「襲ってきたからだよ。横取りしたわけじゃないよ?」
団長は『朱神の戦士』を自称し、強大な魔獣や魔族……〝瘴気のモノ〟を狩ることを目的としているのだ。
魔物が暴れたり、【魔の領域】が拡大することにより、この世の調和が乱れることを良しとしないから、魔物を狩る。
その上で、『自らの手でそれを成す』ことを至上の喜びとしているのだ。
「今回は君に天命がなかったんじゃない? それはボクに怒っても仕方がないよね?」
団長が怒るポイントは、そうそうない。
最初に彼が待ち受けていた時に、困っていたのもそれが理由だった。
「……本当か?」
団長が他の面々に問いかけると、彼らはコクコクとうなずいた。
「ならば仕方がないな。……我が女神は、本当に気まぐれだ!」
ーーー関係ないと思うけどなー。
この男は、たいがい変人である。
なんで自分が魔物を倒せなかったことが、何で女神の気まぐれになるのか、さっぱり分からない。
ようやく雰囲気を緩めてくれたので、少しホッとする。
争いごとになるのは嬉しいことじゃないからだ。
「あ、ついでにこれ、隣街で換金してきてくれない? 報酬は、山分けで。半分は村に、残りは君たちと副団長たちで持っていくといいよ」
「俺が始末したわけでもないのにか?」
「今回の【魔の領域】行軍もタダじゃなかったでしょ。誰が倒したとかどうでもいいし、依頼主からがっぽり貰えばいい。ボクはコイツを解体させてくれればいいし」
「……金にならないほど細切れにはするなよ」
「心得てるよー。塩害をどうにかするのにも、ある程度お金は欲しいしね」
金に興味はないが、やりたいことをするためには、ないよりもある方がいい。
これから村に滞在させてもらうためにも、お金は必要なのだ。
「なら、中に入るか」
「そうしよ。他のメンツは?」
「集会所にいる。どこか外に出ているかもしれんが」
まぁ、側近……初期メンバーは自由な連中なので、そんなものだろう。
「ていうか、どうしてここが分かったの?」
「隣街周辺にある村をいくつか回った。そうしたら、お前の外見に一致する旅人が来た、と村の住人が言っていたからな」
「なるほど」
心配していなかった、と言う割に、一応探してはくれたらしい。
「というか、塩害だと? この周りの草が枯れているのはそのせいか」
「そうだよ。あ、ボク、しばらく抜けるからねー。ちょっと色々やりたいんだよー」
中に入りながら、ルアドが『魔物特性による塩害の浄化』についての構想を話すと、団長は眉根を寄せた。
「魔物の力を使って調和を取り戻すだと? お前は相変わらず、意味の分からない思考回路をしているな」
「ゴメン、ちょっと君にだけは言われたくない」
そんな言い合いをしていると。
「……どっちもどっちだと思うよね? クーちゃん」
『!』
「「失礼な」」
後ろでエンリィがボソリとつぶやいた言葉に、ルアドと団長は、同時にそう答えた。




