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魔物学者、団長と再会する。


 ボッ、と音を立てて、ノーブル・ズゥの頭が炎の渦に包まれた。


 ギャォオオオ……! と咆哮を上げかけた魔獣の声が途中で途切れる。

 火の現象によって大気が燃えると、呼吸が出来なくなるのだ。


 バサバサ、と大きく翼を羽ばたかせると、翼に籠った魔力が解放されて鎌鼬(カマイタチ)の魔法が発生する。


「おっと」


 素早く防御の魔法陣を描いたルアドは、冒険者とエンリィごと自分達を防御結界で覆った。

 いくつかが表面に当たり、キンキン! と音を立てながら弾ける。


 やがて、ぐらりと空中でノーブル・ズゥが傾ぎ、そのまま重さを感じさせる、ゆったりとした動きで落下を始めた。


 息絶えたのだろう。


 パチパチと弾ける浄火によって、その体を包む瘴気が焼けてその肉体から消えてゆく。


 ズゥン! と地面を揺らしながら少し離れた位置にノーブル・ズゥが落ちたところで、一応警戒しながらルアドは歩み寄った。


「ごめんね……」

 

 言いながら、まだ頭が燃えながら軽く痙攣している魔獣に片手で手刀を切ると、痙攣が収まるのを待った。


「一撃……!」

「魔獣を、こんなにあっさり……」


 後ろから恐る恐る近づいてきた副団長とエンリィに、パタンと記録書を閉じたルアドは肩を竦める。


「魔獣だろうと魔物だろうと、生物としての姿を持っていれば、ほとんど体の構造は同じだよ。火の属性を持っていたり、特異な進化を遂げたりしたら例外はあるけど」


 ノーブル・ズゥはほとんど、巨大な鳥と変わらない。


 空中から魔法を使って獲物を狩る点。

 強固な魔導強化で体を鎧っている点。

 その巨体を空中に浮かせ続けられる、浮遊魔法を行使する魔力量など。


 真正面から闘うことを考えれば、並大抵の冒険者では太刀打ちする方法が少ないので、強いのは間違いないが。


「体に溜め込んだ瘴気による『聖属性魔法の中和』を突破出来れば、こんなもんだよ」

「口で言うほど簡単なことじゃねぇだろ……! テメェ、そんなに強かったのか……!?」

「強かったら何なの? ボクは無闇に生き物を殺したり、自分から介入するのが好きじゃないんだ。だから、戦闘に参加しなかっただけだよ」


 団長について行っていたのは、彼が金儲けのためだけに魔物や魔獣を狩るのではなく、人間の領域を犯したモノや【魔の領域】に棲むモノしか狩らないからである。


 あの地域の狂った気候と生態系を調査すること自体には興味があるし、団長と側近連中がいる方が、常に気を張らなくて済むから一人で行動するよりも安全だったことも大きい。


 副団長を筆頭に絶句する冒険者たちを放っておいて、ルアドはエンリィに笑いかける。


「まぁ、ノーブル・ズゥを狩るのは悪いことばかりじゃないとは思う。村の財産になるよー」

「え?」

「塩害で、作物がほとんど取れないんだろう? 内職で食い繋ぐにも限界があるし、素材にして売り払えば、来年の冬くらいまでは乗り切れるんじゃないかな?」

「い、良いの……!?」

「ボクはお金には興味ないからねー。それに、村にしばらく住ませてもらうんだからそれくらいはするよー。ノーブル・ズゥの解体は一回やってみたかったしさ」


 狩ってしまった命は戻らない。

 なら、せめて有効に活用するのだ。


 そうして荷物をまとめ、魔法でノーブル・ズゥの体を浮かせて帰路についたルアドは、道中でエンリィが何度もその巨体を気にしているのを目に留めた。


「何か、気になる?」

「うん……何でか自分でも分からないんだけど……なんだか、クーちゃんと会った時みたいな感じがする」


 その言葉に、ルアドは興味を持った。


「魔物使いの感覚に、何かが引っかかってるってことかな?」

「分からないけど、そうかも……」


 死んだ魔物にもそれを感じる、ということなのだろうか。


 魔物使いに関して知っていることは『魔物の個体とお互いに惹かれ合う』らしいことと『心を通わせた魔物を魔物使いが育てると、野生の個体よりも強くなる』ことが多い、という話くらいである。


 もしかしたらノーブル・ズゥも、倒さなければエンリィと心を通わせていた可能性があるのかもしれないが……彼女自身は魔獣の出現に怯えていたので、ルアドには、その辺りの判別はつかなかった。


 そもそも魔物使いは、あまり歓迎される風潮がない才能なので研究資料自体も数が少ないのだ。


「不思議だねー。じゃ、こいつがボクらの目の前に現れたのも、もしかしたら君に惹かれたからなのかもねー」


 どういう感覚なのかは興味があるが、それは今後、彼女との対話で聞いていけば良いだろう。

 そう思っていると、逆にエンリィが尋ねてくる。


「私も不思議。魔物も、魔獣も、動物や植物と変わらないなら……動物や、魔物と魔獣の違いって、何なの?」

「魔導を扱う生物かどうかと、瘴気の有無だねー」


 彼女の疑問に、ルアドはあっさり答えた。

 それは既知の事柄であり、魔物と魔獣、魔族の区分については大まかに分類が決まっている。


「魔物は魔導の力を扱う生物、だから、大きな括りの中では魔族も魔獣も魔物だ」


 その中でも、死霊のような非実体……厳密には生物と呼べないような独自系統の魔物も存在はするが、重要なのは魔導の力によって存在している、という部分である。


「魔物は、瘴気に影響されると変異を遂げることがある。通常の生物よりも、天地の気……火や水といった属性の影響を強く受けるからだ、とされているけど」


 多くの魔物は、瘴気に影響を受けると強大化する。

 中には、人間もそうなのだが瘴気に耐えきれずに死ぬ個体もいて、変異するか否かは個体差による部分が大きい。


「ノーブル・ズゥも、元々はズゥと呼ばれる、二回りくらい小さい怪鳥種の魔物が瘴気によって変異したモノだと言われているね。それが魔獣だ」

「瘴気、は、悪いものだって言われてるけど……」

「基本的には、土地や天候にも影響を与える毒気だからねー。大量に溜まると、病気になったりすることもあるし」


 【魔の領域】で生物が死滅するわけではない以上、結局はその環境に適応するかどうかなのだと、ルアドは思っている。


 魚は基本的に陸上には住めないが、足が生えて歩けたり、水でも陸上でも動ける生き物が存在するように。

 『瘴気を肉体に含む』という環境に、適応したのが魔獣なのだ。


「じゃあ、魔族っていうのは?」

「対話可能な知性を獲得した魔獣……あるいは、人間が瘴気によって変異したモノ、と定義されているね」


 人も、個体によってはルアドのように魔法を扱う。

 それが魔導士と呼ばれる者たちだ。


「魔法の中には、禁忌とされる呪法が存在する。はるか昔、まだ魔法が〝呪紋〟と呼ばれていた神代の時代に、強大な悪龍の力を手にしようとした者や、あるいは不死足らんとした者が研究して生み出したものだ」


 吸血鬼や、人狼などは、瘴気によって変異した者やその末裔もいれば、自ら望んで、呪法によって不死化した『始祖』と呼ばれる者もいるらしい。


「それらが、魔族だ」

「に、人間も変異するの……?」

歩く死体(ゾンビ)怨霊(ゴースト)も、場合によっては人が変異したと言えるね。魔物に分類されているのは、それらの多くが対話可能な知性を持たないからだ」


 生物である以上、人もまた、自然の影響からは逃れられないのだ。

 瘴気もまた、自然の一部ではあるのだから。


 そんな話をする内に、だんだんと草が枯れた村の近くに着いたルアドは、村の入り口にたむろしている一団を見て、軽くモノクルを指先で押し上げた。


「あれ?」

「あ……」


 その姿を見て、副団長たち冒険者もざわめく。


「……知り合い?」

「ああ、うん」


 ルアドは、少し困りながらうなずいた。

 そこにいたのは、連絡を取ろうと思って、そのまま忘れていた団長と側近たち。


 ーーー団長が、怒り顔で門の前に仁王立ちしていた。

 



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