魔物学者は〝魔獣〟と遭遇する。
「ーーー悪かった」
二時間過ぎたので、川から冒険者たちを引き上げると。
副団長は膝をつき、体温が下がり過ぎて紫に唇を染めたまま、体を震わせながらその場で頭を下げた。
「俺が間違っていた」
「分かったなら良いよ」
縄を解いても誰も暴れ出したり文句を言おうとはしないので、とりあえず自分たちの服と一緒に『乾燥の魔法』を掛けた上で、焚き火に当たらせてやる。
過ぎたことは過ぎたことで、反省しているならそれ以上を求めるつもりは、ルアドにはなかった。
ミスを責めたところで、過去が変わるわけではない。
未来で同じことをすれば、そこでどうするか考えれば良いのである。
とりあえずそのままだと動けるようになるまでに時間がかかるので、ルアドは彼らの体温を上昇させるために荷物からモノを取り出す。
少量だが強い酒と、粉末にした体温上昇の薬草を与えると、冒険者たちは礼を言いながらそれを飲み干した。
ずいぶんと素直になったものである。
「で、これからどうするの? ボクらは村に戻るけど」
冒険者たちが薬と酒を飲む間に、エンリィに着替えを手渡すと、彼女はそそくさと草陰に向かった。
ルアドは気にせず、その場で着替える。
「君たちも来る? 荷物もないし、村も水以外は分け与えるほど食料があるわけじゃなさそうだけど……」
隣街は近いようなので、一時凌ぎくらいにはなるだろう。
ルアドの提案に、副団長はうなずいた。
「……心を入れ替えて、1から出直そうと思う。俺は、驕っていた」
「そうだねー」
そこは否定するところでもないので、ルアドが首肯した……ところで。
「ま、魔獣ーーー!?」
草むらから、着替え終えたエンリィが、胸にクーちゃんを抱えてそこから飛び出してきた。
「魔獣?」
ルアドがそちらに目を向けると、青い顔をしたエンリィが空中を指さした。
「あれ、あれ!!」
空を見上げると、遥か上空に、一つの影が見えた。
ただの鳥、にしては高度のわりに巨大である。
目算で、おそらく10メートルはあった。
「確かに魔獣だね。……なんかこっちを見てる?」
体の周りが黒く染まって見えるのは、瘴気によるものだろう。
魔獣は、魔物よりも【魔族】と呼ばれる存在に近い。
魔物に比べてかなり凶暴で知性も高く、何より周りの環境に与える悪影響がかなり酷い。
こうした魔獣が数多く生息しているから【魔の領域】は危険であり、また中の天候や環境などが不安定になっていると言われているのだ、が。
「あれ、貴種怪鳥じゃない?」
ーーー【ノーブル・ズゥ】。
魔獣の中でも、特に強大なモノに与えられる貴種の称号を持つ怪鳥系の魔獣である。
知性も高く、ノーブル種に指定されている魔獣は、種類によっては会話による意思疎通すら可能とされていた。
ズゥはそうではないが、ふと、ルアドは気付く。
「ねぇ、あれ、団長が狩りを引き受けたヤツじゃないの?」
装備の素材としても、懸賞金の面でもかなり高額になるあの魔獣が、最近【魔の領域】から出てきて人を襲うようになった……という話から、団長率いる冒険者パーティーに依頼が回ってきたのである。
副団長に問いかけると、ゆっくり旋回しながら降下してくるノーブル・ズゥにゴクリと喉を鳴らしながらうなずいた。
「た、多分そうだ……ど、どうする!?」
「どうするって言ってもなぁ……団長、もしかして取り逃したのか?」
ルアドは、モノクルを軽く指先で上げながら、ジッと魔獣を観察した。
どうやら、視線の先が固定されている。
アレが狙っているのは。
「ーーーエンリィを、見てる?」
「えぇ!?」
ルアドの推察に、エンリィが驚きの声を上げた。
「どどど、どうして!?」
「さぁ。……魔物使いは、もしかして魔物を引き寄せる匂いでも放ってるのかもねー」
もしそうだとすれば、興味深いが。
「とりあえず、それを確かめてる余裕はなさそうだし……始末、しようか」
全然気が乗らないながら、ルアドは【賢者の記録書】を開いた。
あのノーブル・ズゥはすでに人を襲っており、被害が出ていたはずだ。
そして今、エンリィを狙っているということは、ここで逃すと損害が出るし……好き勝手に【魔の領域】から出て来られては、瘴気によって自然に悪影響も出る。
ーーー放っておいても、他の冒険者に狩られるだろうし。そうでなくても、いずれ団長に狩られるしね。
ここで逃がしても先延ばしになるだけで、結果は変わらない。
「悪く思わないでねー」
「どうするつもりだ!?」
「ルアド、勝てるの!?」
副団長とエンリィの問いかけに、ルアドは素早く魔法陣を描きながらうなずいた。
「あんまりやりたくはないけどね。ーーー〝浄火よ、灼き払え〟」




