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魔物学者は、魔物使いの少女にますます興味を持つ。


「たた、助けてくれぇ!!」

「ん?」


 エンリィから新たな知見を得たルアドは、聞こえた声に目を向けた。

 すると、縛り付けて沈まないように川に晒している連中が、目が覚めたようで何か騒いでいる。


「ま、魔物が! ホラフキ貝が!!」

「ああ、そういうことか」


 ルアドは、彼らの言葉を受けて立ち上がった。


「魔物なの!?」

「多分、下流までまだ無力化されてない胞子とか、連中の体に染み付いてた瘴気とかが、流れていったんだろうね。だから浄化しに来たんだよ」


 ホラフキ貝は、清浄な水を好む。


 そのために水質を保つ能力を備えており、汚れた水を追って徐々に上流に上がってきて、ちょうど良い獲物を見つけたのだろう。


 その連中が、瘴気の原因である。


「た、助ける、わよね?」

「そりゃ助けるよ。ホラフキ貝は殺さないけどね」


 助けを求められた上に、勝手に川をこちらが汚したのは事実なのだ。


「ていうか瘴気って、水に流れるのね……」

「水は陰の気配……闇の属性との親和性が高い。だからすぐ取り込むし、薄まれば浄化される」


 腐った水が毒にもなれば、聖属性を得れば聖水にもなるのは、水のそうした性質によるものだ。


 ルアドは川に近づくと、【賢者の記録書】を取り出した。

 そして指先で魔法陣を描き、必死でホラフキ貝から逃げようと足掻いている連中の周りに、防御の結界を張る。


「〝守り(たま)え、防ぎ給え〟」


 パキィン、と音を立てて、彼らの周囲に淡い半球状の光の幕が形成された。


 続いて、村で分けてもらった干し肉をいくつか取り出し、その一つに『鳴き声の魔法』を掛けると、下流に向かって放る。

 

「エサだよー」


 干し肉は、ベェ、ベェ、と複数の大型の草食獣が助けを求めるような鳴き声を上げていた。


 ユラユラと、鈍い動きで水面下から冒険者たちに迫っていたホラフキ貝が動きを止め、川を流れていく干し肉に意識を向ける。


 染み付いた程度の瘴気や、マタンゴの胞子による水質汚染は微々たるものだ。


 そして鳴き声から、目の前の冒険者たちよりも大量の獲物がいると判断したのだろう、身を翻してゆっくりと離れていった。


 流れが速いと、先に干し肉が流れ切って戻ってきてしまうかもしれない。


 なのでルアドは、少しの間、川岸をホラフキ貝の歩みに合わせてついていき、何度か同じ作業を繰り返した。


 万一戻ってきたとしても、その頃には冒険者連中を引き上げられるようになっているだろう。


「これでよし」


 争いごとは極力、ない方がいい。


 元の場所に戻ったルアドは、結界の中で顔を硬らせている連中の中にいる、副団長に声をかけた。


「テメェ、ルアド……!?」

「団長はどうしたの?」


 薄々状況は察していたが、確実ではない情報なので一応問いかける。


「ボクを追い出したことで、見捨てられたのかな?」

「うっ……!」


 副団長が言葉を詰まらせたので、図星だったようだ。


「目に見えることだけが全てじゃない、って、理解出来たかな? 人に文句をつけたせいで、団長に怒られて、あげくにマタンゴの領域に不用意に踏み込んで、寄生されて……群れを危険に晒すのは、ボスにあるまじき行為だよ、お山の大将」

「……ぐ、ぐ……!」

「エンリィに感謝することだね。ボクだけだったら、君たち自身の責任として見捨ててたところだ」


 ルアドは、現状と、なぜ彼らが水に浸かっているのかを説明してやり、その上でこう告げた。


「自らの無謀さで命を粗末にする奴に、掛けてやる慈悲は、本来ないんだよ」


 少しは自分の頭で考えてね、と言い置いて、ルアドはエンリィと共に焚き火の側へ戻る。


「ちょっと、厳しいんじゃない?」

「助けた以上は、せめて今後、命を粗末にしないようになってもらわないと、助けたのが無駄になるじゃない。ただでさえマタンゴに迷惑を掛けてるんだしさ」


 マタンゴは、危険や、土地が生存に適さないといったことを感じると、自ら動いて移動を始める。

 その移動に必要なのが、動物の骨なのだ。


「一部でも置いておいて逃げられるなら良いけど、ボクたちは彼ら全員を助けた」


 今回は、マタンゴたちの一部も採取しているから、全滅はしないけど。


「命を救うことは、同時に命を殺すことに繋がる。生きるために、動物を食べるのと同様に、犠牲は常に生まれる」


 襲われている草食動物がいたとして、群れを一部ではなく全部救えば、肉食動物が飢えて滅ぶことになる。


「救うというのは、そういうことだ。……君も、覚えておいたほうがいい」


 そうルアドが告げると、エンリィはうなずいた。


「そうね。その通りだわ」

「だから彼らには、救われた自分たちの命が、今までよりも遥かに重いと自覚してもらわないといけない。ボクは厳しいかい?」

「……違うかも、しれないわね」

「ボクらは人だ。だから人を大切に思うのは、普通のことだとは思う」


 ーーーボクにはあまり、理解できないけど。


 内心でそんな風に思っていると、エンリィがジッと、ルアドを見上げてくる。


「何?」

「あなたは、人に興味がないんじゃなくて、もっと大きなものを見ているんだと思うわ」

「そう?」

「……だってきっと、その理屈で行くなら、ルアドは人が一方的に意味もなく殺されそうになっていたら、助けると思うもの」


 ルアドは、その言葉を聞いて。

 トントン、とこめかみの辺りを軽く叩きながら、少しだけ考えた。


 確かに、そうかもしれない。


 そんな状況に、出会ったことはないけれど。


 ルアドは思いつつ、エンリィに微笑みかける。


「それもまた、新たな知見だ。ーーーボクが大きなものを見ているのなら、君は真理を見つめているね」


 そう言葉を掛けると、エンリィは戸惑ったような顔をして、それから笑みを返した。

 口元から、ちらりと八重歯が覗く。


「よく分からないけど、褒められると嬉しいわね!」

 

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