第十六話
ユーディーが暗い森を抜け、ビブリオシュタットに戻った頃には、すっかり空が暗くなっていた。そして夜のビブリオシュタットで彼女は見慣れた顔に出会う。
「幽霊じゃ、ないよね」
金髪ショートカットの女性は、おどけた口調でそう言った。
「リーゼ、どうしてキミがここに?」
予想外の情報屋の登場に、ユーディーは驚きと疑問の混ざった口調で相手の名前を呼んだ。
「グスタフさんに頼まれたの。あなたからの連絡がないから様子を見に行けって」
「おじいさんが……」
埃と泥で汚れたミリタリーコートと珍しく疲れを顔に出すユーディーを、リーゼは見遣る。
「何かあったの?」
「まぁね。それでちょっと仕事を頼みたいんだけど」
「それじゃ、適当なお店に入って話しましょうか。その様子だとどうせ何も食べてないんだろうし」
ユーディーの様子がどこか思い詰めているようだったので、休憩も兼ねての提案する。
「そうだね、そうしようか」
疲れた足を引きずるように歩き出すユーディーの前に、リーゼは歩み寄る。
「っと、その前に……」
乱れた黒髪を簡単に整えて、ミリタリーコートの埃を払ってやった。
「もう、せっかくの美少女が台無し」
リーゼはからかうような笑顔をユーディーに向ける。それが彼女なりの気の使い方であることをユーディーは承知している。
「ほっといてくれ」
だからユーディーは、微笑みながら悪態をついた。
酒と簡単な料理を提供してくれる街の大衆酒場を見つけ、二人はその騒がしい店内を商談の場所とした。運良く空いていた壁際の席に着くとまず、リーゼはエールビール、ユーディーはコーヒーとライ麦パンのサンドウィッチをそれぞれ注文する。
「やっぱり、『教団』だった」
注文の品が来る前に、ユーディーは話を、それも核心から切り出した。
「きな臭いとは思ってたけど、まさかユーディーに一泡吹かせる程の兵隊まで持っていたとは、驚きだわ」
「傭兵なのか、『教団』の私兵なのかは分からないけど、厄介なのは間違いない」
ユーディーはあの赤髪の男のことを思い出していた。彼と同等の手練れが、もし複数敵の戦力に居るとしたら、果たしてエファを助けられるだろうか。いや、必ず助けなければいけない。ユーディーは迷いと弱気を懸命に頭の中から追い出す。
「『教団』と事を構えるつもり?」
リーゼは肩肘をつきながら、ユーディーの顔を見つめる。
「ああ、エファを助け出す」
ユーディーは瞳の奥に強い意志の光を灯して、答えた。
「その護衛対象……いまは救出対象か、無事なの?」
リーゼの問いは、ユーディーの懸念でもあった。
「司教と呼ばれていた男の口振りからすると、すぐに彼女の命を奪うことはないと思う。けど、できるだけ救出は急ぎたい」
命は奪われなくても、エファの心や身体に深い傷が負わされないとも限らない。時間をかければかけるほど、その危険性は高くなるとユーディーは考えていた。
ウェイトレスが注文の品をテーブルへ運んでくる。リーゼが代金とチップを支払うと、流れるような動きでウェイトレスは再び喧騒のホールへ消えていった。
「なるほどね。それで、あたしに頼みたい仕事は何かしら」
ビールのジョッキを片手に、リーゼは言った。
「まずは、『教団』の本拠地になっている建物の見取り図。これが最優先。できればその近くに捕虜とか捕らえておけるような場所や建物があるかも知りたい。明日の午後までに」
「本当に急ぐのね。まぁ、それくらいならなんとか調達できると思うけど」
それとこれは急ぎじゃないんだけど、と前置きをしてユーディーは続ける。
「奴らはどうしてエファがこの街にいるとわかったのか気になるんだ。偶然見つけたにしては誘拐の手際が良すぎるように感じたし。まるでこっちの行動が筒抜けになっているみたいだった。どこから情報が漏れたのか、調べてみて欲しいんだ」
ユーディーはそこまで告げると一旦コーヒーを口に運んだ。そして思い出したように付け加える。
「それと、おじいさんに上手く言っておいてくれないかな」
「それが一番難しい仕事ね」
リーゼはジョッキを空にして笑った。
「それで、報酬は?」
「これはボクの考えだけど、『教団』はこんなまともじゃない手段を使うくらいだから、裏社会の組織ともそれなりに繋がっているはずだと思うんだ」
「あたしも、そう思うけど」
「そういった面で『教団』から引き出せる情報は、全部キミに渡すよ」
ユーディーはサンドウィッチを手に取りながらリーゼに報酬を提示する。
「それは確かに、情報屋としては魅力的ね」
「あと、あのバーでマティーニを奢るよ」
そう言ってサンドウィッチを齧る。
「オーケー、それで引き受けましょう」
リーゼの承諾を聞いて、ユーディーは口の中身を嚥下した。




