魔人と師匠の幸福な時間
ラウル師匠は、いつものヘラヘラとした偽りの笑顔なんかじゃない。リーティアを見つめる瞳は、真摯でまるでその目が、好きだと言っているようだった。
そう自覚した瞬間から、私はかつてずっとそうだったように、体の奥から成り行きを眺めるだけの存在になる。
一瞬だけ、表に出られることにはもう慣れているけれど、どうしてこんなことが起こるのか、いまだに理解しかねる。
「……ラウル様」
「ふふ。さっきの師匠さんって呼び方、もうしないの?」
「何仰っているんです? 本当に、おかしなお方」
「えぇ、ひどいなあ。おかしかったのは、リーティアの方だったのに」
幸せな空間、幸せな時間。
でも、海底神殿を沈めてしまった冷たい目をしたあの人と、ラウル師匠が同一人物だとはとても思えない。
もしかしたら、私がいるのは海底神殿が沈む前なのかもしれない。
リーティアが、そっとラウル師匠にすり寄った。
「えっ。どうしたのリーティア」
「ラウル様……子どもができたみたいなのです」
「えっ?!」
頬を赤らめるリーティア。
目を見開くラウル師匠。
体が高く浮き上がる。
次の瞬間、リーティアの体は、高く抱き上げられていた。
「危ないですわ……!」
「ごめん! 嬉しくてつい」
そう言いながらも、リーティアは内心穏やかではないことが、私にも伝わってくる。
「私……、幸せです」
「俺もだよ。だからずっとそばに」
「はい……」
でも、なぜか私には分かってしまう。
ずっと二人で幸せには過ごせないことを。
「座っていて! 絶対無理したらダメだから」
「ふふ、大袈裟です」
「今日は、ご馳走を作らないと!」
ラウル師匠は、部屋の外に飛び出していく。
その様子を微笑ましいものを見るようにしたリーティアが、表情をかげらせて、つぶやいた。
「……でも、この子たちのためにも、魔人の国に繋がる扉は私が閉めないと。だから、ずっと一緒にはいられないの。ラウル……」
ほんのりと、リーティアの体を金色の魔力が纏った。私と同じ色の魔力。
「レナス、この体を返すこともできない私を許して」
リーティアが鏡を覗き込む。
この鏡は、公爵家の私の部屋にあったものと同じだ。
その瞬間に、私の腕を誰かが強く引き寄せた。
「――――っ?!」
「アイリス!」
振り返るとそこには、私の腕を掴んで瞳を心配そうに揺らしたフェリアス様がいた。
「アイリスがなぜか、鏡に吸い込まれてしまうかと思った」
――――うん。実際に吸い込まれました。まあ、実際はレナスの中にというのが正しい気もしますが。
「フェリアス様……ラウル師匠に会わないと」
「――――アイリス、一体何が起こった」
「リーティアとラウル師匠は、結婚していたんです」
「は?」
フェリアス様が、唖然とした顔を見せた。
これは中々見られない表情だ。
まずは、今起こったことをフェリアス様にわかるように説明しなくては。うまく説明できる気がしないけれど。
でも、今見た光景は、たしかに現実だったのだと、そして全てを終わらせる鍵は、ラウル師匠が持っている。そう、私は確信していた。
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イラストは木ノ下きの先生に描いていただきました。加筆改稿書き下ろしたっぷりの電子書籍版もどうぞよろしくお願いします(*´▽`*)