鏡と帰還
しばらくの間、図書室にこもっていた私が、外に出た時には日が傾きかけていた。
我が家ながら、聖女の家系としてたくさんの冒険譚があるシェラザード公爵家の物語は、まるで物語を呼んでいるみたいに興味深いものばかりだった。
――――特に、騎士と恋に落ちてしまい駆け落ちしたお嬢様が、英雄になった騎士を支えて聖女として活躍する話が良かったわ……。秘匿されていた物語だけあって、現実のことなのだろう。
気になったのは、恐らくそのお嬢様は生贄になるべき人間だったのだろうということだ。
けれど、増え続けた魔獣はすべて英雄が屠っていった。
いつしか、扉は自然としまったのか。それとも、聖女が閉じたのか。
ロイは、シェラザード家を継ぐための勉強に忙しいらしく、途中で退室してしまった。
私は、以前と変わらずに整えられたままの私が過ごした部屋に入る。
その時、ふと目に入った鏡から目が離せなくなってしまった。
――――こんな鏡、なかった。
そして、その鏡はいつも夢に出てくる鏡と限りなく似ている気がした。
私は、引き寄せられるように鏡に向かってふらふらと歩いていく。
たぶん、この鏡を覗き込んだら……。
「バカ! 今すぐ離れろアイリス!」
その時、ハスキーな懐かしい声がした。
「……まーくん」
「どうして、危険にすぐに吸い寄せられるんだ! 本当に、お前たちの魔力のせいか? リーティアも……」
「リーティア?」
「ああ、リーティアもなぜかいつも危険や脅威に巻き込まれるやつだった」
まーくんとリーティアが、とても近しい関係なことは気がついていた。
でも、はっきりとまーくんが口にすることはなかったから……。
「――――この鏡、どこから来たの?」
「もともと、この部屋にあっただろう?」
「え……?」
「アイリスが、出られないでいる間、決して近づこうとしなかっただけだ」
そうなの……。どうして、悪役令嬢としてのアイリスは近づこうとしなかったのだろう。
そして、どうしてこんなに存在感のある鏡が記憶にないのだろう。
「そう……たしかに、この部屋に帰ってきたのは、この体になってから初めてだわ」
「ああ。だから、近づくな。せめて、フェリアスに相談してからにしろ」
「止められるわ……」
「当たり前だ……」
まーくんは、かわいらしい外見で見えない溜息をつく。
そっと、私はずっと一緒にいてくれたそのぬいぐるみを持ち上げる。
クッタリしていたその体に、躍動感あふれていて安心する。
「おかえりなさい。ロイを守ってくれてありがとう」
「――――恩を返しただけだ」
「そうね。魔力はロイから貰う?」
「アイリスから貰うと、フェリアスに闇討ちされそうだからな」
その瞬間、私の部屋の扉が勢いよく開いて、小さな影がすごい勢いで飛び込んできた。
小さな体が、思いっきり私と、私が抱き上げた魔人うさぎに抱き着いてくる。
「マーリン! やっと帰ってきたんだね! 待っていたんだよ?!」
「――――ちゃんと、おとなしくしろって言っただろ? たまに見える光景に、肝を冷やした」
「……マーリン。もうどこにも行かないで」
「はっ。寂しがり屋だな……。そんなんで、公爵になってやっていけるのか? ……あと、淑女の部屋にはいる時はノックしろよ?」
誰よりも急に部屋にやってくるまーくん。その言葉に私は笑顔のままで首をかしげる。
その直後、するりと私の手からすり抜けた魔人うさぎが、新しい主人の手の中に納まる。
すぐに、その体は金色の魔力を纏って輝く。
「……魔力制御、腕を上げたんだな。ロイ……」
「僕のせいで、マーリンが眠るなんて二度と嫌だから」
「そうか……。ま、これくらいで泣くなんてまだまだ俺がいないとだめだな?」
ロイが、少しだけ伸びたその腕でギュウッと魔人うさぎを抱きしめる。
私は、ただその微笑ましい光景に目を奪われていた。
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イラストは木ノ下きの先生に描いていただきました。加筆改稿書き下ろしたっぷりの電子書籍版もどうぞよろしくお願いします(*´▽`*)