海底神殿
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眠りに落ちたように感じた直後、目を開くと見たことのない神殿の前に立っていた。
そして私の目の前にいるのは、柘榴石のような赤い瞳をした魔人、デュランだった。思わず構える私に気が付いていないように、デュランは幸せそうに私の後ろへと視線を向けて笑いかけた。
「やっと、追いついた。探しましたよリーティア姫」
そこに立っていたのは、淡い金色の髪に私と同じ氷のような淡い水色の瞳をした少女だった。たぶん、彼女こそ魔人たちが聖女と呼ぶ存在。シェラザード公爵家の祖先なのだと当たり前のように納得した。
「デュラン……もう、やめて?あなたはどうしてこの世界の人間を」
そう言って、悲しそうに叫ぶリーティア。
「魔界と違ってこの世界は安全です。皆でこの世界に住みましょう」
「この世界の人たちの体は、この世界の人のものです……」
「姫がそれを言うの?だってその体は公爵家の」
魔人たちの体は、この世界の人間のもののようだ。私が経験している悪役令嬢アイリスへの転生に対して、魔人たちのそれは転移と呼ぶのが近いと思う。
「……」
その瞬間、白銀の魔力がその場を満たした。
そこに立っていたのは、筆頭魔術師にのみ許される夜空のような色をしたマントを身につけ凍てつくような冷たい瞳をした男性だった。
フェリアス様とは違う、でもこの魔力はまるで……。その男性の唇から「……リーティア」と低い声が紡がれる。女性がその男性に抱きしめられるのを、まるで懐かしい夢を見ているような気分で見つめた。
神殿全体が白銀の魔力に満たされ、強力な魔法が行使される。
ただその光景を熱に浮かされた時のようにぼんやりと見つめる私は、そこに迫る危機に気が付くことはなかった。
「アイリス!」
聞きなれた少しハスキーな声が聞こえた時に、目の前に高い波が迫っていることにようやく気が付く。困ったことに今から逃げても間に合いそうもない。
諦めそうになった次の瞬間、手首をつかまれて抱き寄せられた。
その声と温かさにようやく我に返る。気が付けば、さっきまでいたあの神殿がはるか下で海の中に沈んでいくのが見えた。
「この馬鹿アイリス!あんなのに飲まれたら、帰れなくなるぞ」
神殿を沈めるのは、明らかに魔法によって引き起こされた波だった。それを引き起こした人は。
「アイリス、ちゃんと目を覚ませ!」
もう一度呼ばれて、目の前にいる人を見た。美しいアメジストの色をした瞳。少し幼い顔立ち。
「まーくん……」
いや、もちろん引き起こした人はまーくんではない。不思議な景色は消えて、また何もない暗い空間に二人だけでいた。
「はあ。危機管理という言葉、アイリスには存在しないのか。目が覚めた途端やっぱりピンチに陥っているとか、ほんと残念なやつ。――――せっかく助けてやったのに、何でまたこんなところにいるんだ」
「まーくんこそ、何でここに」
「……馬鹿か?わざわざこんな夢の中に駆け付ける理由なんて一つしかないだろ」
そう言った直後に、私を抱きしめたままだったまーくんの体が傾く。何とか支えようと思ったのに、支えきれずにまーくんは膝を、私はしりもちをついてしまう。
「――――ぐっ」
顔色も悪いし、冷や汗まで。だいぶ苦しそうな様子に動揺する。起きたばかりと言っていた、そもそも私がフェリアス様を連れて逃げてほしいと言ったせいで魔力が枯渇したのに。
私自身は魔力が枯渇したことはないけれど、魔力が枯渇すれば意識を失い、目覚めたあとも相当苦しいものだと聞いたことがある。たぶん魔人だってそれは変わらないはずだ。
――――そんな状態で助けに来てくれた?
「まーくん!私、まーくんに」
「謝罪は聞きたくないからな?……俺が自分で選んだことだから」
まーくんには、私が謝ろうとしたことなんてお見通しだった。
見た目は私より少し幼く見えるくらいなのに、まーくんはいつも大人だ。
「――――私に出来ることは……」
「そ、だな。悪いけど少しだけ分けてもらってもいいか?」
私に出来ることなら何でもする。
そう思った瞬間、額にキスをされていた。
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イラストは木ノ下きの先生に描いていただきました。加筆改稿書き下ろしたっぷりの電子書籍版もどうぞよろしくお願いします(*´▽`*)