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親分と子分

 マスケラは、雪乃と悠真から視線をそらし、向こうの方で怒声罵声を上げながら、バッタバッタとマスケラを殴りぬけたり殴り飛ばしたりを繰り返している親分を目撃した。

 マスケラにももちろん弱点はある。純粋で強力な範囲攻撃に弱いのだ。元々は単体の人間の能力が少し上がっただけの分身を、実体とそうでないものを生み出す能力。どんなに強い格闘家が相手でも、マスケラの能力をもってすれば数の暴力で勝つことができる。しかしそれが有効なのは、対個人の場合だけだ。もしも対ガンダムや対ドラゴンとなった場合には、人間の処理の許容範囲を超えてしまうため、対処できずに結果負けてしまうことになる。今回の悠真たちとの戦いは、力が強化されたといえる阿修羅、如意棒を使える猿、変な糸を出す蜘蛛、特異な方法で攻撃してくるピエロ。どれも強い相手ではあるが、数を増やせばなんとかなる。無双ゲームのように馬に乗りながら剣を振り回すだけで敵がやられるようなことは、人操作ならばありえない。まずは馬を落とし、武器を複数人の同時攻撃で奪い取り、最後は物量で押し切る。戦略も戦術も機能すれば、その程度ならばいともたやすく勝ててしまう。

 そしてマスケラの分身はマスケラ本体の意志で動く。これ以上の操作方法があるだろうか。

 しかし、身内である鬼の面をつける樹里の場合では話は変わってくる。

 鬼の面の能力は、『怪力』である。この能力の効果は『金棒を持っている間だけ』という制限つきではあるが、『大きな武器を持つ幼女は強い』というのは相場で決まっている。現に樹里は、マスケラを近づかせないように常に金棒を振り回している。たまに金棒にしがみついて重さで武器を奪おうとしてくるマスケラもいるが、そんなことはお構いなしに金棒を振り回し、しがみついているマスケラごと振り回している。その遠心力でしがみついていたマスケラも吹っ飛んでいた。

 マスケラの本体である黒マスケラは、ついさっきまで身内だった親分を見て唇をかみしめた。


「……あいつ何してんだ」

「私が仲間に引き入れた」

「あん?」


 腰に手を当てて仁王立ちをしている雪乃が黒マスケラに言う。


「友達だった敵が味方に寝返るのはいろんなところであること」

「何言ってんだ? そうじゃねぇだろ。これは現実だ。そうそう寝返ってもらっちゃ困るだろ」

「でも樹里は私たちの仲間になった。あれが証拠」


 そう言われてもう一度向こうを見たが、何も変わってはいなかった。

 むしろ状況は変わった。

 鬼の面をつけた敵のリーダーが仲間になったと行動でわかり、それに近づいていく琴音と奏太。


「おい! 鬼のやつ!」

「なんじゃい!」

「なんじゃいって……お前、仲間になるのか!」

「雪乃は友達だ! だから助ける!」


 それを聞いた奏太は、小さく『友達ね』とつぶやく。

 そして顔を上げて鬼の方へと走っていき、そのまま鬼の上に肩車をするように飛び乗った。


「うわっ! いきなりなにするんだ!」

「いいからいいから。これ貸してやるよ」

「む? なんじゃこれ?」

「思いっきり横なぎに振り回してみ」

「?」


 奏太から渡された小さい棒を、よくわからないまま金棒を持っていない左手で持ち、振り回そうと大きく振りかぶった。

 それに合わせて奏太が叫ぶ。


「伸びろ! 如意棒!」


 奏太の声に合わせて伸びた如意棒が、樹里の力で強く大きく振り回され、実体のあるマスケラだけを次々となぎ倒していく。奏太のすることに気が付いていた琴音は、伸びる如意棒が迫ってくる前に地面に伏せ回避していた。

 そして振り終わった後には、実体のないマスケラだけが残っていた。


「よっしゃあ!」

「これでもう大丈夫」

「大丈夫? まだ増えるかもしれないじゃん」

「マスケラは一日に五十体までしか分身できない。さすがにさっきの量は五十体を超えてるはずだし」


 樹里は肩車をしていた奏太を地面に下ろした。その直後、奏太が膝をつきそうになったのでとっさに支えると、奏太が面を外して頭痛と疲労で汗まみれになっている顔を樹里に見せた。

 樹里は面を外さずに驚き、そして小さく笑った。

 近くにいた琴音が寄ってきて、奏太に肩を貸した。

 実体がないとわかってしまえば焦る必要はなく、奏太と琴音と樹里は増えることのなくなった透けるマスケラを無視して、本体の黒マスケラの元へと歩いていく。

 それを見た雪乃は、後ろにいた悠真に肩を貸して立たせる。

 遠くにいたホワイトマスクもやってきて、唯一実体のある黒マスケラの周りに、全員が集まった。


「私たちの勝ち」


 そんな雪乃の声は聞こえていないようで、黒マスケラは鬼の面をつける樹里を見て言う。


「親分。どうしたんスか? 仮面を集めるのは終わりッスか? マスクオブデスティニーは?」

「すまん。私と兄ちゃんは、もうやめた。いくら実の父の言うことだとしても。友達が痛めつけられるのは我慢できない」

「兄ちゃんも、って……」

「マスケラさん。ごめんね」

「…………」


 うつむくマスケラ。

 

「……フフフ」


 そして小さく、だんだんと大きく笑い声を上げた。


「フフフ……ハハハ、アーッハッハッハ! これは傑作だ!」

「マスケラ?」


 少し心配した樹里が声をかけたが、マスケラは気にせずつづけた。


「これでやっと子どものお守りが終わるぜ! しかも俺が裏切られて終わり? アッハッハ! マジで傑作ぅ!」


 その突然の豹変っぷりに、全員が驚きと恐怖を感じた。


「ハハハハハハ! アハハ……ハァ……笑いすぎて疲れそうだ。今日はもう分身は出せないことだし、帰るわ」

「帰る?」

「あぁ。帰ってそこの二人のことをボスに報告しないとな」

「ボスって……」

「そいつらの父親だよ」

「父親?」


 そう言って全員の視線が樹里と清人に集まる。


「そのへんのことをちゃんと話してやるんだぞ? これがお守り役の俺からの最後の助言だ。じゃあな」


 そう言い残して、黒マスケラはその場から消えた。そして残った実体のない分身は、黒マスケラが消えた少し後にすべて綺麗に消えた。

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