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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第三部

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第四章 3



 アレクシスは自らが銅剣で付けた木の疵に手を伸ばし、ゆっくりとなぞった。


「そもそも、君たちが『冥府』と呼んでいるものとこの世界は非常に密接な関係にある。具体的に言うとこの世界で亡くなった者が行き着くところ――それが僕のいた世界だ」


 彼の長い指が疵の下にある木肌のひび割れへと辿り着く。杖を向けて警戒を続けるリタを一瞥すると、アレクシスは指先でひび割れに優しく触れた。


「冥府に行ったものはこちらの世界での記憶をすべて失い、やがて長い年月をかけて大地に還っていく。冥府の住人である僕たちはそれらを見守り、滞りなく世界が循環していくことを役目としていた」

「人間の死後を見守っていた……ってこと?」

「そんなところかな。君たちが思うほど無秩序ではなくてこちらでいう貴族制度もあった。僕は特に力が強かったから、国のリーダーみたいなことをしていたけどね。ああ、ちなみに冥王っていうのは君たちが付けた名前であって、本当はサーゼ・マギュイラ・ジョヤって言うんだよ」

「サ、サーゼ……」

「あはは、こっちでは発音しづらいかな? まあとりあえず、それなりに発展した世界だったってことで」


 アレクシスが小さく笑いながら振り返る。リタが突きつけている杖の先に手を伸ばすと、ちょいと指先で押し返した。


「冥府の住人にも寿命はあったけど、人間よりはるかに長い年月だった。中でも力が強い僕たちは君と同じ不老長命と言われるような存在でね。割と退屈な日々を過ごしていたんだけど……ある日突然、世界の崩壊が始まった」

「世界の……崩壊?」

「僕たちの生命を維持していた動力源――ほら、以前君のとこに来た魔女が言っていた『瘴気』ってやつ。あれが急激に減少し始めて、僕たちの体が異常をきたし始めた。同時に世界自体もおかしくなって――」


 力のない者はすぐに命を落とし、それ以外の者も一気に寿命を縮めていった。アレクシスたちのように力のある者は比較的影響が少なかったが、一刻でも早くこの状況をなんとかしなければと国中がパニックになったという。


「それで、こちらの世界に目を付けたの?」

「……言っておくけど、最初はあくまでも偶然だったんだよ。安定性が失われつつあった冥府がある時、本来なら絶対に交わらないはずのこちらの世界と癒着を起こした。その接合点をいち早く見つけ出した部下の一人が『こちらの世界を奪おう』と言い出してね」

「そんな……」

「まあ、そこではさすがに止めたけどね。……ただ、僕らも限界だったんだよ」


 こちらの世界に瘴気はほとんど存在していなかったが、人体や植物を介して生成することが出来るということが判明した。そのためアレクシスはこちらの世界の王に協力を仰ぎ、冥府が回復するまで協力してほしい、という使者を送ったという。

 しかし――。


「でも君たちはそれを無視した。それどころか、僕の仲間たちをその場で皆殺しにしたんだ」

「…………」

「こちらの世界に伝わっている史実を聞いて驚いたよ。冥府の住民たちが一方的にアルバ・オウガの人間たちを虐殺した、だから長らく戦いを続けることになったって。最初に不義理を働いたのはそっちだって言うのにね」

「それに関してはその、本当にごめんなさい」

「ああ、君は知っているんだね」


 冷たく睨みつけてくるアレクシスを前に、リタは杖の切っ先をわずかに下げる。


「今さら訂正しても意味はないかもしれない。でも必ず真実を明らかにする。だから――」

「あーっとごめんごめん。別に謝らせようと思って言ったわけじゃないんだ。というか実は、訂正しないといけないことがあって」

「……訂正しないといけないこと?」

「とにかく、この一件をきっかけに冥府と人間は敵対するようになった。やがて君たち勇者が訪れて、神の加護を受けた剣で僕の心臓を貫いた。僕はそのまま命を落とし――気が付いたらこの村にいたというわけだ。ちょうど十歳くらいの男の子の体でね」


 記憶が戻ったのは本当に突然だった。

 自分がこの世界とは別の世界の住人で、勇者を名乗る人間たちに討伐されたことは覚えている。だがどうして人間になっているのか、冥府がどうなってしまったのか、いくら考えても思い出せなかった。


「最初は驚いて、とりあえず自分のいた世界に帰ろうと思った。でも特別な力もない、小さな子どもの足で行けるところなんてたかが知れていて、歩いて二時間ほどの村にいたところで保護されちゃったんだ。おじいちゃんが血相変えて迎えに来たっけ」


 その時初めて、自分の保護者であるベイリーの存在を知った。

 彼は突如いなくなったアレクシスのことを心配して、あちこちを捜し回っていたらしい。なぜそんなに必死なのか、当時のアレクシスはよく分かっていなかった。


「でまあ、仕方なく一緒に暮らしてたんだけど、一応人間に恨みはあったからさ。いつか寝首を掻いてやろうと虎視眈々と狙っていたわけ。でもおじいちゃん割と強いし、僕は子どもだったから剣を握るのもやっとでさ。そのうえ、冥府にいた頃に振るっていた力のほとんどは使えなくなっていて――」


 ベイリーもまさか、目の前の子どもがかつて世界を恐怖に陥れた冥王だとは夢にも思っていなかっただろう。こうして二人は多少喧嘩しながらも、変わらぬ日々を過ごしていた。


「こんな見た目だから村の人も油断しててさ。お菓子くれたり、少ない有り金で僕におもちゃを買ってきてくれたり。おじいちゃんもそこまで余裕があった訳じゃないから、自分は食べずに僕だけに食べさせる日もあったりして――」


 やがてアレクシスの心に小さな変化が生じ始めた。

 彼らは本当に、自分たちの仲間を殺した人間と同じ種族なのかと。


「……僕はね、人間は理性的な対話も出来ない、野蛮で凶悪な奴らだと思っていたんだ。でもこの村のみんなは力ない存在である僕にすごく優しくしてくれて……。それで、少しずつ疑問を持つようになった」

「疑問?」

「うん。……ごめん、ちょっと移動してもいいかな」


 警戒を続けながらもリタはそっと杖を下ろす。

 アレクシスは「ありがとう」と微笑むと、教会の裏手にあった狭い道を歩き始めた。リタが後を付いていくと白い木の柵で囲われた一角が見え始める。中には一抱えはありそうな石がいくつも置かれていた。


「ここはこの村で亡くなった人のお墓。今いる人数に比べてやけに多いと思わない?」

「そう言われると……」

「これはね。冥王の配下に襲われた人たちなんだって」

「……!」


 リタは目を見開き、そろそろとアレクシスの方を見る。彼は名前すら彫られていないその石たちをただ静かに見渡していた。


「情けない話なんだけど、当時の僕はこの被害を把握してなかったんだ。戦いが激化するにつれて指揮系統が疎かになり、報告もおざなりになっていたからね。おそらくもっと酷い虐殺をしていた奴もいたんだろう。でも王である僕がそれを知らなかった――止められなかった」


 国を統治する立場であったとはいえ、冥府はけして一枚岩の組織ではなかった。最初に使者を派遣すると言った時でさえ貴族の中から強く反発する声があがったものだ。悠長なことを言ってないでさっさと支配下に置いてしまえばいい、と。


「結局、あいつらを押さえつけるだけの度量が僕になかっただけなんだけどね。でもこれを見た時、自分の未熟さがこんなにも多くの人の命を奪ってしまったとようやく気づいた。……ま、戦争を止められなかった時点で分かれよって感じだけどさ」


 そこでアレクシスが言葉を切り、ゆっくりとこちらを振り返る。リタは彼に向かって再度杖を突きつけようかと悩んだものの、そのまま静かに話を続けた。


「つまりあなたは本物の冥王で、ディミトリに倒されて一度は命を落とした。でも人間に生まれ変わって今は……自分のしたことを後悔している……?」

「うん。どうだろう、信じてもらえるかな」

「…………」


 本音を言えば、彼の言うことをすべて鵜呑みにする気はない。

 冥府の住人たちは狡猾で、嘘や演技に騙されて殺されたという話を数多く聞いてきた。冥王が人間に生まれ変わるということ自体疑わしいし、人と暮らす中で改心し己の非道を悔やんでいるというのもリタを油断させる虚言かもしれない。


(冥王教の信者たちは冥王復活を強く訴えていた。もしアレクシスが本当に冥王の生まれ変わりならすでに達成されているということ? アニスやシャーロットに冥府の力を分け与えたのもアレクシスが? でもさっき悪いのは公爵って言ってたし……)


 うむむむと百面相するリタをよそに、アレクシスは外していた眼鏡をかけ直した。


「あはは、まあすぐに信じるなんて難しいよね。僕がリタを騙している可能性だって捨てきれないだろうし」

「そ、それは……」

「いいよ。僕がしてきたのはそれほどの罪なんだから」


 ひんやりとした冷たい秋風がアレクシスの黒髪を乱す。いつの間にか空は曇天と化しており、気温も随分と下がっていた。もうじき雨が降るのだろう。


「さて、ずいぶん長い昔話になっちゃったね。もう一度言っておくけれど、僕は冥王教の活動にはいっさい関与していない。最初に言った通り、僕の以前の部下――セュヴナルが絡んでいるはずだ。だからリタ、君に力を貸してもらいたい」

「私に?」

「ああ。僕に無断で『冥王』の名を騙る裏切り者を、この手で粛清してやりたくてね」


 その瞬間、リタは頭上から氷水をかけられたかのような寒気に襲われた。反射的に胸元の護符に触れるとすぐに体の震えが収まっていく。もちろん空からは雨粒一つ降ってきていない。これもまた冥王の力の片鱗なのだろう。


「粛清って……そりゃ勝手に名乗られたら怒りたくなる気持ちは分かるけど、昔は仲間だった人なのよね? それなのにどうして……」

「仲間といっても君たちが思うような忠義や絆があるわけじゃない。力が強ければいつでも玉座を簒奪することだって出来た。それにちょっと事情が変わったしね」

「事情?」

「さっき君が話していた使者のことさ」


 リタの脳裏にアルバ・オウガで起きたとされる使者虐殺の話が甦る。アレクシスはそんなリタの表情を確認しつつ淡々と続けた。


「たしかに僕も、最初に送った使者は人間たちによって殺されたと記憶している。それが引き金となって戦争を起こしたこともね。ただこうして人間に転生して生きていくうちに、あの事件は本当に正しかったのかと疑問を持ち始めてね」

「どういうこと?」

「もしかしたら、うちの使者がものすごい非礼を働いたのかもしれない。僕の目の届かないところで暴言を吐いた可能性もある。当時は人間に対する怒りが先行して誰もそれを確かめようとはしなかったけど、今の僕はそこから確かめてみようと思ったんだ」



 

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