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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第三部

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第二章 2



 ランスロットの提案にリタは少しだけ驚いた。いや、普通に接してほしいとお願いしたのは自分だが、まさかこんなにあっさり改善してくれるとは思っていなかったからだ。


(嬉しい……けど、どうして急に? それに好きな人は――)


 そこまで考えたリタの脳内に、ようやくランスロットの真意が見えてくる。


(そっか。前みたいにって、『ただのパートナーとして』ってことか……)


 ランスロットに対する気持ちを自覚したリタにとって、それは「これ以上深い関係になる気はない」と言われているのと同義だ。学園内だけのパートナーとして適切な距離を。優しい物言いではあるが遠回しに釘を刺されているのだろう。


(まあ、そうよね。だって本当にパートナーでしかないんだし……)


 それでも、あのままずっとぎくしゃくするよりマシだ、とリタはようやく笑みを浮かべた。


「分かった。これからもパートナーとしてよろしくね」

「……ああ」


 車内に穏やかな静寂が帰ってくる。こっそり確認するとランスロットは明らかにほっとした表情を浮かべており、それを見たリタは痛む胸を押さえながら自身に言い聞かせた。


(これでいい。傍にいられるだけでも――)


 しかしあらためて今まで通りと言われると、自分がどうふるまっていたのかよく分からない。

 自分の気持ちをランスロットに悟られないためにも、ここはあえて「気がないフリ」をした方がいいのでは――とリタはわざと明るい口調でランスロットに話しかける。


「それにしてもごめんね。せっかく王都に行くのに相手が私で」

「……どういう意味だ?」

「どうせなら、好きな人と来たかっただろうなって」


 そう口にした瞬間、ランスロットは客車の壁に勢いよく己の側頭部を叩きつけた。

 びっくりするような打撃音が内部に響き渡り、正面にいたリタは口をあんぐりと開けたまま、パチパチと何度も瞬きする。


「ラ、ランスロット、大丈夫⁉」

「い、今、なんて……」

「え?」

「今言ったこと……」

「えっ、えーっと、好きな人と来たかったかなって」

「……やっぱり聞こえてたのか⁉」


 鬼気迫る勢いで尋ねられ、リタは思わず客車の壁に張りつくように避難した。


「な、何? どういうこと?」

「だってお前、あの時覚えてないって……」

「覚えてない……?」


 そこでリタはようやく、以前パーティー中に交わしたやり取りを思い出した。生き埋めになった時に自分の言ったことが聞こえたか、とランスロットに尋ねられ「ちょっとよく覚えていない」とごまかしてしまったのだ。


「ご、ごめん! あの時はびっくりして、実はその……聞こえてたの」

「それじゃあ……」


 じわじわとランスロットの顔が赤くなる。それを見たリタは「言いたくない」と心の中で拒否しつつも、前の感じに戻ると決めたのだからと腹をくくった。


「えっと……ヴィクトリア様より好きな人が出来た……のよね」

「……そ、それは」

「あ! 色々言わなくても大丈夫! えーっと、私、その」


 ランスロットの眼差しを意識しすぎて上手く呼吸出来ない。どうしよう。すっごく見られてる。でもちゃんとしたパートナーならきっと、ここで背中を押してあげるはず。

 リタは覚悟を決め、胸の前でぐっと自身の拳を握りしめた。


「ラ、ランスロットのこと、応援してるから‼」


 言えた! とリタは自分の勇気を褒めたたえる。だがそれを聞いたランスロットは青い瞳を何度もしばたたかせたあと、けげんな顔でゆっくりと首をかしげた。


「お、う、え、ん……?」

(あ、あれ?)


 こちとら胸が張り裂けそうな気持ちでエールを送ったのに、思った反応とだいぶ違う。

 その後も謎の沈黙が続き、やがてなにやら難しい顔をしたランスロットが「ちょっといいか」とおそるおそる片手を挙げた。


「応援というのはどういう意味だ」

「え? だって好きな人がいるなら、頑張ってほしい……から?」

「頑張っ……てほしい? 俺は頑張っていいのか?」

「い、いいと思うけど……」


 嘘だ。本当は頑張ってほしくなんてない。

 それなのに、どうして彼はこんなことをわざわざ言わせるのか。

 いつの間にかランスロットからぎゅっと片手を握られており、リタは内心「どうしよう」とパニックになる。他の女性と交際出来るよう応援なんてしたくないが、今はとにかくこの場をなんとか逃げ切らなければ。


「そ、そんなに心配しなくてもランスロットならきっと大丈夫よ! 騎士科でもいつも成績トップだし、女の子にモテるし紳士だし優しいし真面目だしカッコいいし」

「そ、そうか」

「そう! だから好きな人とも絶対上手くいくって!」


 リタとしては最大限の賛辞とともに彼の背中を押したつもりだった。だがどういうわけかランスロットの反応はまたも芳しくなく、むしろさっきより険しい顔つきになっている。


「……悪い。ちょっと確認したいんだが」

「うん?」

「お前……俺があの時言ったこと、本当にちゃんと聞こえてたのか」

「ところどころ分かんないところはあったけど、大体聞こえたよ? ヴィクトリア様よりなになにの方を好きに――って。名前は聞こえなかったけど、それで、ああ、他に好きな人が出来たんだなって」

「…………」


 ランスロットは眉間に深い縦皺を寄せ、強く目を瞑ったままリタの話を聞いていた。

 やがて「はあーっ」と長く大きなため息をついたあと、先ほど頭をぶつけた客車の壁を今度はなぜか力いっぱい拳の横側で殴りつける。反動で馬車が大きく揺れ、外から馭者の「暴れないでください!」と動揺する声が聞こえた。


「ラ、ランスロット⁉ いきなり危ないでしょ!」

「どうしてそこだけ聞こえてないんだよ……」

「え?」

「なんでもない。もういい。なんか疲れた……」

(……?)


 謎の沈黙を保ち続けたまま、ほどなくして馬車は王都に到着した。

 大広場まで入っていったあと、ランスロットのエスコートで客車から下りる。大噴水には昨年と同様、凛々しい勇者と雄々しいヴィクトリアの銅像が飾られており、相変わらず似ても似つかぬ己の姿にリタは苦笑した。


(そういえば初めてここに来た時、ランスロットがあれに見入ってて――)


 今はどうだろう、と興味を惹かれたリタは背後にいた彼の方を振り返る。するとランスロットはヴィクトリア像ではなく、なぜかリタの方をじーっと見つめていた。ばっちり目が合ってしまい、リタは慌てて体の向きを戻す。


(い、今、私の方見てた? なんで⁉)


 一気に心拍数が上がり、リタはこっそりと両手で胸を押さえる。

 ダメだダメだ。この気持ちはランスロットにバレないようにしないと。


「そ、それじゃあ時間もないし、どんどんお店回っていこっか!」


 ランスロットの手からリストを奪取し、リタはそそくさと指定された店を回っていく。演劇の衣装用に布地屋、学園装飾に使う魔法の材料、看板用の木材などをバタバタと買い付けていくなかで、以前ランスロットと入ったお店が目に留まった。


「懐かしいね。ここ、去年ランスロットに連れてきてもらったお店だ」

「ああ。そうだったな」

「いきなり王都に行くって言うからびっくりしたけど……でもあの時、すごく嬉しかった。ありがとね」

「リタ……」


 ランスロットが何か言いたげに口を開く。だがその瞬間、二人の背後で「逃げろー!」といういくつもの叫び声が上がった。慌てて振り返ると、一頭の馬がものすごい勢いでこちらに駆けてくるではないか。


(――危ない!)


 この辺りは道幅が狭い。リタはすぐさま杖を取り出し、馬を傷つけずに止める魔法を考える。

 しかし詠唱を始めるより早く、ランスロットから強く腕を摑まれた。


「リタ!」

「――っ⁉」


 そのままふたり揃って近くの露店に転がり込む。暴れ馬はちょうどリタが立っていた辺りを猛スピードで走り抜け、その後近くにいた筋骨隆々の男性たちに取り押さえられた。大丈夫かー⁉ という周りの声を聞きながら、リタはそろそろと目を開ける。


「ったたた……」

「悪い、大丈――」


 ランスロットもまた体を起こしたものの、ふたりは目を合わせたまましばらく硬直していた。とっさのことで受け身が取れなかったのか、ランスロットはリタを下に組み敷くような形で倒れ込んでいる。


「ラ、ランスロッ……」

「――ッ⁉」


 ようやく今の体勢に気づき、リタはじわじわと頬を上気させた。それを見たランスロットがまるで野生のシカのような跳躍力ですぐさま跳ね起きる。


「す、すまない! わざとじゃないんだ! その、危険だと思ってとっさに」

「わ、分かってるから! 大丈夫!」


 お互い真っ赤になって叫んでいる間に、騒ぎを聞きつけた街の人たちが何ごとかと集まってくる。リタとランスロットは露店の主に大急ぎで謝罪すると、好奇の目から逃げるようにすぐさまその場から走り出した。


「すっごいびっくりした……」

「俺も」

「でもまさかいきなり馬が突進してくるなんて」

「なかなか無い経験だな」


 先ほどの騒動を思い出してリタが笑うと、それを聞いたランスロットもまた小さく笑みを返す。そんなたわいないやり取りがなんだか心地よくて、ふたりはそのまま人の流れに逆らうように大通りを駆けて行った。


(……なんだかちょっと、懐かしいな)


 一年前もこうして、彼と二人で王都の街をひた走っていた。

 まああれは冥獣のせいだったけど――とリタが苦笑していると、やがて二つの通りが交差する往来が盛んな区画に出た。向かいから歩いてきた大柄な男性とぶつかりそうになったリタが「すみません」と避けているのを見て、近くにいたランスロットが手を差し出す。


「ほら」

「?」

「手」

「……‼」


 いいのだろうか、とリタは一瞬逡巡する。だってランスロットには他に好きな人がいるのに。でも本人から言い出したのだからこれくらいは問題ないということだろうか。

 リタがためらっていると、耳を真っ赤にしたランスロットが再度口にする。


「別に深い意味はない。だいたい、手ぐらい今までも繋いでただろ」

「それは、そうだけど……」


 初めて繫いだのはパートナーに選ばれた時。あの頃はまだランスロットのことを何にも知らなくて、ただ大好きだった勇者様(ディミトリ)のことばかり考えていた。

 あれから一年経った今、この心を占めるのは――。


「あ、ありがと……」

「……ん」


 リタがそっと手を取ると、ランスロットがどこか緊張した様子で握りしめてくる。長くて硬い指にぎゅっと包み込まれ、リタの鼓動はついに最高速度に達した。


「ほら、行くぞ」

「う、うん!」


 王都の美しい街並みを、ランスロット(すきなひと)とゆっくり歩いていく。

 淡いオレンジのグラデーションがかかった夕焼け空。屋台から漂ってくるお砂糖の匂い。子どもが夢中になって母親に話しかけている可愛らしい声。頬に触れる涼しい秋風と、繋いでいる指先から伝わってくる彼の体温。周囲のざわめき。汗。匂い。


(どうしよう……)


 周りにはたくさん人がいるのに、ランスロットのことしか視界に入らない。分かっている。これは単に迷子にならないようにというだけで、きっと彼は何とも思っていなくて。それでも。


(私、やっぱりランスロットが好き……)


 彼がいるというだけで、この街のあらゆる輪郭が金色に見える。

 どうかこの時間が一秒でも長く続きますように――と、リタは静かに願ったのだった。






 王都を離れ、学園へと戻っていく馬車の中。

 星のない夜空を客車の小窓から覗き見たあと、ランスロットはあらためて正面に座るリタへ視線を向けた。出発してからすぐに眠りに落ちてしまい、今もまだ幸せそうに寝息を立てている。よほど疲れたのだろう。


(まあ、なかなかの強行スケジュールだったからな……)


 授業が終わってすぐに王都へ行き、かなりの件数の発注・確認をこなした。おまけに途中で暴れ馬に襲われるというハプニングもあり、あっという間に帰りの時間が来てしまったのだ。


(チャンスがあれば、どこかでお茶でもと思ったんだが……くそっ)


 気持ちよさそうに眠るリタを再度眺めたところで、ランスロットはふと行きの馬車での出来事を思い出す。

 自分がしでかしていたここしばらくの非礼を詫び、以前と同じような感じに戻りたいとリタに伝えた。彼女もそれを受け入れ、ようやく仲直り出来たと思った。が――。


(いったい……何を考えているんだ⁉)


 きちんと言葉にして伝えたことで、ようやく以前のような関係に戻れると思っていた。

 しかしその直後、当の彼女から「どうせなら、好きな人と来たかっただろうなって」という爆弾発言が飛び出し――その真意を問いただすと、以前は『聞こえなかった』と言われたランスロットの告白が『実は聞こえていた』ということが判明したのだ。

 正直焦った。

 だが逆にもう「それならば」と自分の中で何かが固まった。それなのに――。


(早まらなくて、本当に良かった……!)


 好きだ、と言いかけたランスロットを止めたのは、他ならぬリタからの「応援してるから!」という言葉だった。応援? 誰が? 何を? 誰に? と頭の中が疑問符で埋め尽くされるなか、リタから次々と誉め言葉を投げつけられ、ランスロットはいよいよ訳が分からなくなる。

 何かがおかしい、とあらためて確認すると――どうやら告白の肝心要な部分だけが伝わっていないと判明した。


(どーーしてそこだけ聞いてないんだよ‼)


 まあ生死も危ぶまれたあの危機的状況において、リタにそれを要求するのは正直酷な話である。

 だが優しいしカッコいいしと散々おだてられたうえで「だから好きな人とも絶対上手くいくって!」と締めくくられたこっちの身にもなってほしい。


(要するにリタは、俺にヴィトリア様より好きな人が出来た、ただしそれは自分ではない――と思っているわけで……。たしかにご自身がヴィクトリア様なら、そう捉えるのは当然……になるのか? しかし……)


 本当にあの時、すぐにでも告白してしまおうかと思った。

 同時に「ヴィクトリア様なんですか?」とも聞いてしまいたかった。

 でも――。


(むやみに追及するような真似をして、もし、俺の目の前からいなくなってしまったら……。その方が耐えられそうにない……)


 ランスロットは小さく息を吐き出し、そのまま己の手に視線を落とす。

 久しぶりに触れたリタの手は相変わらず小さくて、これまで何回も繋いできたはずなのにどうしようもなく愛おしかった。じんわりと全身に広がっていくような温かさが、離した今も手のひらに残って忘れられない。


「リタ……」


 あらためて彼女の方を見る。熟睡していることを確認すると、ランスロットはそうっとリタの頬に手を伸ばしかけた。


「…………」


 だがすぐに動きを止めると、そのまま戻して自身の胸の前で腕を組む。ガタゴトと心地よい揺れに身を任せたまま、ランスロットは静かに目を瞑るのだった。




 

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