第五章 7
「これから我々は三手に分かれて、さきほどの『冥獣』を捜索します。この部屋からは追い出しましたが、おそらく建物のどこかに巣があるのでしょう。皆さまはどうか早めに退避を」
「分かった」
エヴァンシーの言葉を受け、治療が必要なリーディアとセオドアが連れ立ってその場を去る。リタがその姿を見送っていると、ランスロットに声をかけられた。
「俺たちも行こう」
「う、うん……」
そうして歩き出そうとしたリタだったがすぐに考え直し、くるりと踵を返す。
「ちょ、ちょっとだけ待って!」
「リタ?」
ランスロットに断りを入れ、リタはエヴァンシーのもとに駆け寄った。
「みんな大丈夫なの? 私も手伝いを――」
「お気遣い感謝いたします。ですがここは王宮。これは我々の仕事です」
「でも……」
「もちろん、何か分かったことがあれば報告します。ですがお母様は、御学友の皆さま方のもとに行かれるのがよろしいかと」
エヴァンシーは小さく片笑むと『アルバンテール』と火の精霊を呼びつけた。
『これから調査を行う。違和感を覚えたら報告してほしい』
『ああ? 仕方ねえなあ……』
それを見たミリアとシャーロットもまた、各々が契約している精霊を召喚した。
『リンドビット、連絡役を頼む』
『めんどい』
『アロランシア、お願いね』
するとそこに、探索を進めていた光の精霊アロランシアがふわりと舞い戻ってきた。
『我が契約者ヴィクトリア、彼奴等の発生源はおそらくこの建物の地下かと』
『地下?』
『はい。ただ人の身が入るには少々特殊な仕組みが――』
「…………」
アロランシアの報告を受けている間に、シャーロットがよいしょと杖を持ち上げる。
「それじゃあ行きましょう。エヴァは正面玄関、ミリアは中庭、わたしは他に要救助者がいないか確認しながら、建物の奥を回ることにするわ」
「承知した」
「それじゃ、またあとで」
「…………」
シャーロットの指示に従い、『三賢人』はそれぞれ大ホールをあとにした。その場に取り残されたリタのもとに、ランスロットが近づいてくる。
「話は終わったか? エドワード殿下がきっと心配しているぞ」
「う、うん……」
リタに背を向け、ランスロットはさっさと足を進める。ほぼ壊滅状態の廊下を歩きながら「はあ」と疲れた息を吐き出した。
「しかしまさか、あんな形の『冥獣』が現れるとはな。以前も王宮が襲撃されたし……。冥王復活の前兆などと言われているが、そもそもどこから――」
だがいくら話しかけても返事はなく、ランスロットは「ん?」と眉根を寄せる。
「リタ? 聞いて――」
だが振り返ったところには誰もおらず、ランスロットは驚きに目を見張ったまま、小さくぼそりとつぶやいた。
「あいつ、どこに行ったんだ……?」
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はあ、はあっと荒い息遣いでひとりの女性が走っていく。
そのままとある壁の前に立つと、詠唱ではない謎の言語を口にした。
『開地中門!』
その瞬間、どぷっと泥水が流れるような音がし、地面に真っ黒い穴が開く。そこには小さな階段が続いており、女性はためらうことなく地下へと下りて行った。
(どうしよう……どうして、こんな……!)
施錠されている扉を開け、地下室へと入る。
そこにはたくさんの実験器具やフラスコ、ガラスケースの中で栽培されている黒い植物が並んでおり、女性はそのうちでいちばん立派なケースの前に立った。何者かに破壊されたのか、大きなひび割れが入っており、中には何も残されていない。
「なんで……」
顔面を蒼白にして、女性はすぐさま出入り口の方を振り返る。だがその扉のところに茶髪の小柄な女の子――リタ・カルヴァンが立っていた。
「あなただったのね――シャーロット」
「……っ!」
名前を呼ばれ、女性――シャーロットは持っていた杖をぎゅっと握りしめた。
「な……なんのことですか、お母様? わたしはただ、ここを偶然発見して――」
「光の精霊」
「……?」
「あなたさっき、光の精霊アロランシアの声がいっさい聞こえていなかったわね」
「そ……そんなこと……」
「前からずっと引っかかっていたの。以前『冥獣』が王宮を襲った時、あなたたちの魔法を見せてもらったわ。あの時、エヴァンシーとミリアはちゃんと自分の契約している精霊と会話ができていたのに、あなたの呼びかけにアロランシアは応じていなかった」
「……っ」
リタが一歩踏み出すと、シャーロットは逃げるように一歩後ろに下がる。
「あなた……もしかして光の精霊との契約を破棄されているんじゃないの? だから呼びかけにも答えてもらえず、彼らの言葉も聞き取れなくなった」
「ち、違います! か、仮にそうだとしたら、治癒魔法が使えなくなりますし……」
「そう。私もそれがずっと疑問だったの。あなたが光の精霊との契約を破棄されていたとしたら、どうやってあれだけの治癒魔法を使用できていたのか――」
そこで半年前、アニスが口にしていた言葉を思い出す。
「以前『冥王教』の信者が、『冥王様のお力があれば、魔力がなくても自由に魔法が使える』と言っていたわ。私なりにその意味を考えていたんだけど……結局のところ、冥府の力を魔法のように擬態して使っている、という意味かと思って」
「……!」
リタたちの副担任であったアニスは、普通の魔女となんら変わらぬ魔法を使っているように見えた。だが魔力がなければ本来、魔法を使うことはできない。
つまりあれらは魔法ではなく、『冥王』の力を借りた偽の魔法ということになる。
「例えばパーティーの夜、エントランスホールで駆使していた広域治癒魔法。私は治癒魔法に関しては門外漢だけど、あの回復量は光の精霊の契約なしでは不可能だと思うわ。それに負傷したランスロットの傷が翌日には完治していた。……ちょっと不自然すぎるほどにね」
「…………」
「教えてシャーロット。あなたはいったい――『何』の力を使っているの?」
また一歩リタが近づき、シャーロットはついにガラスケースにまで追いつめられる。そのまましばしうつむいていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「お母様こそ……どうして今になって、戻ってきたんですか……?」
「……シャーロット?」
「もっと早く帰ってきてくれたら……わたしは、こんなこと――」
シャーロットの目から一筋の涙が零れる。
その直後、強い地震が発生し、彼女の頭上にあった天井が勢いよく崩落した。
「シャーロット‼」
急いでシャーロットのもとに駆け寄る。だが落ちてきた瓦礫が頭に当たったのか、ぐったりと意識を失っていた。強い揺れはなおも続いており、リタはすぐに杖を取り出す。
「土の精霊よ!」
呼びかけとともに黄色の魔法陣が浮かび上がる。シャーロットを抱き起こしたまま、リタは大声で詠唱を開始した。
「天の原、我らを守り、崩れゆく彼の地を支えよ――安如泰山!」
床から白い円柱が何本もせり上がり、揺れ動く天井をいっせいに支える。一時的に崩壊が収まったようにも見えたが、なおも地震は続いていた。
(今ここが崩れたら、大変なことになる……!)
大ホールにはまだ退避を終えていない負傷者が大勢残っており、ここが陥没すれば彼らも大怪我を負ってしまうだろう。そうこうしているうちに近くの試験管やガラスケースは粉々になり、崩れ落ちた部屋の壁からは土面が露出している。
「っ……!」
なんとか全壊を阻止しようと、リタは再度魔法をかけ直す。
しかし地下室全体を揺さぶるような揺れは止まらず、リタは必死になってシャーロットの体を肩に担いだ。そのまま少しずつ扉の方に引きずっていく。
(早くここから脱出しないと……)
ようやく階段が見えてきて、リタはシャーロットの体をそちら側に押しやった。そのまま自身も逃げ出そうとしたが、そこでまたも大きな縦揺れが発生する。
「っ!」
石が砕ける音とともに円柱の一つが倒壊し、下にあったテーブルを真っ二つにへし折った。その他の柱にも大きなひびがいくつも入っているのを見て、リタはこくりと息を吞み込む。
(今ここを離れたら魔法が維持できない……。それに『冥王教』に繋がる証拠が――)
リタは再び地下室内に戻ると、ダンッと杖を強く床に打ち付けた。





