第四章 8
そして実務研修四日目。
昨日の疲れもあり、大寝坊したリタは慌ただしく玄関へと向かっていた。
(まずい、早く課題に取りかからないと――)
するとまだ昼前だというのに、ローラとリーディアが城内に戻って来ていた。二人ともどこか晴れ晴れとした表情だ。
「どうしたの二人とも。こんなに早く」
「実は、課題がすごく早く片付いたんです! リタに教えてもらったやり方がようやく上手くできるようになったというか」
「わたくしも、今日は服に土一つ付けることなく終えましたわ。あなたのことだから、どうせ昨日よりたくさん課題を押しつけられているのでしょう? さっさとやらないと夕飯までに間に合いませんわよ」
「だから約束通り、お手伝いに来たんです!」
「ありがとう、二人とも――」
だがそこに突然、普段はいっさい姿を見せないブリジットが現れた。驚く三人を指差し、「ほーら!」とねめつける。
「やっぱりズルしてたのね!」
「えっ?」
「おかしいと思ったのよ! 人に助けてもらうなんて魔女失格よねぇ~!」
勝ち誇ったように笑うブリジットを、リーディアがすかさず非難する。
「――っ、おかしいのはあなたの方でしょう! リタさんにだけこんな無茶苦茶な量の課題を押しつけて、恥を知りなさい!」
「なぁんですって?」
リーディアを睨みつけ、ブリジットはなおも続ける。
「だいたいあなたたちだって、どうしてここに来られたのかしらぁ? あたくしが言いつけた課題はどうなっているのよ」
「そんなもの、とっくに終わっていますわ」
「はっ! 嘘おっしゃい。こんな短時間で終わるわけないでしょう。もういいわ。あなたたち全員、最低評価をつけてあげる」
「!」
二人が息を吞んだのに気づき、リタはすぐさま歩み出た。
「私はどんな点数を付けられても構いません。ですがどうかこの二人には、正当な評価を下していただけないでしょうか」
「はあ?」
「実際に二人の働きぶりを見ていただければ分かるはずです。だから――」
しかし必死なリタの釈明を、ブリジットは一笑に付した。
「嫌ぁよ。ふふ、かわいそうに。これであなたたちおしまいね」
「……っ!」
にやりと笑うブリジットを前に、リタはぐっと唇を噛みしめる。すると二階から「ブリジット」と聞き覚えのある女性の声がした。
「いったいなんです。騒々しい」
「あっ、ええと、その、ちょっと教育的指導を……」
「教育的指導ねえ」
トントンと階段を下りる音が続き、ひとりの女性がリタたちの前に立つ。そこにいたのは以前温室で魔法談義を交わした魔女であり、ブリジットに向かって淡々と尋ねた。
「あなたがオルドリッジの魔女候補たちを監督するとは聞いていたけど……。いったい何をしているのかしら?」
「そ、その、じ、自分の課題を放棄していたので、注意を……」
「ふうん、課題を放棄ねえ」
すると女性はローラの方を見て、にっこりと微笑んだ。
「厩舎の飼い葉と飲み水の循環システムを構築したのはあなたかしら?」
「あ、はい。したのはあたしですが……リタからヒントを貰いました」
「シンプルだけど、よく考えられているわね。それから、誰にも従わなかった暴れ馬を落ち着かせてみせたんですって?」
「あ、あれはその……。強い者を従わせるには、自分がより強いことを証明してみせればいいっておじいちゃんが言ってたのを思い出して……。とにかく手綱を握り続けて、力比べをし続けただけといいますか……」
「厩番たちがみんな驚いていたわ。見事な腕前だって」
続けて、なぜかひと際緊張しているリーディアの方を振り返る。
「畑仕事はあなたが担当?」
「は、はい!」
「収穫しやすくするために、芋が生えている周囲に勢いよく水を流し込む……。たしかにこれであれば、折れることなく地上に押し出すことができるわね」
「……はい。それに水圧により最小限の力で収穫できます」
「ええ。画期的な方法ね。農夫たちは高齢で腰を悪くしている者も多くてね。とても楽になったからあなたにお礼を言ってほしい、と頼まれたわ」
「あ、ありがとうございます。……ですがこれは、そこにいるリタ・カルヴァンの助言を受けてのことですわ。わたくしひとりで考案したわけではございません」
「あら、そうだったの。でもそれとは別に、氷結魔法で雑草だけを枯らしたのはあなたの腕前あってのことね。相当の技量がないとできないもの」
「……もったいないお言葉です」
(リーディア……?)
普段の彼女からは考えられないほど恐縮した態度に、リタはぱちくりと瞬く。女性はそのままリタの前に進み出ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「そしてあなた。おかげでとってもいい温室ができそうだわ。本当にありがとう」
「は、はあ……」
「それにここ最近、城の中がとっても綺麗。魔法の使い方がすごくお上手なのね」
よしよしと頭を撫でられ、リタはぽかんとする。女性はその体勢のまま、背後でこっそり逃げようとしていたブリジットを冷たく制した。
「ところでブリジット。わたしはあなたに何を命じていたかしら?」
「ええっと、そのぉ……」
「城内の客室とトイレの清掃は毎日するように言っておいたわよね? それに以前修理を頼んでいた椅子と花瓶、あれはどこにやったのかしら?」
「あれはぁ、そのぉ……」
「おおかた、面倒くさくなってゴミ捨て場に捨てたんでしょう。この子が直してくれたから、あとで隅々までじっくり確認して勉強なさい」
「は、はぁい……」
(あー……もしかして……)
どうやらブリジットがすべき仕事を、すべて押しつけられていたらしい。女性から怒られたブリジットは、悔しそうに眉根を寄せながら弱々しく言い返す。
「で、でも、掃除なんて、メイドにさせればよくって……。魔女がする仕事じゃないっていうかぁ……」
「……ふうん?」
「だ、だって、地味じゃない? 魔女っていったらもっとこう派手で、誰もが驚くような魔法を使うのが本質っていうか――」
両手の人差し指の腹を押し付け合いながら、ブリジットがもじもじと上目遣いをする。するとそのすぐ脇を、鋭くとがったつららがヒュンと通り抜けた。そのまま「ダンッ」と壁に突き刺さったのを見て、女性以外の全員が「ひいっ」と背筋を正す。
女性はいつの間にか取り出していた杖を下ろすと、静かに目を細めた。
「そんな考え方だから、あなたはいつまでも二流なんです」
「うっ……」
「魔女の本懐は、人々の生活の役に立つこと。だいたいね、あなたに課している部屋の掃除は繊細な魔力コントロールが必要な難しい魔法なのよ? それをおろそかにしていながら、どうしてそれ以上の魔法が使いこなせると思うのかしら」
「す、すみませ……」
「あなたには一から指導が必要なようね。いいわ。明日からはわたしが講師役を務めます」
まさかの申し出に、ブリジットが「えっ」と目を剥いた。
「ちょ、ちょっと待ってください? それはどういう……」
「どこかであなたが態度をあらためないかしら、と期待して見ていたけど……どうやら改善は見込めなさそうですからね。オルドリッジの大切な雛鳥たちは私が責任もって教育します。ついでにあなたにも課題を与えてあげるから、頑張って働きなさいな」
「そ、そんなぁ……」
ブリジットは大きな目いっぱいに涙を溜め、しおしおとその場に座り込んだ。一方、目の前で繰り広げられるやり取りに追いつけなかったリタは、隣にいるリーディアにこそっと尋ねる。
「ねえリーディア。もしかしてこの方、すごい方なのかしら?」
「はあ?」
「だってブリジットがこんな……」
一瞬面食らったような顔をしたリーディアだったが、すぐに小声で教えてくれた。
「あなた、この方をご存じないの⁉ アルバ・オウガを百年以上も守り続けている『冬の魔女』、クラリッサ・エリンコット様よ⁉」
そんなリーディアの声が聞こえていたのか、女性――クラリッサは優雅に微笑んだ。





