第四章 問題児だらけの実務研修
学園を出立してから五日後。
リタたち一行はようやく城塞都市アルバ・オウガに到着した。市壁に設けられた門を馬車で通り抜けながら、リタは興味深く窓から外を眺める。
(すごい……すっかり元通りというか、立派になってるわ……)
遥か昔、『冥王』の拠点と化してしまった忌まわしき土地。戦乱による建物や畑の損害が著しく、勇者一行によって平和が取り戻されたあともしばらくは人が住めない状態が続いていた。
だが国王となったディミトリが懸命に支援をしたおかげで三百年近く経った今、これまで以上に豊かで栄えた都市となったようだ。
行き交う人々の幸せそうな笑顔を見つつ、リタはひそかに視線を巡らせる。
(ここに、『冥王教』と繋がる何かがあるかも……)
やがて街のいちばん北側にある城壁の前にたどり着いた。門番の合図とともに二枚の落とし格子が巻き上げられ、護衛騎士たちに守られた二台の馬車が中に入っていく。緩やかな坂道を道沿いに上っていくと、その先に古い石を積み上げた大きな居城が見え始めた。
(ここって……)
リタがまじまじと見つめていると、向かいにいたエドワードが外を指差す。
「ここがアルバ・オウガの領主、サー・エリンコットの城だよ。噂によるとこの城は、かつてこの国に恐怖と絶望をもたらした『冥王』が最初に占拠した場所だったと言われている」
「ああ、やっぱり……」
「?」
「あっいえ、立派な建物だなと」
(その『かつて』に来たことがあります……)
不思議そうな顔をするエドワードに気づき、リタは慌てて首を左右に振る。こうして城の入り口まで上りきったところで、玄関先にずらりと並んだ人の列が見え始めた。
馬車を停めてエドワードが下り立つと、先頭にいた壮年の男性が歩み出る。どうやら彼がエリンコット卿のようだ。
「お久しぶりです、エドワード殿下」
「ああ。今日からしばらく世話になるよ」
「かしこまりました。そうそう、娘がお会いできるのを心待ちにしておりましたよ。ささ、御学友の皆さまもどうぞ中へ」
にこやかに案内され、エントランスホールに入る。
風雪に晒されて劣化した城壁とは異なり、建物の中は木の板が張られた普通の邸宅のような造りだった。窓が小さいため多少薄暗いが、室内や廊下の要所要所に白く光る球体が浮かんでおり、生活するには十分すぎる明るさがある。
ふわふわと浮き沈みするそれをリタがじーっと見つめていると、気づいたエリンコット卿が「ああ」と口を開いた。
「これはかの伝説の魔女、ヴィクトリア様が開発された照明魔法です」
「えっ、あっ、そうなんですね」
「このあたりは気候の変動が激しくて、ひどいと一週間近く外に出られない日が続くんです。そんな時でも不自由なく生活できるよう、約三百年前、当時のディミトリ陛下が直々に依頼してくださったものでして――」
(うん……よく覚えてる……。珍しく頼みごとされたから舞い上がっちゃって、寝ずに三日で作ったのよね……ほんと若かったわ……)
完全に忘却の彼方に置いてきたエピソードを三百年ぶりに思い出してしまい、リタはぎりりと苦虫を噛み潰す。やがてエドワードが一行を振り返って話し始めた。
「あらためて紹介しよう。彼がここの領主、エリンコット辺境伯だ。彼はこの北部一帯を統治する優秀な『騎士』でね。騎士候補の我々はこれから二週間、その働きぶりを傍で学ばせていただくことになっている」
「ランスロット・バートレットです。お噂はかねがね」
「アレクシスです」
男性陣が自己紹介を終えたところで、エドワードがリタたちの方を振り返る。
「そして魔女候補たちの講師となるのが――」
エドワードがそう口にしたところで、正面にあった階段の上から一人の女性が姿を見せた。癖のないまっすぐな金髪に、気が強そうなオレンジ色の瞳。体のラインに沿った真っ赤なドレスを身にまとい、その上に丈の短い黒貂のローブを羽織っている。
彼女はリタたちをじろじろと見渡したあと、慌ただしく階段を駆け下り――そのままエドワードに勢いよく抱きついた。
「エドワード! 会いたかったわ~!」
「熱烈な歓迎ありがとう、ブリジット。ちょうど良かった。彼女が講師を務める『魔女』のブリジット・エリンコットだよ」
ブリジットと呼ばれた女性はエドワードに抱きついたまま、あらためてリタたちを観察する。やがてリーディアの方を向くと半眼になって睨みつけた。
「エドワード? たしかオルドリッジで魔女のパートナーができたんでしたっけ」
「うん。そうだよ」
「それってぇ……どなたのことかしら?」
上から下まで舐めるように品定めされ、リーディアが分かりやすく顔を引きつらせる。エドワードはそっとブリジットの体を引き離すと、代わりにリタを自身の隣に引き寄せた。
「彼女だよ。可愛いだろう?」
「……はああ~⁉」
(ひいいい……)
一瞬にしてブリジットの視線がこちらに向き、ものすごい形相ですごまれる。ここまでの敵意は『冥王』と戦っていた時にも受けたことがないかもしれない。
「冗談はやめてよエドワード。そっちの高飛車女ならまだ分かるけど、よりにもよってそれ?」
「だぁれが高飛車女ですってえー⁉」
「リーディア! 落ち着いて‼」
今にも氷結魔法を繰り出しそうなリーディアを、リタとローラが必死に止める。だがそんな喧騒をものともせず、ブリジットはむすっとした顔つきのままリタを指差した。
「あなた、名前は?」
「リ、リタ・カルヴァンと申します……」
「なにその猫みたいな名前」
(鋭い……)
図星を言い当てられ何も言えないリタをよそに、ローラとリーディア(は相当お怒りだったが)もそれぞれ名乗る。ブリジットはそれらを興味なさげに聞いたあと、「ふふん」と体の前で両腕を組んだ。
「あたくしは『炎の魔女』ブリジット・エリンコット。エドワードが来るというから、し・か・た・な・く講師役をしてあげますけど……覚悟しておくことね!」
「ブリジットはノルトレイの魔女科に首席で入学した才女なんだよ。『魔女』としての経験値も高いから、きっといい先生になってくれると思う」
「な、なるほど……」
背後のリーディアがメラメラと苛立ちのオーラを発しているのを感じつつ、リタはその場で曖昧に苦笑する。ついでにローラに耳打ちしてこっそり尋ねた。
「ローラ、ノルトレイって何のことかしら」
「私たちと同じ、王立学園の名前ですよ! 国内に三つあって、北にあるのがノルトレイ、南にはミネルヴァ王立学園があります」
「へー……」
オルドリッジも相当大きな学園だが、どうやら似たような養成機関があと二つもあるらしい。リタがふむふむとうなずいていると、エリンコット卿がパンパンと手を叩いた。
「顔合わせも済んだようですし、とりあえずお部屋へまいりましょう。殿下たちも長旅でお疲れのことでしょうし」
そう言うとエリンコット卿はリタたちが滞在する部屋に案内してくれた。
ひとり一部屋ずつ、同じフロアに計六室。これまでに泊まってきた豪華なホテルよりはさすがに劣るが、辺境伯の居城とあってかなりの広さと豪華な家具が用意されていた。窓辺には立派なバルコニーがあり、天気のいい日はここでお茶なども楽しめそうだ。
こうして各々の荷物を部屋に置いたあと、エドワードが愛してやまないという絶品の鹿料理を夕食にふるまってもらい、一同はあっという間に夜を迎えたのだった。
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実務研修一日目。
リタたちはさっそく、『炎の魔女』ブリジットに呼び出されていた。制服とローブ姿のリタたちを一瞥すると、「はあっ」と大げさにため息をつく。
「それじゃあ、今日から指導していくけど……正直、あたくしの魔法にあなたたちがついてこれるとは思えないのよねえ」
「あらぁ? それはつまり、自らに指導力がないと公言なさるおつもりかしら?」
すぐさまリーディアが反応し、リタとローラはぎくりと肩を震わせる。
「なっ、なんですって⁉」
「だってそうでしょう? 優秀な魔女であれば他者に教える技術にも長けているはず。それができないということは、しょせんその程度の実力であると吹聴しているようなものですわ」
「は……はあーっ⁉」
リーディアはふん、と鼻で笑うと堂々と体の前で腕を組んだ。一方ブリジットはわなわなと震える人差し指をリーディアに向かって突き出す。
「し、失礼な子ね! あたくしはあのノルトレイに首席で入学したのよ!」
「わたくしだってオルドリッジの首席合格者ですわ。だいたい、入試の点数しか自慢できないということは、逆に在学中の成績がひどすぎたということではなくて?」
「そっ、そんなこと誰が証明できますの⁉ それを言ったらあなただって、他の生徒の成績が悪かったからたまたま一位になっただけなんじゃなくって⁉」
「オルドリッジは王立学園の中でもっとも歴史ある教育機関です。受験生の質だって他の二校とは比べ物になりませんわ」
「あらそーう、でもたしか昨年の学園対抗戦ではノルトレイが一位だったと聞いていましてよ。過去の栄光にすがるだけで現実が見えてないんじゃなくって?」
「あれは出場予定だった生徒が負傷して、急遽代理の方が出たからだと社交界の人間なら誰でも知っておりますわ。ああでも、王都で行われるパーティーにご縁がなければ、ご存じなくても仕方ありませんわねぇ?」
完璧に巻いた長い髪をリーディアがふさぁっと優雅に掻き上げる。ブリジットはそれを見て、ぐぎぎぎと歯噛みした。





