第2話 チュートリアルとルリのいたずら
迷宮の中に足を踏み入れた瑛士とルリ。床には四角く切り出された石畳が敷かれ、壁にはたいまつに似せた照明が明るく灯っていた。最初は笑顔だったルリの表情が、次第に曇っていき、大きなため息をつきながら瑛士に話しかける。
「迷宮というわりには、意外ときれいになっておるんじゃな」
「そりゃ、低層階は人の手が入ってるからな。危なくないように整備されてるんだろ」
「ふむ……思っていたイメージと違ったのが、ちょっとがっかりじゃな」
「お前……いったいどんなイメージを持ってたんだよ?」
あからさまに落ち込んだ様子を見て、困ったように問いかける瑛士。すると、先ほどまで落ち込んでいたのが嘘のような笑顔になったルリが、胸を張って話し出す。
「まったく、ご主人ときたらしょうがないのう。わらわがちゃんと教えてやらねばならぬ」
「……」
「よいか? 迷宮といえば、薄暗くて、内部が迷路のように入り組んでおるもんじゃ。こんなきれいに整備されているなど、あり得ん」
ドヤ顔で言い放つルリに対し、額に手を当てて小さく首を振る瑛士。その様子を気にすることもなく、話は続いていく。
「それに、入った瞬間から気が抜けない場所であるはずじゃ。初見殺しのトラップに、襲い来る高位のモンスター、数々の謎を解き明かしながらアイテムを集め……」
「ちょっと待て! いくらなんでも、そんな玄人好みのダンジョンがあるか!」
意気揚々と説明を続けようとするルリの言葉を遮るように、瑛士の絶叫が迷宮内に響き渡る。
「ご主人、そんな大声を出してどうしたんじゃ? わらわがちゃんと説明してあげておるというのに」
「どうもこうもねーよ! お前、職員さんの説明聞いてなかったのか? 一層目で装備を整えてから進めって言ってただろ!」
「あー、そんなことも言っておったかのう。どうせしょぼい武器とかしかないんじゃろ? さっさと進んで、最強装備を手に入れるほうが攻略への近道に違いないじゃろうが」
「お前ってやつは……きちんと準備してから進むのが、基本中の基本だ。お前がやってるゲームだって、最初にチュートリアルくらいあるだろ?」
「ちゅーと? りある? なんじゃその聞き慣れない言葉は?」
瑛士の言葉を聞いたルリが、不思議そうに首をかしげる。
「お前な……普段から動画を見たり、オンラインゲームやってるくせにチュートリアルも知らんのか?」
「なんじゃ? わらわのことをバカにしてるのか?」
「どうしてそうなるんだよ……チュートリアルってのは、ゲーム開始時の説明みたいなもんだよ」
「ああ、いちいち指図してくるあの面倒くさいヤツのことか」
「面倒くさいってお前な……」
「ふん! わらわほど熟練者になれば、あんなものに頼らずとも攻略を進めていけるからな!」
冷ややかな目でルリを見ていた瑛士が口を開くと、自信たっぷりだった彼女の表情が一変する。
「だから俺のパソコンをこっそり使って、攻略サイトやら裏技を検索しまくってたんだな」
「な、何のことじゃ? 人のプライバシーを覗くなんて最低じゃぞ!」
「すいませんでしたー。お前こそ、見られてマズいと思うなら履歴くらい消しとけ」
顔を真っ赤にして抗議するルリを無視し、そのまま奥へ歩き始める瑛士。
「ま、待つのじゃご主人! どんなトラップが仕掛けられているかわからんのに、一人で行くなんて無謀すぎるじゃろ!」
置いていかれそうになったルリが慌てて駆け寄り、服の裾を引っ張りながら止めようとしてきた。その様子に額に手を当てて大きなため息をつき、歩みを止めて話しかける。
「今度はどうしたんだ?」
「ご主人は、ダンジョンの怖さというものを何もわかっておらん!」
「はあ? お前は何を言っているんだ?」
「よいか? ここから先は、いわば未知の生物がいるかもしれぬ危険エリアじゃぞ? なんの警戒もなしに進んで、無事であるわけがなかろうが!」
「ぷっ、あはは」
今まで見たこともないような青い顔で必死に訴えるルリを見て、思わず吹き出してしまった瑛士。
「な、何がおかしいのじゃ! ご主人に何かあったら、わらわは……」
「悪い悪い。お前って、本当に人の話を聞いてないんだな」
「は?」
瑛士の言葉を聞いたルリが、豆鉄砲を食らった鳩のような顔で聞き返す。
「さっき説明があっただろ? 『一階は武器や装備を整える場所になってるから、ちゃんと選んでから進んでください』って。だから、どれだけ頑張ってもモンスターも出てこないし、トラップなんてあるわけがないぞ」
「……そ、それくらい知っておったわ!」
今度は顔を真っ赤にして地団駄を踏みながら、必死に抗議するルリ。その様子を見た瑛士は、黒い笑みを浮かべながらさらに煽り始める。
「ほんとかな? 必死に『一人で行かないで』って訴えてたのは誰だったかな?」
「何のことかさっぱりわからんのう」
「どんなトラップが仕掛けられてるかわからないんだもんな?」
「……」
彼女は真っ赤な顔のまま、肩を震わせながら俯いてしまった。ちょっとやりすぎたかと思い、声をかけようとしたところで――瑛士のスマホに通知音が響く。
「何の通知……なんだよ、これは?」
画面に表示されたのは、個人的に使っていたSNSのコメント通知だった。日常の何気ないことを呟くために作ったもので、フォロワーも数名しかいないはずだった。恐る恐るSNSを開いた瑛士は、スマホを握りしめたまま固まってしまう。
「な、なんだこのコメントは……こんな投稿、いつしたんだ?」
画面に映し出されたのは、いかにも悪そうな顔で腕を組む自撮りの写真。しかも投稿されたのは数分前で、謎のハッシュタグもついていた。そしてコメント欄には、「ルリ様を泣かせる不届き者に神の裁きを!」「特定班、ルリ様をお守りするために早く息の根を止める方法を」など、物騒な言葉があふれていた。
「ルーリー? お前だろ、俺のアカウントを勝手に操作して投稿したのは!」
「人を馬鹿にすることばかりするからじゃろ。罰が当たったんじゃよ」
「ふざけんな! 殺害予告まで来てるじゃねーか! 早くなんとかしろよ!」
「そうかそうか、それは大変じゃのー。わらわは忙しいから先に行くぞ」
狼狽える瑛士の隣を、先ほどまでとは打って変わって晴れやかな表情のルリが通り過ぎていく。
「早くしないと置いていくのじゃよ」
「あ、ちょっと待て!」
迷宮内に響き渡るのは、ルリの笑い声と瑛士の通知音。
このとき瑛士はまだ気づいていなかった……それが、すぐ後に降り注ぐ災難の布石であることを――
最後に――【神崎からのお願い】
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