第1話 音羽からの緊急連絡
「おい……これはいったいどういうことだよ、音羽!」
迷宮から戻った瑛士が、玄関を乱暴に開け放ち、リビングのソファでテレビを見ていた音羽に怒鳴った。
「あ、瑛士くん。もう帰ってきたの? 意外と早かったのね。そんなに私に会いたかったってこと?」
「お前が切羽詰まった声で『早く帰ってきて! 大変なことになったの……』って言ったんだろ! それより、庭の真ん中にあのバカでかい小屋はなんだ!?」
庭には、迷宮へ向かう前には存在しなかった木製の小屋が鎮座していた。畳一畳ほどの床面積、高さは一メートル。入口には「ルナちゃんハウス」と手書きの看板がぶら下がっている。周囲の芝生は踏み固められ、搬入の跡が生々しい。
「お迎えの準備があるって言ったじゃない! 大変だったのよ?」
「お前な……ちゃんと最初から説明しろ……」
音羽はわざとらしくため息をつき、背もたれに体を預けてから口を開いた。
「まったく仕方ないわね……あれは迷宮で起きた事件から始まったの……」
「おい! なんか壮大な物語の幕開けみたいに言ってるけど、そんな大事じゃないからな! ルナの準備をお前に任せた俺が馬鹿だった……」
瑛士が項垂れると、視線は否応なく数時間前の記憶へと引き戻されていった。
――すべては、瑛士がストーンゴーレムの隙間から一冊の本を見つけた瞬間から始まった。
「音羽、言ってた本を見つけたぞ。ただ……表紙がやけに真っ白だな」
「それでいいの。これからやってもらうのは、本とルナちゃんを同化させる作業よ」
「はあ? 同化って……何を言ってるんだお前?」
音羽から告げられたのは、「魔法の力で一時的にルナを本と同化させる」という不可解な指示。瑛士が眉をひそめた瞬間、スマホ越しに追撃が飛ぶ。
「説明するよりやった方が早いわ。瑛士くん、その本を床に置いて右手をかざして。ルリちゃん、ルナちゃんを横に座らせて」
「わかったのじゃ。ルナ、ちょっとそこに座るのじゃ」
瑛士が指示通りに構えると、本が脈打つように眩しく光り出す。
「お、おい! 本当に大丈夫なのか!?」
「大丈夫。そのまま集中して……」
次の瞬間――ルナの姿が、光に吸い込まれるように消えた。
「ルナが……ルナが吸い込まれたのじゃ!」
ルリが叫ぶ中、音羽は落ち着き払って言った。
「大丈夫。ルナちゃんには一時的に避難してもらっただけよ」
「避難じゃと……?」
「この本は読書魔法を扱える者しか認識できない。だから迷宮から持ち出してもバレないの。逆に連れて行く時も、この方法なら……」
「なるほど! 秘密裏に出入りできるというわけじゃな!」
「そういうこと。あ、ルナちゃんのお迎えの準備は私がやっておくから、あとはよろしく」
「迎えの準備って何を――あ、切りやがった」
迷宮探索に戻った瑛士とルリ。だがそこには――空気が重く沈むほどの異様な光景が広がっていた。
「この階層にストーンゴーレムはいないんじゃないのか?」
「ああ、本来なら十階層付近で出現する。だがこのサイズと数……ありえない」
目の前のゴーレムは二メートル超。岩壁そのものが歩き出したような圧迫感を放ち、本来の一メートル未満とは比較にならない。
「どう考えてもおかしい。低階層で遭遇すれば死人が出てもおかしくない」
「誰かが意図的に転移させた、と考えるべきか?」
「……あの女ならやりかねん。『ディバイン・カンパニー』の飯島女史だ」
「そうじゃな。あやつは人の命すら道具としか思っておらん」
その瞬間、瑛士のスマホが激しく震えた。
「誰だよ、こんなときに……って音羽か」
切ろうとする瑛士を、ルリが制した。
「音羽お姉ちゃんの連絡を無視するのはよくないぞ!」
「どうせ大したことない……」
「何度もかけてくるのは何かあった証拠じゃ。一度出るべきなのじゃ」
渋々画面を見ると『メッセージ五十件・不在着信百件』と表示されており、背筋が冷たくなる。
「よほどの緊急事態じゃ! 早く連絡するのじゃ!」
通話が繋がった瞬間、焦りを滲ませた音羽の声が耳を打つ。
「瑛士くん!? やっと繋がった……早く帰ってきて! 大変なことが起こったの!」
「大変なこと? 何が……」
「いいから早く! 今は時間がないの!」
一方的に通話を切られ、瑛士は立ち尽くす。
胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいく……いったい彼女の身に何が起こったのか。
最後に――【神崎からのお願い】
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