閑話⑰-2 口は災いのもと
モニタールームを飛び出し、飯島が逃げ込んだのは、普段から休憩室として私物化している応接室だった。
「ふふふ……この部屋に逃げ込んでしまえばこっちのものよ。静脈認証のセキュリティ工事が終わって、私しか登録していない……ということは、紀元が侵入することは不可能!」
全力で走ってきたことにより、息も絶え絶えになりながら勝利の雄たけびを上げる飯島。そのまま床に座り込んで大きく息を吐くと、廊下の外から大きな声が聞こえてきた。
「やっぱりここに逃げ込んで……って、何だ、この機械は? 静脈認証だと……こんなもの付けた覚えはないぞ」
ドアノブを激しく動かし、何とか突破しようと試みる紀元。
「なんで開かないんだよ! 博士、中にいるんでしょ? 開けてください!」
「嫌よ! 鬼の形相で追っかけてきた相手を入れるなんて……何をされるかわからないもの!」
「なんで誤解を招くような発言ばっかりするんですか! 認証装置も全く解除できないし……」
扉の向こうからエラー音が鳴り続け、明らかに焦っている様子が伝わってくる。
「残念でしたー! そんな簡単に突破できるような装置じゃないわ。あきらめて職務に戻ったほうがいいわよ」
「だーかーら、博士が変な事ばかりするからでしょうが! 誰が尻ぬぐいしていると思っているんですか!」
「え? 上司の責任は部下の責任でしょ?」
「いい加減にして下さい! そんなドラマのネタを真に受けないでください」
「何を言っているの? こんな名言……わが社の社訓にするしかないわね!」
「されてたまるか!」
扉越しに二人が言い合っていると、紀元のスマホに着信が入る。
「まったく誰だ? こんな時に……はい、俺だ」
しぶしぶといった様子で会話を始めると、急に声色が険しくなる。
「うん、まあそんなこともあるだろう……は? ちょっと待て、炎上系配信者が迷宮周辺をうろついているだって?」
(炎上系配信者? また変な奴が現れたわね)
飯島が扉に張り付いて会話を盗み聞きしているとも知らず、紀元は話を続ける。
「それでどんな奴なんだ? ふむ、闇を暴くとか言って好き勝手しているとか……警察が介入しようとすると、難癖付けて逃げ回ると。かなり厄介だな」
(へぇ……そんな方法でしか再生数を稼げないとは、相当な小物ね)
「まあ、似たようなことしている配信者もいるからな……」
(まったくよね。でも意外ね……紀元が配信を見ているなんて)
「それで、名前はなんていうんだ? ヤバターってそのままじゃねーか」
大きくため息を吐き、紀元が呆れたように呟く。
「まあ……それだけストレートなほうがまだましだな。どこかの誰かさんは勢い余ってグッズまで作ったんだし」
(そんな愚行を? ホント救いようのないバカがいるのね)
「まあ本人は全然気が付いてないけどな。近いうちに張り切って配信するとか言っていたもんな……グッズ紹介とか売り場のこととかさ。もう炎上するのが目に見えているのに」
(ん? なんかどこかで聞いたことがある話ね……)
「いっそのこと炎上してくれたほうが良いのかもな。博士にも困ったもんだよ」
(……)
紀元の言葉を聞いて、全身を小刻みに揺らしながら、どんどん顔が真っ赤になり始める飯島。
「それはそうと、何とか対処しないとな……なるほど、博士の配信も狙っているというわけか。わかった、早急に報告を上げて対処方法を考える。必要となれば安全な送迎方法も用意する。お前たちに何があってからじゃ遅いからな……また連絡する」
通話を切った紀元が大きく息を吐いた瞬間、応接室の扉が勢いよく開かれる。
「のーりーもーとー? 誰が炎上系配信者ですって?」
「げっ、博士……まさか今の会話を聞いていたのですか?」
「ええ、しっかり聞こえていたわよ? ずいぶん楽しそうに話していたわよね? 私のような人気者を、何も考えていないような迷惑系バカと一緒にするとは……覚悟はできているわよね?」
怒り心頭な様子で詰め寄ってくる飯島に対し、何とか回避しようと考えを巡らせた紀元が声を絞り出す。
「は、博士。落ち着いて聞いてください! 迷惑系配信者が博士のことを狙っているようなんですよ!」
咄嗟に叫んだ言葉を聞いて、般若のような顔をしていた飯島が目を細めて問いかける。
「へぇ、私を狙うとか寝ぼけたことを言っているバカがいるのね……面白いじゃない」
先ほどまでの怒りはどこへ消えたのか、口元を吊り上げながら不気味な笑みを浮かべる飯島。
「面白いわ……私の配信だけじゃなく、研究まで邪魔しようとする身の程知らずがこの世に存在するとはね……」
「は、博士? どうされたのですか?」
今まで見たことのないような気持ち悪さを感じた紀元が、恐る恐る聞き返すと、飯島が楽しそうに答える。
「え? 闇を暴く系の配信者は私だけで十分なのよ……」
「いや、いつから闇を暴く人になったんですか」
まるで紀元のツッコミなど聞こえていないかのように、飯島の独り言は止まらない。
「ふふふ……邪魔者は排除しないといけないわよね? ちょうどいいわ、実験したいことがあったし」 「な、なんか猛烈に悪い予感がしてきたぞ……」
「紀元、なにをぼさっとしているの? 早く迷宮の担当者に言いなさい! 明日から限定配信終了まで全員自宅待機よ、迷宮にいる全員!」
「ぜ、全員ですか? うちの会社以外の人もいるのですが……」
「は? 聞こえなかった? うちの会社だとか違うとか関係ないの! 私が待機と言ったら全員よ! 返事はハイかイエスで答えなさい!」
「いや、それは拒否権がないじゃないですか……」
言葉を聞いて呆れる紀元に対し、胸を張って飯島が話しかける。
「拒否権なんてあるわけないでしょ? 私に歯向かうなんて四世紀早いのよ! さあ、作戦を練るために付き合いなさい!」
「ちょ、博士! 俺にはまだ仕事が……」
首根っこを掴まれて応接室に引きずり込まれる紀元。扉が閉まると、柱の陰から睨みつけていた人物が歯ぎしりをしながら声を上げる。
「……私の博士と二人っきりで、鍵のかかる部屋で打ち合わせですって? 許すまじ……」
数時間後、抜け殻のようになって解放された紀元に、さらなる災難が襲い掛かることなど――知る由もなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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